14話.苦戦する魔導師
霧の中、エリクは魔力が高い兵を仕留めて回っていた。
チェルに近い魔力量を持つ魔術士も少なからずいたが、エリクの実力には遥かに及ばない。もしかしたら、魔術の才はあるのかもしれないが、ルールに則った戦いしかしていないことが、才を封じ込めてしまっている。
――僕だったら、説教して回るのに。ルッツは放任主義者だからなあ。
魔導師の中には、魔導継承した魔術士に対して戦いの指導をしている者もいるが、導きの魔導師はそのようなことを一切行わない。そもそも〝全魔術士は平等に〟というモットーのもと、魔術士に関わることをしてこなかった。
戦争の時代ならともかく、平和な時代になってしまえば戦力が落ちてしまうのは仕方のないことである。
「さて、あとは……あいつか」
エリクは数年ぶりの肉を切る感触に眉をしかめながら、大将の元へと歩み寄る。
上の命令なのかもしれないが、愚かなことにダニロはエリクばかり意識しまっていた。そのせいで判断が遅れ、この事態を招いた。
もしダニロがエリクに固執することなく、他の魔術士や拠点そのものを狙ってきたならば、エリクらはここまで攻めに転じることができなかっただろう。
「貴様らッ!」
霧で視界を奪われたダニロが、闇雲に火の龍を放つ。
もちろん誰にも当たることはない。
一匹がたまたまエリクの方へ飛んできたが、悠々と躱す。中々の速度であるが、魔力権限を使ったエリクの敵ではない。
と、エリクは背後に新たな魔力の出現を感知した。
体を半回転させ、振り下ろされる剣を腕で防ぐ。眼前には、目が真っ赤に血走っているダニロがいた。
「この場で首を落としてやる!」
力任せに振られる剣を、腕に纏った魔力で防ぐ。一撃一撃は重いが、速度や技術は卓越しているわけではないため、耐え忍ぶことができそうだった。
エリクはずっとダニロを捉えていた。視覚的にも、魔力的にもダニロを補足したまま近寄ったはずだった。だが、気付いたときには背後へと移動していた。
「瞬間移動を使うとは……厄介だね!」
ダニロの剣を弾いて、距離を取る。
魔力の流れを見れば、瞬間移動するタイミングを事前に察する事はできる。しかし、どこに跳ぶかまでは魔力で判別することはできない。炎の龍も、ダニロの剣もエリクの速度には及ばないが、ただ瞬間移動だけはエリクの対応できる速度を遥かに超える。
「魔導師といえど、この程度かっ!」
ダニロが剣を構え、真正面から突撃してくる。
――ここだ!
エリクは重心を落とし、足に魔力を集中させる。攻撃を防ぐと同時に、高速の蹴りを腹部に叩き込む作戦だった。背後からも炎の竜が一頭接近しているが、攻撃後に余裕で回避できるだろう。
そしてエリクの攻撃圏内にダニロが入った時、彼は一瞬で大きな炎の龍の姿になった。そして、背後に忍び寄っていた龍が炎の龍になった。
「なっ!」
ダニロと炎の龍の場所が入れ替わったのだ。そういえば、始めダニロが瞬間移動した時位置も、エリクが躱した龍の位置だった。
もしかしたらダニロの魔術は、炎の龍と場所を入れ替える能力なのかもしれない。
エリクは全身の魔力を膨れ上げさせ、両方の攻撃を受け止める。
「ほう! 流石、魔導師といったところですな!」
「ちょっとだけ、面倒だね」
もしそうだとすればある程度転移先が絞られるが、ダニロと炎の龍、どちらが攻撃してきてもいいよう気を張らなければいけない。全身が魔力の鎧で覆われているとは言え、いつまでも持つとは限らない。魔力を減少させたがゆえの弱点……スタミナの弱さが出てしまっている。
「くそっ!」
エリクは地を強く蹴り、無理矢理その場を脱出する。すると回避先にまたダニロの姿が現れた。先程彼が立っていた位置には、炎の龍がいた。
エリクとダニロの周囲には、八頭の龍がぐるぐると回っている。どこにいてもダニロに転移され、先回りされてしまう。
