囮
「前方十一時! マリーが上昇!」
双眼鏡で見ていたイワンが叫んだ。
「襲撃機に向かうつもりだ……」
ゲルンハルトの声は大空に沈み、ハンスはハンドルを叩きながら呟く。
「また、マリーとヴィットだけに頼るのかよ……」
「対空戦闘、塹壕を利用するか? 仰角が取れれば、何とかなる」
ヨハンが進言するが、ゲルンハルトは首を縦には振らなかった。
「相手が襲撃機だけならな……車体を固定すれば、可変戦車の的になるだけだ」
「私はそれでもいい! 少しでもマリーとヴィットの援護をしたい!」
「そうや! 出来る事があるのに、見てるだけなんて嫌や!」
リンジーは決意の表情でゲルンハルトを見詰め、チィコも大声を出す。
「マリーとヴィットは、何の為に二人だけで行ったと思う?」
声を震わせるゲルンハルトの言葉の意味を、リンジーもチィコも分かり切ってはいるが、納得なんて到底出来なかった。
「ゲルンハルトの言う通りじゃ。例え一機や二機落としても、援護にはならん……機会を待つのじゃ、必ずその時が来る」
戻ったオットーもゲルンハルトに同意し、リンジーとチィコを宥めた。
「でも……」
それでもリンジーは拳を握り締める。悔しさで身体が震え、我慢出来ずに涙を零した。
「リンジー、可変戦車の装甲は俺達の火力じゃ抜けないが、腕の関節部分なら破壊出来る。それは、マリーとヴィットに大きな援護になるよ」
TDの分析は涙に濡れるリンジーを救った。援護が出来る……それだけでも、リンジーにとっては、とてつもなく大きな前進だった。
「だが、どうやって近付く? こっちは奴の主砲を一発でも喰らえば終わりなんだぜ」
イワンは悲壮な顔を、TDに向けた。
「そうだよな、そこが問題だ」
「戦車を、使い捨ての対戦車榴弾発射機にするしかないな」
TDの言葉は小さく沈み、溜息交じりにコンラートが続ける。誰も気にはしなかったがコンラートの言葉を噛み締めたリンジーだけは、生唾を飲んで運転席にチィコの背中を見た。
_________________________
「相手はイール・ドヴァー襲撃機。コンクリート・トーチカと呼ばれる化物。装備重量6トンの装甲は、20ミリ機関砲でも跳ね返すの。装備機関砲は37ミリ、戦車の上面装甲なんて、簡単に貫通よ」
上空に静止したマリーは、遠くに迫る襲撃機を望んで言った。
「そんじゃ、主砲弾じゃないと効果ないね。でもさ、こっちは空飛ぶ戦車、トーチカなんて目じゃないよ」
ヴィットはまだ回転が始まってないので、少し余裕があった。
「勿体ないけど、それしかないみたい。狙いは垂直尾翼、主翼内には燃料タンクがあるから、爆発の危険もあるし……」
「……優しいね、マリーは」
済まなそうに話すマリーの言葉は、ヴィットに笑顔をもたらせる。
「……バカ。そんじゃ、行くよ! ゲロゲーロ袋の用意はいいっ?!」
「シートベルトの間違いだろっ!」
ヴィットの返事と同時に、マリーは回転を始める。お約束通り、ヴィットの悲鳴とヨダレが車内を舞った。
____________________
『隊長! 火の玉が接近して来ます!』
イール・ドヴァーの隊長機に、二番機機からの通信が炸裂した。
「落ち着け! 奴の機動は前後左右だけじゃない! 上下にも警戒しろ!」
出撃前のブリーピングで理解していたはずだが、実物を間に当たりにすると歴戦の襲撃機乗りでも目を疑った。その機動はまるで昆虫、人が乗ってる事など信じられない動きだった。
『隊長! 三番機と五番機が撃墜! どうすればいいんですか!』
二番機からの通信は悲鳴の様だった。航続時間は30分以下とは聞いていたが、そんなに時間を稼ぐのは不可能だと実感した。
「全機! ブレイク! とにかく逃げろ!」
通信機に叫ぶ自分の言葉が信じられなかった。何しに来た? ただ、撃墜される為に来たのか? 自問しても運命からは逃れる事は出来ない。
『あれが戦車だと言うのか!』
その叫びが、二番機の最後の通信だった。残存は五機、隊長は操縦桿をマリーに向けると、スロットルを全開にした。
『背後に回らせるな! 正対すれば37ミリを、お見舞い出来る!』
正面から突っ込んで来る機体に対し、マリーは横方向に車体を滑らせる。正面からでは垂直尾翼を狙えない、速度を落として回り込もうとした瞬間! マリーの車体に37ミリ機関砲弾が命中した。
咄嗟に電磁装甲を展開させるが、側面で炸裂する徹甲榴弾はセラミック装甲の二層までを破壊する。なんとか第三層のチタン骨格で受け止めるが、マリーはヴィット叫んだ。
「ヴィット!! 被弾した!! 大丈夫!!」
「……車内には入ってない! 心配するな!」
苦しそうなヴィットの声だったが、一応安心したマリーは直ぐに発射元を特定した。
「あいつ!!」
それは、地上のケルベロスだった。襲撃機を囮にして、速度を落としたマリーを狙撃したのだ。片腕四門、両腕で八門の集中砲火は高速移動する空中目標さえ、確実に捉える。
味方を囮にした事がマリーに火を点けた。何より油断してヴィットを危険に晒した自分に、怒りが更に燃え上がった。
「このおっ!」
素早く反転すると、マリーはケルベロスに向かって急降下した。
『マリー!! ダメっ!!!』
リンジーの声が通信機で炸裂するが、ヴィットが危険に晒された事でマリーの判断力が鈍る結果となった。




