救助
「イワン! もっと早く溶接してっ!」
ワイヤーを繋いでいるイワンの背中から、リンジーが怒鳴った。
「へいへい」
「何よっ!」
軽く受け流すイワンの態度に、リンジーは更に声を上げた。
「リンジー、分かるだろ。ワイヤーの接合は一番大切な部分なんだ。万が一途中で切れたら、取り返しがつかないんだ」
「分かってる……」
優しいゲルンハルトの言葉が、リンジーの追い詰められたココロを穏やかに支える。
「なら、イワンに言わなきゃ」
「……イワン……ごめんなさい」
小さな声で謝るリンジーに、イワンは背中越しに黙って手を振った。
「リンジー、少し休め」
薄笑みを浮かべ、ゲルンハルトは優しく言った。
「休んでなんか……」
「嬢ちゃん、もう直ぐ一番大切な作業に入るのじゃ……一発勝負じゃ。そんな乱れてる気持ちのままじゃ、上手く行かんぞ。とにかく、一旦休憩して頭を冷やすのじゃ……よいか、それがマリーやヴィットの為なのじゃぞ」
作業を続けながら、オットーも穏やかに言った。
「……分かった」
「リンジー……」
一部始終を見ていたチィコが心配そうに眉を下げ、リンジーは俯いたまま呟いた。
「……頭、冷やして来る……」
「チィコ、サルテンバの操縦を頼むぞ。巻き上げは細心の注意が必要なんだ、じいさん達によく教えてもらえよ」
トボトボと艦橋の方に歩いて行くリンジーの背中を見送ると、ゲルンハルトはチィコに微笑んだ。
「ウチ、がんばる……マリーもヴィットも助けるんや」
大きく深呼吸して、チィコはゲルンハルトに笑顔を向けた。
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艦橋の入り口では、壁を背にして腕組みするタチアナが待っていた。リンジーは俯いたまま黙って通り過ぎようとしたが、小さな声で呼び止められた。
「何処に行くの?」
「……頭を、冷やし、に」
リンジーは消えそうな声で言った。
「そんな事してる場合なの?」
「今は、それしか出来ない」
タチアナの言葉に少し腹が立ったリンジーだっが、拳を握って押さえた。
「なぁんだ……あなたにとって世界の終りは、その程度なんだ」
「私は……」
嘲笑うかの様なタチアナの態度に、リンジーは何も言えなかった。省みても焦りや動揺、混乱そして、泣き叫びたい恐怖……何より大切な人達を、直ぐに助けられない無力な自分自身に対する怒り。
そんな数多くの”負”の思考に支配されていたリンジーは、ただ俯くしか出来なかった。
「あなた……ヴィットとは、どう言う関係?」
「えっ?」
予想もしてなかったタチアナの質問に、リンジーは思考が付いて行かなかった。ほんの一瞬の間を開け、リンジーは呟いた。
「……幼馴染」
「ふぅん……」
壁にもたれたまま、タチアナは目を伏せた。
リンジーはそのまま立ち去ろうとするが、背中にタチアナの痛い言葉を受けた。
「確かに、あなたは頭がいい……でも、それだけじゃヴィットには相応しくない」
振り向いたリンジーはタチアナの睨むが、タチアナの表情では今のリンジーには占えなかった……その深層の考えなど。
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ヴィットの腕は感覚が無い程に疲れていた。思考にも靄が掛かり、言葉を発する事さえ忘れていた。
マリーもただ黙ってヴィットの作業を見守っていたが、どんな苦痛より、どんな恐怖より辛い時間を過ごしていた。掛ける言葉も、汗を拭いて上げられる手も無くて、ただ何も出来ない自分を責め続けるしか出来なかった。
「しまった!」
何年かぶりに聞いたと錯覚するヴィットの声、その瞬間に配線が火花を散らした。
「マリー! 何とも無いか!」
「大丈夫、トラクションコントロールの配線だよ。ユニットは平気、ヒューズが飛んだだけ」
「ごめん……手元が狂った」
「大丈夫だから……」
その後に続く”少し休もうよ”と言う言葉は、言いたくても言えなかった。そして、マリーの脳裏に最悪の事態が浮かんだ。
それは、酸素供給装置の配線がショートする事態だった。そうなれば、車内に残る酸素だけ……時間にして15分足らず。
既に五時間以上経過し、ヴィットの体力は相当に消耗している……マリーは気付かないうちに、車体を小刻みに震わせていた。
だが、そんな絶望の底からマリーを救ったのはモールスの音だった。
「ヴィット! 助けが来たよ!」
「……えっ?」
声を上げるマリーだったが、ヴィットの反応は鈍かった。
「えっと……オトヲダセ・イチヲカクニンスル」
「そうか……頼むよ」
明らかにヴィットの声は弱っていた。マリーは急いでアームを叩いて、返信した。
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「マリーから返信です」
「直ぐに位置を確認しろ」
腕組みしたまま、ヴォルクガングはソナー員の報告を受けた。
「確認出来ました。B海山の山頂です」
「かなり流されてるな。よし、浮上してデアクローゼに連絡しろ」
「海難救助は初めてですね……しかも要救助者は敵ですし」
ヴォルクガングの指示を受け、副長は苦笑いした。
「敵か……」
呟いたヴォルクガングは、自分でも分からなかった。借りがあるとは言え、何故敵を助ける?……何故デアクローゼの連中は、あんなに必死になっている?……やはり、答えは会って見ないと分からないなと、ぼんやり思った。
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格納庫の隅で膝を抱えるリンジーの思考は、悪い考えばかりに引っ張られていた。考えが像を結ぶ度に、心臓に氷の剣を突き立てられた。体の震えは滝の様な汗と同期して、リンジーの精神を崩壊寸前まで追い込んで行く。
だが、どんなに辛くて悲しい事にも終わりはある。遠くから聞こえた自分を呼ぶ声は、リンジーを暗い闇の世界から救ってくれた。
リンジーの名前を連呼しながら、チィコが物凄い勢いで走って来た。息を弾ませ、真っ赤な頬を更に紅潮させ、嬉しさと喜びを爆発させていた。
聞かなくても分かる最高に嬉しい報告は、リンジーの胸を鷲掴みにする。
「マリーとヴィットが見っかったんや!」
「行こう! チィコ!」
駆け出すリンジーの足は宙に浮くくらい軽くて、真っ白の頭の中心にはヴィットの笑顔とマリーの声しかなかった。