「ははは! 何をしようとどこへ逃げようと無駄だ!」
回避も防御も間に合わない。
魔力の出力を上げて、魔力だけで剣を防ぐ。ミシミシと音を立てながら、エリクの首から五センチのところで刃が震えている。
「ならば!」
再びダニロの姿が龍となり、更に別角度からダニロが剣を振る。退路を経つように、後ろから龍も飛翔してくる。
「こんのっ!」
更に魔力の出力を上げて、エリクは全ての攻撃を防ぐ。
――やばいね、これは。
エリクの顔が苦渋に歪む。
エリクは魔術士よりも濃い魔力が扱えるというだけで、魔力容量だけでいえば並の魔術士にも劣ってしまう。炎と剣両方を防ぐ程の魔力を消費し続ければ、一分も経たぬ内に魔力が枯渇する。
「まだまだ倒れてくれるなよ!」
再びダニロの姿が消え、龍が襲いかかってくる。
エリクは龍が少ない方向を見つけ、大きく躍進する。
が、
「どうやら、誘導に引っかかってくれたようだな」
回避先にダニロが立っていた。剣に魔力を集中させ、膨大な火炎を放出している。
広範囲に及ぶ渾身の一撃。この技を無傷でやり過ごすほどの力を使うと、ほぼ魔力がなくなってしまう。
多少の火傷覚悟で、少し温存する他ない。
「さらばだ、異端の魔導師よ」
「あら、私を忘れてはいなくて?」
ダニロが膨大な水に流される。戦場に、ベルの魔術で生み出た水が流れ込む。その水は敵味方問わず流れたため、エリクも思いっきり水に突っ込んだ。
「ごほっごほっ! 貴様っ! 背後から卑怯な――」
「戦争に作法もルールもないわ」
ダニロが咳き込んでいる隙に、ベルが剣を叩き無力化する。
「……魔具が使えなくなっただと……」
「これが私の魔具よ。どう? まだやるかしら?」
ダニロは火の龍を発生させながら、大きく後退する。
「これで貴方の圧倒的有利は消えたわ。それでもやると言うなら、相手にしてあげる」
ダニロは目を細め苦虫を噛み潰したような表情になる。
そして、
「……撤退だ。撤退するぞ!」
部下の大半がやられた上に、ダニロの能力損失。対して敵はほぼ無傷。
頭数も優位とは言えない。故にこの人数で戦い続けたとしてもいたずらに負傷者を生み出すだけである。
ダニロは生き残っている数十人の兵士と共に撤退を開始した。
「ベル姫! 追いかけて全滅させてやろうぜ!」
ルキーノに駆け寄り追撃を進言する。
確かに今の戦力であれば、さらなるダメージを与えることができるだろう。
「……辞めなさい、ルキーノ」
「でもそしたらまた!」
「私たちも無傷じゃないし、疲労もしている。このまま追えば……必ず誰か死ぬわよ」
エリクを始め、霧を発生し続けながら敵を倒し回ったリナ、撹乱のためにも絶えず爆弾を降らしたチェル。ルキーノも拡散のために誰かに変身しては走り、変身しては走った筈だ。
「今は体制を立て直し、今後どうするか考えるのが大事。違う?」
「違い……ません」
ルキーノは視線を地に落としながらも、はっきりとそう言った。彼は彼で、インペラルタ国に対して何かしらの恨みがあるのかもしれない。
「私だって逃したくはなかったわよ。けれどタイミングは考えなければいけない。さっきの奴は、命を賭してでも討つべき相手では無いもの」
同感だと言おうとしたエリクだが、何故か喉から声が出なかった。足から力が抜け、地へと倒れてしまう。
――魔力切れ……か。
全身に倦怠感と疲労感か駆け巡り、意識が段々と遠のく。
闇に落ちる間際、ベルが不安そうにこちらを見る顔が見えた。
そしてプツリと意識が途絶えた。
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は〝4月4日〟更新予定です。
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