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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第三章 起源
81/172

最悪

「深度があるので、この天候でも風成海流の心配はないと思う。この付近は海山や海丘が乱立しているので傾斜流の方が注意が必要ね。幸い外洋だから、潮流の速度は毎秒10cm程、陸地に近いと1m程になるもの」


「で、それがどないしたん?」


 リンジーの説明に、例によってチィコは頭の上に? 団体で浮かべた。


「つまり、ワイヤーを真っ直ぐ降ろしてもマリーに届く際にはかなり流されると言う事だよ」


 苦笑いのTDが説明するが、チィコはチンプンカンの様だった。


「どうやら、大丈夫だな」


 ゲルンハルトは安堵の溜息を付くが、リンジーは強い視線で見返す。


「B海山の山頂は、10m四方しかないの。その上に正確にワイヤーを降ろすのは至難の業ね。それに長さもギリギリ」


「潜水艦から連絡だ。酸素の残りは後、二時間」


 ヨハンは顔色を変えずに報告するが、イワンは横目でリンジーの顔を見て笑顔で言った。


「それなら余裕だな。近くに降ろせば、マリーが飛び付くさ」


「そうね」


 笑顔を返すリンジーには直ぐに分かった。イワンはリンジーを少しでも勇気付けようと、ワザと明るく振る舞っている事に。


「間もなく目標地点じゃ、お嬢ちゃん操縦を頼むぞ」


 笑顔のオットーはポカンとするチィコに言う。


「さあ、マリーを釣るで!」


 操縦席に飛び込んだチィコは、腕まくりすると元気に叫んだ。その様子を頼もしそうに見たリンジーは、小さく呟いた。


「必ず、助けるから」


 だが、次第にうねりを増す海面と、強くなる風がリンジーのココロを押し潰そうとする。


「今考えるのは助ける事だけじゃ……集中するのじゃ、必ず成功する」


 視線を落とすリンジーの肩に、優しくオットーが手を掛けた。


「うん」


 顔を上げたリンジーに、もう迷いなんてなかった。


_____________________



「この状況、どう思う?」


 艦橋の窓からリンジー達を見ながら、タチアナは呟いた。


「嵐の真っ只中、上がこの揺れなら降ろしたワイヤーも下ではかなり揺れてるでしょうね。正直、無理だと思います」


 ハイデマンでなくても、誰でもそう思う状況だった。


「そうかな……私は成功すると思う。なんなら、賭けてもいい」


 艦長席に深く座ったリーデルは、自信満々に言い放った。


「根拠は?」


 振り向いたタチアナは、真っ直ぐリーデルを見た。


「あの坊主、私に啖呵を切った……この私に向かって……しかも、それは正しい……」


 最後の方の言葉は、風音に紛らわせるリーデルだった。


「私も成功すると思いますね。何しろ、あの戦車は未来から来たんですから」


 横で聞いていたガーデマンも、頷きながら言った。


「未来、か……」


 呟いたタチアナの脳裏に、真紅の戦車が浮かんだ。


______________________



「艦長、海面は大荒れです。海底火山の噴火も確認しました」


「弱り目に祟り目だな」


 腕時計に目をやったヴォルクガングは、秒針が早く動いている錯覚に包まれた。


「流石に無理かと」


「それは本心かね?」


 ヴォルクガングは笑みを浮かべて副長を見た。


「いえ、本心では成功するんじゃないかと思ってます」


「なら、私と同じだ」


「艦長の根拠は何ですか?」


「……勘だよ」


「それなら、私と同じですね」


 平然と言ったヴォルクガングの言葉に、薄笑みを浮かべた副長は同意した。


「艦長! マリーから連絡! 酸素供給装置が停止した模様です」


「そうか、デアクローゼに伝えろ……急げ、と」


 その時ソナー員から報告があり、ヴォルクガングは落ち着いた声で指示した。そして、見せて見ろと心の中で呟く……”奇跡”というモノを、と。


_________________________



「ヴィット、もう直ぐリンジー達が来てくれるよ」


 潜水艦からの連絡を受け、マリーは作業に没頭するヴィットに声を掛けた。


「そうか……でも、万が一の為に続けるよ」


 ヴィットは作業を止めようとはしない。その頼もしい態度は、マリーに安堵の溜息をつかせる。


「真上からワイヤーを降ろしてくれるから、ワタシがそれを掴む……」


 マリーが状況を言い掛けた時、車体が揺れた。直ぐにセンサーを起動すると、微かな熱源を探知した。


「どうした? 揺れたぞ」


「海底火山、噴火の予兆みたい……地震が起こってる」


「そうなんだ」


 思考能力が低下したヴィットは普通に言うが、それは正しく危機だった。海底火山が噴火して大規模な地震が起これば、今着底してる海山の崩壊もあり得るのだ。


「多分、大丈夫よ。余震が小さなうちは……」


 そしてまたマリーが言い掛けた時、車体が大きく揺れた。その衝撃でヴィットの手元が狂い、配線から火花が飛んだ。車内の照明が落ちるが、マリーは直ぐに予備電源に切り替えた。


 視界が非常用電灯の赤に染まると、ヴィットは苦しそうに声を震わせた。


「マリー、大丈夫か?」


「照明の回路がショートしただけ、大丈夫」


 明るく答えるマリーだったが、ヴィットの声は暗かった。


「……マリー、配線の色が……」


 赤い光の中では、色とりどりの配線は殆ど同じに見えた。だが、マリーはヴィットに作業の中断を言えなかった。


 そんな状況でも、ヴィットは目を凝らし必死で作業を続けていたから。そして、直ぐその後に最悪の状況が訪れた。


 それは、最も恐れていた状況……酸素供給弓装置の停止だった。


__________________________



「マリーの酸素供給装置が止まった……後、15分だ」


 潜水艦から連絡を受けたゲルンハルトが、青い顔で呟いた。


「チィコ! 早く!」


 反射的に叫ぶリンジーを、静かな声のオットーが押さえる。


「焦りは禁物じゃ。とにかく、ワイヤーを揺らさない事に全力を注ぐのじゃ」


「海底火山が噴火した……」


 遠くの海面が汚れた茶色に染まり、水蒸気も確認出来た。TDは、それを見付けると小さな声で呟いた。


「どう、言う事?……」


「海底は激しく揺れてるだろう、ワイヤーを掴むのが難しくなる……それだけじゃない、濁った海中ではワイヤーの視認は難しい……センサーやソナーも火山が噴出する重金属が妨害する」


 震える声で聞くリンジーに、静かにTDが言った。それは、マリーの目や耳、感覚までも奪われる事を予想していた。リンジーはその言葉の内容に、金縛りになり声さえ出なかった。


「本当に一発勝負になったな……」


 呟いたゲルンハルトは、次第に高まる波を見ながら言う。風と波は時間の経過と共に激しくなっていた。巨大な船体が木の葉の様に揺れ、海に刺さるワイヤーを左右どころか、上下にも激しく揺らしていた。


 残り時間も少ない。海上は嵐で大揺れ、海底でも火山の噴火で揺れが始まる……正に最悪の状況だった。



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