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やんわりと手を引かれて、会場の中央から退く。マリアンたちはまだ踊るらしい。先に捌けていたシルヴェスターとヴィオラが、なにか面白いものを見た顔で振り返った。
「やるじゃん、アイビー。エイデンにそこまで顔をさせてるの、たぶんアイビーだけだよ。私なんて二回もシルヴェスターのこの高そうというか絶対に高い靴を踏んだのに」
「ええと……ありがとうございます?」
アイビーはうっかりシルヴェスターの足元を見そうになって止めた。
「むしろ、絶対に踏まれるのがわかっていて下手な靴は履けないだろう。良いのを選ぶしかなかったんだ」
「あー、はは……本当にごめん。悪気はない」
「いや、いいんだ。踏まれるのはわかっていて、それでもまだ都合が良くて選んだから。助かっている」
シルヴェスターはヴィオラを見て呆れたように呻くと、気を取り直したように再度アイビーたちに向き直った。
「それより二人とも。素晴らしいダンスだった。お前たちが楽しそうにしてくれたなら、このパーティーはもう成功したようなものだ。あとは自由に楽しんでくれ」
「え?」アイビーは困惑した。シルヴェスターの賛辞はけっこう気軽に贈られるものだったらしい。
「じゃあ生徒会らしく、生徒に人気の飲み物でも見に行こうかな」
エイデンが穏やかに笑った。かなり気分が明るくなっているようだ。アイビーは即座に困惑を捨てた。エイデンが楽しそうだと、アイビーはそれだけで嬉しい。
「ああ、食事の確認も頼むよ。私らはその辺の偉い人たちに挨拶したら、裏に行ってコンラッドとジュリアンと交代するからさ。また何かあったら言いなよ。シルヴェスターがなんとかするから」
「俺か。まあそうだな。最善は尽くそう」
「うん。ありがとう」
「ありがとうございます」
アイビーは頷いた。ヴィオラが手を振ってくれたので、うっかり振り返してから慌てて会釈する。思い切り笑われた。
「行こう。何を飲む? それとも先に行きたい場所はある?」
「いいえ、ちょうど喉が渇いてきたところなんです」
「そうなんだ。僕も同じ」
エイデンと会話しながら、会場の奥にあるブッフェコーナーに向かう。誰も邪魔はしてこなかった。むしろ、遠巻きに道を空けられている。多少の視線は感じたが、基本的にはみんな自分が楽しむためにここにいて、その話のだしにアイビーたちを使う程度だ。それなら今は気にならない。
ただ、エイデンを見て「マント姿も素敵」と色めき立つ声が聞こえたときに、繋いだ指先に少し力が入ったことは、仕方ないと思ってほしい。
ブッフェコーナーは、広かった。なにしろ会場には食べ盛りの生徒ばかりが二百人以上は集まっているのだ。夕方に食堂は開放されていたようだが、そこで食事を食べられる者は、ここでも食べる。
だから――とても揚げ物が多いですね。と、思わずそう言いそうになって、止めた。エイデンも食べたいかもしれないし、そうだったらアイビーも食べる。
その隣にはスイーツも山のように並べられていた。食事がかなり赤茶色なのに対して、こちらはパステル調のケーキが何段も積まれてリボンや花が飾られている。とても可愛い。たぶん飾りも砂糖や卵白でできている。甘そうである。
「飲み物はこっち。何がいい?」
ケーキよりもずっと甘やかなエイデンの視線がアイビーに向けられる。
手を引かれて、ドリンクコーナーに連れられる。こだわられているであろうコーヒーと、かなり種類の多い紅茶、そして色とりどりのフルーツジュースが並んでいた。
「あのっ、ジュース、見ても良いですか? あまりこの種類は見たことがなくて……!」
アイビーは思わずそわそわと足を進めた。森で採れる果物は決まっていたし、近くの村や普段食堂に置いてあるジュースもやっぱり森で採れるものが多かった。けれどここには海側で育てる果物や、育てるのが難しい果物まである。
「ど、どれにしよう……! すごい、オレンジに白桃、パイナップルまで……? エイデン先輩は、どれがお好みですか?」
「これだけあると、確かに迷うね」
エイデンは頷きながらグラスを渡してくれた。
アイビーはうろうろとジュースの前を歩き回った。幸いにしてまだ大半の生徒たちは、ダンスをしているか、談笑しているか、あるいは料理を取っているかで、ドリンクコーナーは空いている。
