19話.シニガミのイザナイ
防衛拠点ヘラクレトスからエリーチェラへの行き方は幾つか存在する。
一番近いルートは、両方を繋ぐ舗装された直通の大きな道を通ることである。しかし危険度も一番高い。遮蔽物も無くエリーチェラから丸見えで、まるで狙って撃ってくださいと言わんばかりである。また兵も多く配備されていることから、侵攻するには最も適さない。
二番目に近いルートはヘラクレトスの近くにある地下道を通り接近するルートである。魔物も少なく、ところどころ小さい迂回路があるため、戦闘になっても遠距離から一掃されることはない。しかし狭くて暗いため、どこに待ち伏せや罠が仕掛けられているか分かりにくい。それに街中に出てしまうため、待ち伏せがいたら袋叩きに遭ってしまうだろう。
ということで、自ずと三番目の森の中を大きく迂回するルートを選択肢として有力となる。魔物が多く出現し、日中でも薄暗くなるほど植物が繁茂しているため、エリーチェラの騎士も近付かない場所となっている。ゆえにエリーチェラの騎士との遭遇率は一番低いが、魔物への対処を行わなければならない。
「でも、この森ルートから近付くしかないわね。他の道では、近付くことすらできないんだから」
「その通りだね。で、そこから先の作戦は考えているんだよね?」
「勿論よ。でも、取り敢えずは生き残ることをかんがえないと、ね!」
ベルは切った魔獣の血振りをして、剣を鞘に戻す。
この森は人が殆ど踏み入れなかったため、魔獣が好き勝手に増殖している。大小含め百以上の魔獣を既に倒してるが、まだ収まる気配がない。
しかし、防衛拠点での勝利が勢いづかせたのか、誰も負傷すること無く応戦できていた。
「まだ目的は遠いのは分かっているけれど……浮かれそうになるわね」
「あのね……君が倒そうとしているのは兵士を束ねる人だ。魔術だけでなく、経験と組織を駆使して僕らを殺しにかかってくる」
「分かってるわよ」
そう言いながらも、ベルが浮かれているのは火を見るよりも明らかである。
エリクが与えた魔術のおかげで、負ける気がしないのかもしないからだろう。あれからまだ能力を使っていないが、拠点兵長を一撃で殺して自信を抱かない筈がない。
エリクですら捉えられない早業は、よほど術の相性が悪くない応じることができないだろう。
「……」
リナはこの状況が気に食わないのか、より一層敵意のこもった目をエリクに向けるようになった。
エリクは後方を歩くリナに歩み寄る。
「あの……四六時中ガンを飛ばされると、なかなか堪えちゃうんだけど」
「へぇそうですかじゃあお帰りになって結構ですよ」
まくし立てるように言うリナに、エリクはため息をついた。
「……正直に聞くけど、ベルを魔導継承したことが気に食わないのかい?」
「私は正直に答える義務はありませんが、気に食わないなどと幼稚な理由で苛立っているわけじゃありません。ただ少し……手が届かないところへ行ってしまわれたと思っただけです」
魔導体系が代わり、別になってしまう。それは、人として同じ人生が歩めなくなるといっても過言ではない。魔導師を敬った国を作るほどの世界である。別の魔導体系を継承した者が仲良くしているだけで、スパイ扱いされることは決して珍しくない。
「別に、ベルはそう思っていないと思うけどね。魔導体系がどうとかじゃなくって、リナはリナだからって」
「そうでしょうね。頭では分かっています。でも私はベル様みたいに出来た人間じゃありませんから」
今まで気丈なところしか見せなかったリナだが、初めて弱音をエリクに見せた。言ったところでどうこうなるわけじゃない。けれど、心の奥底にある気持ちを吐露した。
それだけ、魔導体系が変わってしまったことがショックだったのだろう。
「でも残念ながら、二人目の魔術士を作るつもりは無いよ」
「私もあなたの魔導体系を受け入れるつもりなど毛頭ありません。だから……何も言えないんです」
きっとリナが抱いている感情は、ベルの仲間の中に少なからず感じ取っている人は多いだろう。
魔導体系が変わったからといってどうなるわけではない。だが、超えられない壁ができてしまった事には変わりがない。
「俺も正体が分からない謎の力に頼りたくはないな」
ルキーノは爆弾玉が入った荷台を引きながら、悪態をつく。
「別にベル様を否定するわけじゃない。エリクを否定したいわけでもない。……そこまで力を求める器量が無いってだけの話だ」
「だからって、魔具も忌避する必要は無いと思うけど?」
