15話.魔導継承をせがむ復讐姫
目を覚ますと、エリクは自分の部屋の中で仰向けになっていた。魔力はほとんど回復しており、体も特に支障はない。
頭の下には弾力がり、温かい感触があった。蓄熱式の枕かと思いながら目を開けると、大きな双丘とベルの顔が見えた。
「おはよう、魔導師様」
「……何をやってるのかな?」
「ナニって、膝枕だけど?」
「いや、まあ、そうなんだけどさ。なんで……」
「逃さないためよ。こうしたら動けないでしょう?」
体を起こそうとしたエリクの額を指で抑えつけるベル。
無理矢理動こうと思えば動けるが、大人しくベルに従うことにした。
先の戦いでは、ベルの助けがなければどうなっていたか分からなかった。自分の魔力量の低さを甘く見すぎていた。
「正直、敵の力を誤解してた。まさか、あんな下っ端ですらここまで手こずるとは思わなかったわ」
その言葉は全体的な所感なのだろうが、エリクを攻めるような言葉にも聞こえた。
「その話、この体勢のままでする意味あるかな?」
「死者はいない。けれど、それは敵が私達を侮っていたが故の結果。技の相性が良かったのも起因してるし、強い魔術士が一人しかいなかったのも僥倖だったわ」
「……あとは、敵にとってアウェーだったのも要因だろうね。でも実際に戦うのは敵のホーム。今日でこの状態なら、ホームではもっと辛くなるよ」
膝枕に触れないベルに、まあいいかと話に乗ることにしたエリク。
居心地が悪いわけではないが、どうも落ち着かない。鼻に入る石鹸の香りや、頭から伝わる暖かくて柔らかい感触が、エリクの心をざわつかせる。
「そう。だとしても、今回勝てたのは大きいわ。士気は間違いなく上がった。けれどこの先は気持ちだけでは勝てない」
ベルはニッコリと微笑んだ。エリクは嫌な予感しかしなかった。
「だから、魔導継承してくれないかしら?」
「……絶対に言うと思ったよ」
けれど、即座に否定する事はできなかった。
今回の戦いで、魔術士一人を相手にするだけでも勝ちきれないと知った。それを覚悟の上で魔具に魔力を込めたのだが、ひしひしと痛感することになった。
「僕の魔導体系については知っているんだよね?」
「ええ。〝存在を贄とし、己の観測を経て、唯一無二の奇跡を成す〟。……つまるところ、人の価値観や過去、こだわりに性格などの〝個性〟そのものが魔術になるのよね?」
魔術の能力・系統・制約・媒介など、その全てが人や物によって異なる。それが〝導きの魔導師〟の魔導体系である。
誰に対しても生命エネルギーを使用し、自然を操る天承術とは真逆だ。
「その通り。そして、人は複雑であり多面性を持つ。そのどれが魔術となるかは、僕にも決められないんだ。何が言いたいかは、分かるよね?」
「今よりも弱くなる可能性があるってことよね。重々承知しているわよ、それくらい。だからこそ、この程度の運試しに勝てないようではいけないし、何より今勝てないなら手段を選ぶ余裕は無いじゃない?」
ベルの言っている意味は分かる。
確かに今の水をぶつけるだけの力では、軍隊には絶対に勝てない。
「貴方が寝ている間に話してたのだけど……私たちはこのアジトを捨てて侵略することを決めたの」
「なっ!」
「目指す方向は防衛拠点ヘラクレトス。そこから領地へと侵入し、エリーチェラへと侵攻する」
「ちょっと待て! いくらなんでも急ぎすぎないか?」
思わずエリクは体を起こした。
まだ戦いの傷も癒えていないだろうに、間髪入れずに出撃させてしまっては疲労感を拭いきれないだろう。
「もう決まったことよ。だから、今晩相談しに来たのよ」
とはいえ、更に大きな軍が攻めに来るのも時間の問題。包囲されて殲滅される可能性や、遠距離砲撃によって焼け野原になる可能性を考えると、まずは場所を変えることが先決なのかもしれない。
「で、魔導継承してくれるの?」
「……保留、かな」
「頑固ね。感情論では語ってないわよ?」
エリクは頭を掻き、ベルから視線を反らした。
分かっている。
小隊の体調程度に苦戦する程度では、ベルの仇であるバルドヴィーノはおろか、近づく事もできないのかもしれない。ダニロの魔具を無効化したことで、かなり魔力量が増えたが、それでも一万の軍を相手には心許ない。
――それに、多重継承で特別な能力が生まれてしまっていたら……。
これ以上渋るのは、エリクのわがままに過ぎない。
「分かってるよ。……次の戦いで、どうしようもない状況になったら魔導継承してもいいかなって考えてるよ」
それがエリクの中で出した結果だった。しかし、ベルの顔は険しくなる。
「それはどういう状況? 私達の能力が何一つ効かないと分かってから? 誰か仲間が死んでから?」
「そういう訳じゃないよ。魔導継承しても強くなるとは限らない。さっきも言ったとおり博打なんだ。だから、天承術で勝てるならそれに越したことはない」
「なら、それまでに仲間が死んだらどうしてくれるの?」
「そう言うなら、魔導継承によって弱くなり、仲間が死んだらどう責任を取る?」
終わりのない討論。結論に向かわない論争。
エリクは正直なところ、魔導継承してもよいと思っていた。
理由は二つある。
一つは、ベルの持つ剣が多重継承の破壊するための協力者として生かしておきたいということ。。
二つは、ベルの剣自体が多重継承になるリスクを防ぎたいということ。
そもそも多重継承がどういう理屈でなるかは分からないが、今のままではいずれ多重継承するだろう。
「言っておくけど、僕はもう別に君を魔導継承してもいいと思っている」
「じゃあ――」
「だからこそだよ。僕の魔導体系は個性を軸に能力が決まるのは知ってるよね。だから、自分を見失ったり否定すると、能力が使えなくなる」
ベルは言葉を止めた。
もし戦い前に魔導継承をしてしまい、その能力が弱かった場合〝魔導継承しなければよかった〟と言う感情から自身の否定に繋がりかねない。
それならば、天承術で窮地に陥ってからエリクの魔導体系に頼れば、エリクへの否定はあっても自身の否定にはならない。
エリクは〝導きの魔導師〟としての提案をしたに過ぎなかった。
「……腑に落ちないけれど、魔導師様がそこまで言うなら従ってあげるわ。言っておくけどその分貴方が仲間を守りなさいよ」
「当然だよ。魔導師の名に賭けて誓おう」
ベルは荒々しく立ち上がり、不機嫌そうな表情で部屋を出ていった。
エリクはふうと息を吐く。
何も考え無しにいったわけではない。ダニロの魔具が無力化されたことで、多少エリクの魔力は上がった。
それに今回は怠慢でアルヌカムを無駄に使用したが、節約すればもっと長い時間使えるだろう。
意外だったのは、ベルがエリクの意見を飲んだことだった。最後までずっと否定し続けるのかと思った。だがエリクの言葉を聞き、もし力を失った場合のことを考えてしまったのだろう。
復讐できる可能性と仲間、その二つを失う未来が脳を過ぎってしまったがために。
目的に向かって全てを尽くすが、仲間の命は最優先とする。
――ほんと、アイツみたいだ
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は〝4月6日〟更新予定です。
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