「や、やっぱり桃が飲んでみたいような……でも、パイナップルはきっとここでしか……あぁっ、バナナ?」貴重な果物ばかりの中でも特に珍しいはずの、南国のお話に出てくる果物を見つけて、アイビーは思わず飛び跳ねそうになりながらエイデンのほうを向いた。
「あのっ、エイデン先輩、バナナが……!」その視界の端、エイデンが立っているその隣に、もはやまったく見知らぬ物を見つけた。「え? マンゴーって何ですか?」
エイデンはくすくすと笑ってマンゴーと書かれた黄色いジュースのピッチャーを持ち上げた。
「飲んでみる? 最近やっと温室栽培が安定して、流通できるようになったらしいよ。まあ、少しクセはあるけれど」
「う……じゃあ……少しだけ……」
エイデンが手を伸ばしてくれたので、躊躇いながらもグラスを預ける。そっと注がれる液体は少し、とろりとしているようで、期待と同時に不安が高まった。
グラスの三分の一程度で止められたジュースを持って、数歩先にあるスタンディングテーブルが並べられた飲食コーナーのほうに寄る。意を決して、ストローを吸う。
「……っ……?」
目を見開いて肩を跳ねさせたアイビーに、エイデンが心配そうな顔になる。
「ごめん、美味しくなかった?」
アイビーは慌てて首を横に振った。美味しいか美味しくないかで言えば、これは美味しい物なのだろうとわかる。でも、慣れるまでは少し時間が掛かる味だとも思う。すごく濃くて甘い。
「い、いえ、美味しいです、けど……こんな味がする果物があるなんて……スモモをエウリュ樹の蜜と林檎の果汁で煮て、すっごく暑い日に収穫した人参の葉を足した味……? それとも梨を蜂蜜とタイムとシナモンと牛乳で煮て……?」
まったく知らない味わいが落ち着かなくて、無謀にも近そうな味を考える。混乱しているアイビーに、エイデンはぱちぱちと目を瞬かせた。
「飲みにくかったら、他のジュースと混ぜてみてもいいと思うよ」
「えっ……?」
アイビーは目を見開いた。クセがあるとはいえ、単独で贅沢なジュースを、勝手に混ぜるなんて。しかしエイデンは簡単なことのように軽く首を傾げて言う。
「それこそパイナップルとか、桃とか? オレンジも合いそうだね」
「そんな……そんなことが、許されるんですね……! ドリンクバーってすごい……! あの、なにか作法はあるんですか? 組み合わせや割合の決まりはっ?」
思わず前のめりになって問うと、エイデンは困惑したように両手を広げた。
「ご、ごめん、そんなに深くは知らないんだ。普段はあまりジュースは飲まないし……でも、たぶんルールは何もないと思うよ。美味しければいいはず」
「そ、そうなんですね」
アイビーは我に返って頷いた。エイデンに引かれてしまった。速やかにドリンクバーに戻ることにする。
「ええと……パイナップルと、桃、と……?」
どれくらい注いで良いのかがわからない。少しさっぱりさせたいとは思うけれど、パイナップルも桃もジュースは飲んだことがない。でも桃のブラマンジェとパイナップル入りのクッキーなら、エミリーが選ぶカフェで食べたことがある。たぶん桃は葡萄や梨のように、パイナップルはオレンジのように使えばいいのだとは思う。でもそのジュースをマンゴーに足すと、果たしてどんな味になるのだろう。
どうしたら良いのかわからなくなって、エイデンを見上げる。
「じゃあ、僕が作ってみてもいい?」
「はい、ぜひ! お願いします!」
即座にグラスを渡した。エイデンは微笑んで頷きつつも「口に合わなかったらごめんね」と言ってパイナップルのピッチャーを掴んだ。少量注いで、それから桃のジュースは多めに入れて、少し迷ってからオレンジジュースを少しと、さらに林檎のジュースも足した。
「……たぶんこれで、多少すっきりするはず……あ、ミントは好き?」
頷くと、くるくると掻き回されて薄黄色になった上に、ちょこんとミントをあしらわれた。ジュースのそばになぜか置いてあったミントやラズベリーや輪切りレモンは、トッピング用だったらしい。
「これでどうかな?」
礼を言って受け取り、そっと口に含む。先ほどよりも甘みが穏やかになって酸味が増して、飲みやすくなっている。
「……美味しいです!」思わず叫んでから、ようやく自分ばかりが飲んでいたことに気づいた。「あの、エイデン先輩は何を飲まれますか?」
エイデンは、軽く首を傾げた。それから、にっこりとアイビーを見つめた。
「君が作ってみてくれないかな?」




