救出
「一番艦、浮上中……」
「機関は?」
ソナー員の報告を受けた二番艦の艦長は訝しげに聞いた。
「スクリュー音あり、機関は生きてます……意図は分かりませんが、真っ直ぐ真上に浮上してます。機関は位置を維持する為に動かしてる様です」
「我が艦の機関は動きません。浮上力を使い舵で位置を変える事しか出来ません」
今度はソナー員の報告に、副長が付け加えた。
「各舵を使い浮上するまでに、一番艦に鼻先を向けろ。軸線に乗り次第魚雷発射だ」
「了解」
艦長の命令を受け、副長は潜舵、横舵、縦舵を駆使して一番艦に指向した。海面に出れば最早艦の方向は定められない、浮上までの時間が唯一残された攻撃の手段だった。
だが、先手は一番艦だった。
「魚雷接近! 雷数二! 真っ直ぐ本艦に向かって来ます!」
「急速浮上! 姿勢角アップ15度! 面舵一杯!」
叫ぶソナー員の声と同時に、艦長が叫んだ。
(先を越されたか……後は海面に浮ぶ標的だな……)
脳裏で呟く艦長は、全身を震わせながら唇を噛み締めた。
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「二番艦、回避運動! 浮上します」
「これで、向こうから攻撃出来ませんね。魚雷を回避しながら攻撃態勢を取るのは、我が艦長並の操艦能力がないと無理ですね」
ソナー員の報告を受け、一番艦の副長が笑った。
「私でも無理だよ」
一番艦の艦長は薄笑みを浮かべた。
「この後はどうします? 海面に出たら沈めますか?」
「海上は嵐の様だ、放っておけ……奴には長い漂流をしてもらう……それより、浮上したら敵強襲揚陸艦に通信だ」
「敵に、ですか?」
「ああ、白旗を上げる。我々も満身創痍だ……それに、借りは返さないとな」
不敵な笑みを浮かべた艦長は静かに言った。
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「敵、潜水艦より通信です!」
「私が強襲揚陸艦デアクローゼ艦長ハイデマンだ」
『潜水艦艦長ヴォルクガングです。我が艦は降伏します』
「まさか、あの……」
ハイデマンは唖然とした。ヴォルクガングは大戦中、25万トンを沈めた伝説の英雄だった。
「ヴィットとマリーはどうしたの?!!」
マイクをハイデマンから、もぎ取ったリンジーが叫んだ。
『ヴィット? マリー? あの潜水艇の乗員ですか?』
「潜水艇なんかじゃない! マリーは最強戦車よ! だから、どうなったのよ?!!」
ヴォルクガングの落ち着いた声が、リンジーの怒りに火を点けた。
『そうでしたか……我が艦は、マリーが沈んだ地点の真上にいます』
全て一瞬で理解したヴォルクガングは、静かに言った。
「……沈んだ……」
リンジーは頭が真っ白になり、その場で気を失った。傍で聞いていたチィコも、言葉なんて出なくて大粒の涙を浮かべ、その場に座り込んだ。
「とにかく、その地点に向かって」
真剣な顔のタチアナだったが、ハイデマンは否定的な意見だった。
「敵潜水艦の戦闘能力が失われた訳ではありません。罠と言う事も十分考えられます」
「奴なら大丈夫だ。だまし討ちなど、絶対に無い」
壁際で聞いていたリーデルは、ハイデマンに強い視線を向けた。
「幾ら大佐のお墨付きでも、私は全乗組員の安全とタチアナ嬢を守る義務があります」
「ならば全砲門、潜水艦に指向したまま行けばいい。我がシュワルツティーガーも照準を合わせる……潜水艦など、88ミリで撃沈してやる」
消極的なハイデマンに対し、普段冷静なゲルンハルトが声を荒げた。
「魚雷の射程と戦車砲の射程だぞ、分かってるだろ」
ハイデマンはゲルンハルトを睨み返した。確かに両者の射程に雲泥の差があり、魚雷は戦車砲の届く距離の遥か先から発射される。
「フン、魚雷なんか当たる前に全部撃破だ」
イワンが更にハイデマンを睨んだ。
「戦車砲で魚雷を迎撃だと?」
「こいつ等なら出来るだろうな、なんせ”エルレンの黒い悪魔”だからな」
鼻で笑うハイデマンだったが、リーデルは薄笑みを浮かべゲルンハルトを見た。
「”空の魔王”には言われたくないものだ」
視線をリーデルに向けるゲルンハルトの目は、正に”エルレンの黒い悪魔”だった。
「御託はいい。地点に急行しなさい、これは命令よ」
凛としたタチアナの声で、ハイデマンは渋々地点に向かう命令を出した。その時、伝令が艦橋に飛び込んで来た。
「爺さん達がいました!」
「そんなのは後回しだ」
溜息交じりのハイデマンだったが、伝令の次の言葉に驚いた。
「それが、甲板上で戦車を分解してる様です」
「何だと?」
ゲルンハルトも急いで艦橋の窓から様子を見ると、オットー達はサルテンバの転輪部分を改造している様だった。TDやコンラートも涙目になりながらも、甲板上を駆け回っていた。
「じじい……やる時はやるな」
「爺さん達、何してるんだ?」
「全く、訳の分からん事を……」
笑みを浮かべるゲルンハルトの横で、イワンとハンスが苦笑いするが、ヨハンは顔色一つ変えずに呟いた。
「サルベージの準備さ」
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既に四時間、ヴィットは無言で作業に没頭していた。マリーは時間の経過が加速している様な錯覚と戦っていた。
何も出来ない自分を呪いつつも、あらゆる可能性を考えていた。しかし、陸と海の決定的違いがマリーを追い込むだけだった。
それは、海の中は宇宙と同じで人が生きていけない世界なのだと言う事。それは抗えない神の領域……マリーは泣き叫びたい衝動をヴィットの為に押さえるので精一杯だった。
刻々と迫る”その時”……時間は非情に流れ続けていた。
「マリー……初めて会った時、俺さ……物凄くドキドキした……多分、俺の人生で最良の日だった」
「えっ?」
不意にヴィットが言った。マリーは頭が真っ白で、その意味なんて分からなかった。
「……ありがと、マリー……」
「……」
マリーには、言葉など見つからなかった。




