嫉妬
「潜水艇如きに注意しろだと? あんな噂、信じてるのか?」
二番艦の艦長は吐き捨てた。
「私も噂は聞きましたが、どうも信じられなくて」
副長も艦長に同意した。
「奴は英雄と呼ばれたが、私の方が多くの敵を沈めている……非武装の艦船は攻撃しないだと? 敵に武装も非武装もあるか!」
「しかし、非武装でも軍事物資の輸送艦は沈めています」
艦長は声を荒げ、副長の言葉を聞くと睨み付けた。
「それが奴の卑怯な所だ。自分を正当化し、常に逃げ道を探っている……戦争に道徳など存在しない」
「同感です。敵は倒すモノです。敵に属す者に情けや容赦は必要ありません」
「さて、英雄のお手並みを拝見するか。魚雷全門装填、信管は近接に合わせろ」
「了解しました」
薄笑みを浮かべた副長は意図を察し、部下に指示を出した。
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「少し距離が離れてるけど、位置的にはベストかな」
「行きますか? あまり近いと衝突するしね」
マリーは二艦の距離を測り魚雷発射のタイミングを見ていたが、ヴィットの言葉で判断した。
「それでは、発射」
器用にアームで発射ボタンを押す。そして、魚雷発射と同時に車体のワイヤーを解いてアームで両端を持とうとするが、微妙に絡んで必死で解いていた。
「器用だね、絡まなかった?」
「声かけないで、絡んじゃったじゃない」
「へいへい」
必死で解いてるマリーが可笑しくて、ヴィットは笑顔になった。そして数秒後、爆発音が車内に響き渡った。
「爆発したぞ、まだ?」
「もう少し! あっ、また絡んだ」
戦闘中なのに、何だか長閑な雰囲気の二人? だった。
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「敵潜水艇、魚雷発射。雷数、二! 方位040」
「魚雷? 戦車に魚雷が積めるのか?」
ソナー員の報告に艦長は平然と言った。
「報告の形状では魚雷搭載は不可能ですが、車体にでも括り付けていたんでしょう」
副長もまた平然と言った。
「姿勢角アップ5度、面舵」
魚雷到達までの時間は瞬間に艦長の頭の中で計算され、まずは回避行動の指示を出した。だが、次の瞬間艦内は大揺れと警報の嵐になった。
「被害報告。ソナー!」
落ち着いた声で被害報告を求めた後、艦長はソナーの方を見た。
「強力な音波障害です。ソナー使用不能」
「耳を塞がれたか」
ソナー員の報告にも、艦長は冷静だった。
「機関異常なし」
「前部魚雷発射室、異常なし」
「舵及び船体に異常なし」
次々と入る報告に、副官は首を傾げる。
「次の回避運動は、どうします?」
「姿勢角戻せ、舵正面、両舷微速」
「動かないんですか?」
「次の出方を見たい」
副長の質問に、艦長は静かに答えた。そして、次の瞬間か全体が揺れた。
「何かに引っ掛かった様な衝撃ですね」
「海の真ん中でか?」
他人事の様な副長の言葉を受け、艦長は静かに言った。
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「敵潜、魚雷発射! 雷数二! 方位040!」
「姿勢角ダウン10度! 機関最大! 全力回避!」
ソナー員の報告と同時に艦長が怒鳴る。瞬時に回避行動を指示するが、次の行動に移る余裕は無かった。
そして、数秒後の爆発は艦長の判断力を更に鈍らせた。
「耳を塞がれました。次の攻撃を予測出来ません!」
「メインタンクブロー! 急速浮上だ!」
副帳の報告に更に艦長が叫んだ瞬間、艦は物凄い衝撃を受けた。
「被害報告しろ!」
「船体及び機関に被害なし!」
被害報告無しの報告に艦長は胸を撫で降ろすが、次の瞬間には全身を冷や汗が覆った。
「新型の水雷兵器でしょうか?」
「……」
副長の言葉は更に艦長を追い込んだ。
「ソナー回復! 敵潜は一番艦の傍です!」
「……魚雷、一番と二番……発射」
ソナー員の報告を受けた艦長は攻撃の指示を出した。一瞬の間はあったが、その声は喜んでいる様に聞こえた。
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「しかし、器用な”手”だね」
「意外と引っ掛けるとこ多いね」
あっと言う間に接近して二艦をワイヤーで繋いだマリーに、ヴィットは感心した。だが、次の瞬間マリーの声は悲鳴に近かかった。
「ヴィット! 魚雷接近! 何かに掴まって!」
「逃げよう!」
「ダメ! この潜水艦に当たっちゃう!」
「どうすんだよ?!」
「持ち上げる!」
「そんな無茶な……」
涙目のヴィットを余所に、マリーは潜水艦の下に潜り込んだ。刹那、近接信管の魚雷が至近距離で爆発した。
衝撃に続く大振動! 同時に鳴り響く警告音! ヴィットはモニターの警告ランプが次々に赤く染まるのを唖然と見るしかなったが、最優先の心配はマリーの身体だった。
「大丈夫かっ!」
「ブロータンクのポンプが動かないっ! ウォータージェットも故障!」
「……それって?……」
視界は真っ赤だったが、ヴィットの顔は限り無く青かった。
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「ソナー回復、潜水艇、本艦の真下です……何っ! 魚雷接近! 雷数二! 至近です!」
「二番艦ですね。本艦ごと沈める気だ」
「その様だな、急速浮上」
ソナー員の報告に副長は他人事みたいに言い、艦長も落ち着いた声で指示を出した。
「多分、近接信管です。本艦同様、耳を塞がれ正確な距離など分からないでしょうから」
「下手の振り回す刃物は厄介だな……本命は次だ」
かなり危険な状態でも副長は冷静さを失わず、艦長は薄笑みさえ浮かべていた。だが、次の瞬間、物凄い衝撃が艦を揺らした。
「被害報告!」
「サブタンク破損!」
「機械室に浸水! 電池も殆ど使用不能!!」
「前部魚雷発射室浸水!」
次々に叫ばれる被害報告だったが、艦長は冷静に聞き返す。
「メインタンクは生きてるか?」
「機能は低下! しかし、まだ生きてます!」
「浮上は出来そうですが、次の攻撃を避けられる疑問ですね。残った電池を直結しても、速力は出せても微速です」
「そうだな、回避したくても謎の振動だ。舵も殆ど効かない……まさか、ワイヤーか何かで繋がれたか……」
副長は状況を的確に把握、艦長も鋭い勘で艦の現状を言い当てた。
水中において強い爆発を起こすと、その勢いで空気中よりはるかに強い衝撃波が発生する。水中で発生した泡が膨張と収縮を繰り返す現象(バブルパルス現象)が起こり、どんな物体でも圧し折ってしまうのである。
正に満身創痍。二番艦が、その気になれば艦の運命は尽きる事になる。




