新型戦車
「何なんだよぉ~」
衝撃がヴィットを襲い、首を摩りながら呟いた。そして改めてモニターを見ると、見た事も無い戦車? が二両のトラックを乗り越えている? 所だった。
多分マリーと同じ位の大きさで、艶のある黒い車体。何より驚いたのは履帯や車輪ではなくて、戦車の車体は六本の脚で動いていたのだ。車体中央に小型で三角形に近い小さめの砲塔が乗り、マリーの様な短めの砲身が付いていた。
その動きは速くはないが、まさに昆虫の動きだった。ヴィットは、もっと近くで確認する為に後退を続けるマリーに言った。
「マリー、相手の出方を見たい。接近するぞ」
「やだっ! 無理っ!」
即答するマリーの声は泣きそうだった。
「やだって……あのね、マリーさん……」
呆れ声のヴィットは、違う意味の冷や汗を流した。
『あれは、山岳地帯戦闘に特化した戦車で、節足戦車と呼ばれておる。履帯や車輪では走行不可能な、岩場や瓦礫の中での運用を想定しておるのじゃ』
抜群のタイミングでのオットーの解説に、ヴィットは笑顔になった。
「そうか、見るからに脚が弱点みたいだけど、他は?」
『接地面積の狭い脚じゃからな、自重を抑える為に装甲は脆弱なはずじゃ……ヴっ』
また、途中で通信が切れる。せっかくの的確な見識も予想が付く最後の呻き声で台無しになり、ヴィットは苦笑いした。
「とにかく、あれは戦車だよ。怖がらないで」
ヴィットは精一杯優しく言うが、マリーは無言で車体をガタガタ震わせた。
「……」
「もう、何がダメなの?」
「……色とか形とか……」
溜息交じりのヴィットに、マリーはボソッと答えた。
「黒いだけの節足戦車だよ」
「だって……ゴキリブリとか、クモとか、バッタとかに見えるもん」
更に声が小さくなるマリーは、車体の震えが止まらない。
「だから、まとめて”虫”って言いなよ……それと、ゴキリブリじゃなくて、ゴキブリ」
エンジンも超強力型に換装し、各種兵装も一新、桁違いの性能に生まれ変わった最強戦車の弱点が”虫”……苦笑いのヴィットだったが、迫って来る節足戦車に気合を入れ直した。
「マリー、モニターを切って何も見ない様にして」
「えっ? どうするの?」
不安そうなまりーに、ヴィットは優しく言った。
「ペリスコープあるだろ?」
「あるけど……」
ヴィットの前方に、光学式のペリスコープがモーター音と共に出た。
「有視界で、操縦と射撃をするから」
「……ヴィット」
少し驚いた声だったが、マリーの震えは止まっていた。
「進化したのはマリーだけじゃないよ、任せといて」
ヴィットの元気な言葉が嬉しくて、マリーは違う意味で車体を震わせた。
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「敵戦車、距離を取りました」
トレーラー内のコントロールルームで、オペレーターが士官に報告した。
「節足戦車S-66の初めての実戦だ。各オペレーターは訓練通りミッションに当たれ」
士官はモニターを見ながら、腕組みをした。S-66は無人で、各一人のオペレーターが無線で遠隔操縦する。S-66の運用は二機一組が基本で、長機と列機、オフェンスとディフェンスに役割分担を明確にした戦闘行動が特徴だった。
「先に仕掛けますか?」
一番機のオペレーターは、先行しつつ士官の指令を待った。
「敵戦車の機動性は尋常ではない。二番機が、最良の配置に付くまで待て」
「了解」
一番機は問題ないが、二番機から不調箇所の報告が入る。
「二番機、スラスターの調子が良くありません」
「これだから試作機は」
士官は愚痴を零すが、横に立つ研究員は顔を綻ばせた。
「仕方ありませんね。まだまだ、改良の余地はあります。しかし、この実戦は凄いデータが取れそうです」
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「なぁ、ミルコ……どやった、マリー?」
運転席のチィコは、隣の席に座るミルコに聞いた。砲塔ハッチから顔を出していたリンジーは、チィコがお姉さんぶるのを笑顔で見ていた。
「そうだね、想像してたのと随分違ったよ。マリーさ、可笑しんいだよ。ボクが手を切ったらね、物凄く慌ててさ」
嬉しそうなミルコは、マリーの慌てぶりを思い出して笑った。リンジーはミルコが自分の事を”オレ”じゃなくて”ボク”と言った事に微笑んだ。
「そやな、マリーは優しいからな」
チィコもまた、マリーの事を思い出して笑顔になった。
「作業中も心配ばかり。そんな電工ナイフの持ち方危ないとか、配線をショートさせそうになったら泣きそうな声で大声出したり……でもね、自分のユニットの心配じゃなくてボクの事を本気で心配してた」
「そうかぁ、マリーらしいで」
「色々な事を話したよ。マリーはボクを子供扱いしなかったんだ。普通の技術者として対応してくれた……怪我とかの心配は、かなりされたけどね……それで、聞いてみたんだ。最強戦車のマリーは、どんな装備が一番欲しいのかってね」
「そやなぁ……何やろ?」
直ぐに思い付かないチィコは、独り言みたいに呟いた。
「僕は思ったんだ。勿論防御性能や機動性も大事だけど、戦車は戦う道具……やはり一撃で相手を倒せる武装かなって」
「マリーは何て言ったんや?」
俄然興味が湧いたチィコは目を輝かす。リンジーも気になり、耳を澄ませた。
「”手”だってさ」
ミルコは満面の笑みで答え、チィコは頭の上に? マークを沢山浮かべた。
「手ぇ?」
「そう、手。手があれば、ヴィットやチィコ達が怪我しても手当してあげれるし、ご飯なんかも作ってあげられるからだって」
「そうかぁ……」
なんだか最もマリーらしいと、チィコ小さく溜息を付いた。リンジーは、とても胸が痛かった。そして、ゲルンハルトの言葉が更に胸を締め付けた。
”ヴィットはきっとマリーの作られた訳なんて、どうでもいいと思ってる”……と、言った言葉を。