ヘラクレトスを陥落した時に、数個魔具を奪うことに成功した。しかし、ルキーノは見向きすらしなかった。彼の能力は侵入や逃走には向いているが、戦いにはまるで役に立たない。
「結局のところ、戦いに勝つには力が必要なんだよ。選り好みしている時点で、それは戦じゃない。おままごとに過ぎないよ」
「そうかもしれないな。全く持って正論だ。けど、納得の行かない方法で戦っても必ずボロが出る」
「……その通りだね。だから戦争は非情になれなければ勝てない」
ルキーノは舌打ちをし、足を早めてエリクから距離を取る。
――ルキーノはお人好しすぎる。だからこそ力を持たないといけない。守れなかった時の、自分への失望感で壊れるから。
エリクの言葉は喉まで出かかって、飲み込んだ。
それはルキーノではなく、過去の自分に対する戒めに過ぎ無い。そして今もなお力を嫌い、放棄している自分が力を求めろなどと説教できる筋合いはない。
「私さ、ルキーノって戦争するには甘ちゃんすぎるよね」
チェルがエリクの隣でぼやく。
「けど、それが丁度いいと思うんだよね。復讐だけ考えてるベル様、それに従うだけの私とリナ。私とリナは、小さい時から戦いの中に身をおいてたから素直に従えてたけど……ルキーノはそう行かないんじゃないかな」
「チェルも? リナはなんとなく分かるけど……」
エリクはわざととぼけてみせた。
魔力的にもただ者ではないと知っているが故に、少し情報を引き出そうと思った。
「私はベル様の家に仕えている魔術士の一族だからね。家系的に、幼い頃から訓練されていたんだよ」
「……なるほどね。だから、ベルはチェルに対して信頼を置いていたわけだ」
ダニロとの攻防戦、防衛拠点を侵略戦などで、爆弾の配置をチェルに一任していた。そして戦略の要として必ずチェルの爆弾を頼りにしていた。すべては、チェルとの絆がただ国への復讐という点だけでの協力関係では無かったからだ。チェルの力を、性格を知り尽くしているからこそ出来る芸当だった。
「そ、そう……?」
「そりゃそうだよ。だって、今までのどの作戦も、チェルの能力を軸に考えられてる。もちろん、魔力量や魔術センスもあるだろうけど……ベルが全力で前を見ていられるのは、チェルのおかげかもしれないね」
「そ、そんなに褒めたって爆弾しか出ないよ!」
「お、なんか上手いこというねっていたいいたい!」
顔を赤くしてエリクを叩く。
彼女はからかい慣れていないのか、すぐに顔を赤くする。指輪の時もそうだったが、なんともからかいがいがあるため、すぐ余計なことを言ってしまう。
「でも、ありがとうございます。こんな私でも、ベル様にここまで役に立てるとは思わなかったから」
「チェルはほんと、謙遜しすぎだよ。指輪が無くたって、本当はそれくらい活躍できたと思うよ」
指輪をつける前から、チェルはベルに取って大きな存在だっただろう。家族がみな殺された中で、唯一生き延びた身内なのだから。
彼女がいなければ、ベルは残酷な現実に打ち拉がれて命を断っていたかもしれない。少なくとも、復讐しようという気にはならなかっただろう。
「そんなことは無いよ。指輪っていう勇気が無ければ、きっと私は変わらないままだったし」
チェルは指輪を撫でながら微笑む。演技ではない、素直なチェルの表情をエリクは初めて見たような気がした。
不意に、列の動きが止まる。
「あれ……? どうしたんだろう」
「これは……先頭が少し大きな魔獣の群れに出くわしたみたいだね」
数秒も立たない内に、獣の方向があちらこちらから聞こえてくる。どうやら、多方向に展開する群れに遭遇してしまったらしい。
列の先頭には、ベルがいるため心配することはない。問題は列の中央にある荷台を壊されてしまうことである。
エリーチェラまでの食料に加え、次の作戦でも要になる爆弾が積み込まれている。もし魔物に攻撃され穴が空いてしまったら、作戦を立て直す必要が出でくる。
エリクは魔力顕現を発動した。
「僕は敵を蹴散らしてから、ベルに合流する。相手の魔力的に、リナと協力すればどうにかなりそうだ。チェルは念のため、後方を見ててくれるかい?」
「任せて!」
頷いたチェルを見て、エリクは地を思いっきり蹴飛ばした。
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次回は〝4月16日〟更新予定です。
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