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16話.侵攻開始

 領地防衛拠点ヘラクレトス。

 インペラルタ国に存在する防衛拠点の一つである。インペラルタ国の西方にある海や、南方にある岩石地帯を越えて来た敵を迎え撃つために建設された。


 ヘラクレトスを囲う高さ十メートルに及ぶ黒い壁は〝不破の漆黒〟と称され、ヘラクレトスの堅牢さの象徴となっていた。また、壁よりも高い監視塔が八つ壁際に設置されており、どこから攻められようと直ぐ様察知できるようになっている。

 とはいえ、ここ百年――魔導師戦争が終わってからは大きな戦いが起きておらず、警備をするための基地になっている。アパミアでトラブルが起きた時や、岩石地帯での遭難者の救出といったことも兵の仕事であるが稀である。


「おいおい、知ってるか。エリーチェラのダニロ=アルボーニ隊長が、小さい反乱軍に負けたんだとよ」

「まじかよ! あのおっさん、いっつも酒と女に溺れてたからなぁ……酔っ払って負けたんじゃないか」


 ヘラクレトスの南門で警備している二人は、先程耳に入った情けない情報をネタに笑いあっていた。

 本来であれば、朝の警備で同じ場所に二人いる必要はないのだが、あまりにも暇なために一人が勝手に持ち場を離れていた。幸運にも拠点長が留守のため、咎める者は誰もいない。


「しかし、その反乱軍には魔導師がいるって噂だぜ。しかも、平等の魔導師様じゃない魔導師だって話だ」

「それは見てみたいなぁ」


 平和な世になった現在、魔導師の脅威が段々と薄れてきている。特にルッツァスコ導師国民は顕著で、世界一の魔導師に逆らう愚かな魔導師はいない、などといった平和ボケが生まれてきてる始末である。


「ところでよ、あの水色のボール、何か知ってるか?」


 兵の一人が指差した先、建物のそばにボールが置かれていた。よく見ると壁の近くにも置いている。


「いや、知らねぇな。何かの飾り付けか? 祭りでもおっ始める気か?」

「祝! ダニロ隊長初敗北ってか? あっはっは、こりゃたまんねぇな!」

「いいなぁ、それ。エリーチェラで訓練兵時代にアイツにいびられた奴は多い筈だ。かなり集まりそうだぞ」


 勤務中であるにも関わらず大声で笑い出す二人。平穏な世になった今では、夜間警備を〝ただいればいい。異変があったら報告すればいい〟という業務だと皆が思っていた。


「やあやあ、楽しそうだな」


 腹を抱えて笑う二人の側に、深緑のローブを着た男が立つ。


「楽しいさ。あのクソダニロをアテに酒が呑めるんだからな」

「ところで、何か用か? 警備の交代時間まではまだまだある筈だが……」


 兵はまだ紺色に染まっている東の空を見る。

 こんな早朝で訪れる者がいるとすれば、異変を察知した監視塔の兵か、交代の兵だけである。こんな朝早くから起きてトレーニングしている兵など、今のヘラクレトスにはいない。

