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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第三章 起源
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出口のない海

 マリーは、ゆっくり暗い海底に沈んで行った。


「大丈夫か?……どうしたんだよ?」


 何も言わないマリーをヴィットが心配して、優しい声を掛ける。だが、その声が優しければ優しい程、マリーの胸は締め付けられた。


「……ごめんなさい……」


 かなりの時間を要して、マリーは声を震わせた。


「どうして謝るの?」


「……ワタシは……ヴィットを危険に……」


 明らかに泣いている声は、ヴィットを切なくさせた。


「マリー……逆の立場でも、俺は同じ選択をしたよ……それにさ、やろうって言ったのは俺だよ」


「でも! ワタシは……」


「それよりさ、何とか助かる様に頑張ろうよ」


 声を掠れさせるマリーの言葉を遮りヴィットは優しく言うが、マリーは言葉が出なかった。


「……」


「マリー、耐深度は?」


「……千メートル……くらい」


 やっとの事で、マリーは声を絞り出した。


「この辺りの深度は?」


「……多分、千メートルを超えてる」


千メートルなんてヴィットには想像も出来なかったが、艦に乗ってすぐにボンやり海を見ていた時にオットーに聞いた話を思い出した。


(ヴィットよ、海の中にはのぅ、山や丘、谷や崖など何でもあるのじゃ。水があるか無いかだけの違いじゃよ)


「じいちゃんに聞いたんだけどさ、海の中には山や丘があるって」


 ハッとした。マリーはセンサーを駆使して、近くに海山があるのに気付いた。だが、噴射剤も使い果たしウォータージェットが故障した今、移動の術は無かった。


「……近くにはあるけど……」


「噴射剤も無い、ウォータージェットも故障……それじゃ、手で掻くしかないね」


「そうだ!」


 ヴィットの言葉は、マリーの消えかけた希望に火を灯した。アームを出すと、平泳ぎの要領で水を掻く。細いアームでは速度こそ出ないが、マリーは海山に向けて移動を開始した。


 かなりの時間を要したが、マリーは海山の頂上付近に着地した。これで、圧潰は防げたが、まだ問題は山積だった。一番は酸素の問題だった……持って八時間、残された時間は少なかった。