 突然現れた男はニヤリと笑う。


「いやあ、何。これを置きに来たんだよ」


 男の手のひらには、水色の玉が一つずつ乗っていた。

 ちょうど先ほど話題にしていた玉だった。


「その玉、今日急に置かれてたんだが、何に使われるんだ? 祭りの時期には程遠いだろ。なんか新しい天具か?」

「お! 近いなその回答!」


 男は兵に一つずつボールを手渡した。

 二人はボールを振ったり、耳に当ててみたりするが、何も反応が無い。


「お、そろそろ日が地平線から顔を出す頃か」


 男は東の空を見ながらほくそ笑む。


「つか、お前見たこと無い顔だが……新入りか?」

「いや、祭りの準備委員だよ」


 兵の顔が怪訝になる。軍隊は上下関係が非常に厳しい。そのせいか、自分が敬うべき相手の顔と名前は全て頭に叩き込んでいる。だが、彼は該当しない。

 ならば彼は、新入りか位が下の兵ということになる。それならば、敬語を使うのが常識であるが、それを彼は一向に使っていない。

 兵が注意しようとしたら、男は大きく両手を広げた。


「な、なんだ……?」

「さあて、始めようか! 仇敵に災いを齎す狂想曲の開幕だ! 」


 男の叫びが空へと響いた。

 刹那、基地が爆発の連鎖に巻き込まれる。




「ルキーノがやった! 一斉攻撃だよ!」


 ヘラクレトスの南門で待機していた七十名の兵が突入する。

 次から次へと、ルキーノが仕掛けた爆弾が炸裂する。チェルは指輪の効力で、かなりの数の天具を作れるようになっていた。

 最後の爆弾を作動させた後、チェルはふうと安堵の息を吐いた。


「オリヴィア、まだ魔力は大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、その名はやめてね?」


 リナが剣から霧を流しながら問いかける。

 変装で侵入し、爆弾で先制打を与え、霧で撹乱する。

 対ダニロ戦で使った作戦は、練度の低い軍隊にはかなり効率的なダメージを与えられた。

 結果的に、ルキーノが仕掛けた無数の爆発により拠点の建物半数以上が全壊した。


「なら、私は援護に入ります。私達の目的はあくまで〝突破〟です。オリヴィア……無茶はしないでください」

「分かってるよ。生きて帰ったら、ちゃんとチェルって呼んでよね」


 リナは返事をせず、霧の中へと姿を隠した。

 チェルは後方にて、援護役をしていた。

 と言っても、外にいた兵はほぼ殲滅し、屋内の兵も建物の下敷きになっている。まさかここまでうまく行くとは思わなかったチェルは、先程から身震いが止まらなかった。

 大規模な爆発が起きる球を百作っても、まだ少し魔力が余っている。個人的な感覚では四倍以上、魔力が膨れ上がっている。


「使えば使うほど、魔力が増えてる……もっと増えれば、ベル様のお役にもっと立てる……」


 リナは空に両手を掲げて、巨大な魔力の塊を浮かべる。


「さて、後は存分に暴れまわってください!」




「何が起きている……」


 ヘラクレトスの防衛拠点長、ペトローニオ=ザッカルディは数刻の間理解が及ばずに固まってしまっていた。

 三十五年に及ぶ軍人生活の中で、数多の修羅場は潜ってきたつもりだった。

 だがこの有様は何だ。エリーチェラ南方を百年以上護ってきた要塞が、たった数刻の内に朽ち果てている。

 たった一晩、現状報告の為にエリーチェラへといっただけだ。

 そして胸騒ぎがしてはやく帰ってみれば、残骸へと成り果てていた。


「よう、偉いさん」


 目を向けると、古びた布でできた服を着たエリクが立っていた。きみの悪い黒髪をかきあげながら、ふぅとため息をついた。


「本当に僕は悲しいよ。何だいこの様は? 防衛の要? ふざけるのもいい加減にして欲しいな」

「……お前か、俺の拠点を潰しに来た奴は」

「潰したとも感じなかったよ。ちょっと突っついただけで潰れたんだから」


 ぷちんと、ペトローニオの中の堪忍袋の緒が切れる。

 彼にとってこの拠点は誇りだった。拠点長となり十年、数多の危機を防いできた。それを経った一晩で捻じ伏せられ、馬鹿にされた挙句、敵とすら認識されなかった。

 最近の兵士が弛んでいることは否めず、おそらく早朝の番の警備が疎かだったことのかもしれない。

 けれど、自分が任されている拠点であることには代わりがない。


「……射ろ」

魔力顕現(アルヌカム)


 地面から射出された岩の槍を、エリクは軽々と躱す。

 奇妙な雰囲気、人並外れた動き、そして〝アルヌカム〟。


「貴様か……ダニロを退かせた魔導師は!」


 ペトローニオの魔力が膨れ上がる。


「だとしたら?」


 エリクは魔力で覆う箇所を足と手だけの最小限にとどめる。

 ダニロの魔具を無力化した分、若干エリクの魔力は増えている。が、前回と同じ過ちを繰り返すわけにはいかないため、魔力を温存しながら戦うことを選んだ。


「国のため、討たせてもらう」


 エリクは地面から射出される岩の槍を次々と躱す。

 槍が出てくる場所は〝万視〟にて確認できるため、容易に分かる。


「ならば!」


 男の周囲に浮かぶのは無数の岩。

 それらを次から次へとほうりなげる。

 中にはエリクらが崩した建物の瓦礫まで混ざっている。

 躱すことは他愛もないが、これではいつになっても近づくことが出来ない。


「このっ!」


 エリクは地を蹴り、思いっきりペトローニオの元へ加速する。

 飛ばされた石を全て素手で防ぎ、勢いを殺すことなく突っ込む。

 ペトローニオの天承術は、岩や瓦礫の形を変え、飛ばすだけのシンプルな能力である。ただ飛ばす対象を土中の岩にすることもできたり、曲げたりすることもできる。

 ダニロのように自由自在にとまではいかないが、その分消費する魔力は少ないはずである。

 つまるところ圧倒的な手数が長所の能力。それだけであれば恐るるに足りないが、彼もまた魔具を持っている。


「はぁ!」


 魔力を込めた右手を握りしめ、ペトローニオの腹へと叩き込む。

 身長百九十センチに及ぶであろう長身が、くの字に曲がる。確実な手応えを感じ、エリクは素早く後退して距離を取る。

 だが、


「……魔導師の力、その程度か?」

「っ!」


 ペトローニオの体には、岩の鎧に覆われていた。圧縮され、硬度を増した鉄壁の鎧をエリクの拳撃で貫くことは叶わなかった。

 そしてペトローニオはいつの間にか右手に握っていた棍棒を振りかかる。

 ――どうしてこうも、面倒な魔具にばかり当たるかな。

 魔具である棍棒の能力は、〝魔力に対する防御力を上げる〟という能力である。つまり、魔力だけで戦っているエリクにとって相性最悪であった。


「このっ!」


 エリクは足元に魔力を集中し、大きく間合いを取る。

 しかし、棍棒は形を変えながらエリクへと迫る。着地と同時に更に大きく飛び跳ね、間一髪で攻撃圏外へと逃れることができた。

 エリクは膝を地につけ、息を整える。


「はぁ……はぁ……くっそ」


 攻撃にならなかった右手を地に殴りつける。

 自分が生み出した魔具とはいえ、こうも厄介な能力ばかり続くとうんざりしてしまう。

 周りを見ると、瓦礫に埋もれていた敵兵が徐々に脱出し、体制を整え直してきた。

 今回の目的はこの要塞に打撃を与えること。ここでの戦力低下は何としてでも避けないといけないため、そろそろ頃合いを見て脱出しなければならない。

 確かにダメージは与えられた。が、最低限、拠点兵長であるペトローニオに傷を負わせたかった。


「エリク。そろそろ時間だと思うけど」

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝4月9日〟更新予定です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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