 とても言えないマリーだったが、ヴィットは普通に聞いて来た。


「どの位持つの、空気?」


 少しの沈黙の後、マリーは消えそうな声で答えた。


「……後、八時間……」


「そんなに持つんだ」


 ヴィットの言葉は、マリーの考え方を変えた。”十時間しか持たない”と”十時間も持つ”……その違いは歴然だった。


_________________________



 天候悪化で帰還したリーデルの報告を聞いたリンジーは、顔色を変えて直ぐに艦橋を飛び出した。慌てて、ゲルンハルト達が後を追う。


「探しに行くのっ!!」


 リンジーは舟艇に乗り込み、止めるゲルンハルトに怒鳴った。折しも天候は悪化し、灰色の空と荒れる波がリンジーの胸を締め上げた。


「こんな小舟じゃ無理だ! 二重遭難したいのかっ!」


「遭難なんか、怖くないんや!」


「止めるんだ」


 チィコも無理矢理乗ろうとするが、真剣な顔のイワンに止められた。


「いややっ!」


「お前達が遭難したら、マリーとヴィットが悲しむだろ?」


 叫んだチィコだっが、イワンの声は優しくて涙を浮かべたまま俯いてしまった。


「私は行くから!」


 だが、リンジーは止めようとしない。その顔は、決心の顔だった。


「だがな、リンジー……」


 ゲルンハルトの声も優しかったが、リンジーは見てはいなかった。


「そんなに、あの戦車とヴィットが大事?」


 揺れる甲板に、腕組みしたタチアナが立っていた。リンジーは、強い視線で睨み返すと静かに言った。


「ヴィットとマリーを失う事は、私にとって世界の終りと同じだから……」


「そう……」


 タチアナは、直ぐに艦橋に連絡する。


「この船で、マリーとヴィットの捜索に向かって」


『しかし、海上は嵐ですが海面下は平穏なのです。敵の潜水艦がどれ位いるか分かりません。脅威は去った訳ではないですし、我々はあなたを護衛する任務があります』


 ハイデマンの声は困惑するが、タチアナは平気な顔で言った。


「私は雇い主よ。命令を聞きなさい」


「タチアナ、あなた……」


 凛として命令を下すタチアナを見て、リンジーは唖然と呟いた。


「世界の終わりと同じなんでしょ?」


 薄笑みを浮かべたタチアナの声は、少し優しかった。


______________________



 着底して数分で、ヴィットが動き出した。


「これ、TDに作ってもらった工具箱。何でも入ってるんだ。マリー、不具合箇所の図面を出して」


「ヴィットが修理するの?」


「ああ、TDやコンラートの修理を随分見て来たからね」


 意気揚々と工具を広げたヴィットだったが、モニターに出た図面を見ると絶句した。


「……なんじゃ、こりゃあ……」


そして、現物の配線を見て二度目の溜息を付いた。コンラートの配線は芸術の域に達しており、数十の色とりどりの配線は視覚的にも美しく、カプラーの色や形までも計算されて配置してあった。


「ブロータンクもウォータージェットもユニットに故障の兆候は無いの。多分、原因は衝撃による配線のショートだよ。見た目では分からないけど、何処かがショートしてるはずなの」


 心配声のマリーだったが、ヴィットも配線を見ると大量の脂汗が出た。


「……確かに見た目じゃ、分からないな」


 美しい配線はコンソールの裏側に整然と配置され、寝転んで腕を上向きに伸ばす作業は困難と苦痛を伴った。一本一本の配線にテスターをあて、抵抗を計測した。


「ショートしてれば、抵抗は0Ωだよね」


「そうだけど……配線図はあるけど、正直ワタシも分からないんだ……数千の配線を調べないといけないみたいだし……」


 苦しそうに声を出すヴィットに、マリーは済まなそうに言った。


「コンラートやTDなら直ぐに特定出来るんだろうね……戻ったら、特訓してもらうよ」


 苦笑いのヴィットだったが配線は複雑に入り組んでおり、少しでも気を抜くと同じ配線を測定しそうで、一瞬も気を抜けなかった。


 そして、一時間もすると腕の感覚は無くなり、頭もボーっとして来る。マリーはヴィットの邪魔をしない様に極力声を出さない様にするが、モニターに映る辛そうな顔を見ると我慢出来なくなる。


「ヴィット、少し休もうよ……腕を少し降ろすだけで、楽になるから……」


「……大丈夫……」


 ヴィットは歯を食い縛ってテスターを使った。そのまま、深海の時間は、ゆっくりと過ぎる。自分が配線を触る音だけの世界……呼吸の音がこんなに煩いのかと、ヴィットはボンやり思った。


 そして、何も言わなくなったマリーが心配になった。多分、マリーは責任を感じて耐え難い呵責や後悔に苛まれているのだろう……そう思うと胸が張り裂けそうになった。


「マリー……」


「なぁに?」


「本当は、マリーはさ……一人で動けるし、回避も攻撃も出来るんだよね」


「ヴィット……何を……?」


「俺なんかいなくても、マリーは大丈夫なんだ……」


「ヴィット、怒るよ」


「……ごめん……でもさ、今まで助けられてばかりだったけどさ……」


「ヴィットも助けてくれたよ! ケンタウロスやイカロスやゴキブリや……ケルベロス……みんな、ワタシ一人じゃ倒せなかった……ヴィットが、やっつけてくれたんだよ」


 マリーの声は泣いてるみたいだった。


「……そんな事ないよ……でもね、今、マリーを助けられるのは俺だけなんだ。誰も頼れない、誰も助けてくれない……だから、俺は全力でマリーを助ける」


「……ヴィット……ありがと……」


 力強いヴィットの声が、マリーの中に浸透した。暗く冷たい海底で二人きり……出口なんて見えないが、マリーには一筋の光が確かに感じられた。


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