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37話:天才魔術師、旅立つ

「やれやれ、全く。結局自分のための復讐はしないで去るのかね、義兄どの?」


 国境付近で待っていたクライネが、空から降りてくる俺に向かって呆れたように言った。


「なんのことだ? 復讐すべきだと人を焚きつけたのはお前だろう、クライネ」

「だからこそだよ。侵攻しそうな国の近くで魔物被害を出して軍を誘き寄せ、国王の威信という国の屋台骨を抜いて、私たち元身内は望むなら独立も、国の中枢の乗っ取りもできるようにお膳立てされている」


 クライネの足元には一匹の黒猫が寄り添っている。

 屍霊王の指から作り出した使い魔で、国境で待機していたクライネに王都での様子を見せていた。


「買い被りだな。あの国王に長く苦労させてやろうと思っただけだ」

「そして、クルトとナイアを穢れなく昇天させるため、か? 誰一人殺さないことで、新たな怨恨を生まずに悪霊化していた者たちはすんなり浄霊されてくれたな」

「…………何処かの未熟者が無闇に殺して回ったから、そんなことしなくても復讐はできるもんだと示したんだよ」


 クライネを警戒気味に見ていたヘンゼルは、俺の言葉にむっとした。


「ふふ、初めまして、ヘンゼル、グレーテル。私はヴァッサーラント家当主のクライネ。そこのクヴェル=ヴァッサーラントの元義妹だ」

「お師匠さまの?」

「あぁ、この国にいる間はずいぶんと仲良くさせてもらったものだよ」

「旅行ついでに俺のいる所を宿代わりにしてただけだろ」

「義兄どのを抜きにしても、君たちとは少々縁があってね。クルト=クリーガーは、我が領民であった。不遇の死について、こちらも疑念を持っていたのに、もっと早く調べておくべきだった。我がほうの不手際について謝罪させてもらおう」


 頭を下げようとするクライネを、俺は額を押さえて止めた。


「義兄どの、もっと淑女に対して配慮すべきことがあるのではないかね?」

「いや、お前が動けなかったのは結局悪霊化して領内で暴れてたクルトのせいだろ? クライネが謝る必要はない」


 にっこりと作り笑いを浮かべたクライネは、俺の足を渾身の力で踏んだ。


「そこじゃないぞ、義兄どの」

「い…………ったぁー!」

「今のは師匠が悪いだろ」


 なんでだよ、ヘンゼル!


「さて、気回しの悪い義兄どのに代わって、一つ聞こうか、ヨハネス=クリーガー」


 ヘンゼルは本来の名前で呼ばれて、またクライネに警戒の目を向けた。


「魔女狩りの起きていなかった我が領地でなら君たち二人を匿うことができる。クリーガー家に身を寄せるつもりはないかね?」


 あ、そうか。

 ヴァッサーラント家の領内には、今もヘンゼルとグレーテルの祖父や伯父叔母が暮らしてる。両親を亡くした兄妹の身を寄せる先としては、血縁者が優先だろう。


「なんであんたが納得したような顔してんだ! 空の飛び方教えるって言ったじゃないか! 俺は師匠について行くからな! お父さんにも頼まれたんだ!」

「私も一緒がいいです! ゴーレム倒した魔法も、この鼠さんも、お父さんとお母さんの知り合いっていうあの戦士の方のことも、聞きたいことがいっぱいあるんです!」

「いや、だが…………」

「存外好かれているじゃないか、義兄どの。ならばこんな手はどうだ? 兄妹はクリーガー家に身を寄せ、義兄どのは私と縁を結んでヴァッサーラント家に入り、正式に我が家の一員になるのだ」


 作り笑い、なんだが…………なんか頬が赤くないか、クライネ?


「俺がお前の養子入りなんておかしな話だろ? 何考えてんだ、クライネ?」


 正直にわからないことを告げたら、何故かヘンゼルとグレーテルから背中を叩かれた。

 気を逸らした途端、クライネに至近距離から何かを投げられ、額に命中する。


「痛!? っくぅ…………なんだこれ? 指輪?」

「本当に貴兄の鈍さと物の数にも入らない己の不甲斐なさにいっそ笑えて来るな」


 笑いを耐えてるのか震えるクライネの声に顔を上げると、背を向けられていた。


「いつまでも名無しや追放者ヴァンデルでは通りが悪かろう。私の印章を持つ限りは、ヴァッサーラントを名乗ることを許可する」

「あぁ、六弁の花に水門。これがお前の印章か。ありがたく、この指輪は預かる」

「せいぜい、肌身離さずにいてくれよ、義兄どの」


 普段どおりかと思ったら、最後の言葉は何処か弱々しい声だった。

 体調が悪いのか? 俺が戻ってから忙しかったし、疲れが溜まってるんだろうか?

 って考えてたら、なんかヘンゼルとグレーテルから冷たい目を向けられてる!?


「あんた、そりゃないだろ。助ける奴いなかったか聞いたら家族いないとか言ってたくせに。本当、そういうとこだよな」

「面倒臭がりもそこまで行ったら駄目だと思います、お師匠さま。そうしていったい今までどれだけの方を逃がしてきたんですか?」

「そうだそうだ。言ってやってくれ。その朴念仁は言わなきゃ気づかないが、言っても通じない。私はもう時間がないが、迷わずついて行くと言える君たちが羨ましい」


 本当に羨ましそうに笑って振り返るクライネ。

 俺が賜名を得る度に面白がって話を聞きたがっていたが、もしかして冒険に憧れていたんだろうか?

 二十代後半になった今、未婚の当主となれば、確かに冒険なんて危険な趣味をしている時間はないだろう。


「あれ? この花…………。兄さん、この花ってムーンドロップじゃない?」

「本当だ。お母さんの好きだった花だ。確か、結婚祝いに貰った刺繍で知ったって」

「あぁ、懐かしいな。ナイアたちが我が領を出たのは、ムーンドロップを見るためだった」

「その刺繍、たぶん結婚式の時にクライネがやったハンカチだろ?」

「「領主のお姫さま?」」

「おやおや、姫とは今さら恥ずかしいな。…………ふむ、義兄どのに言われて旅装は用意しておいたが、それとは別に選別をやろう。と言っても、持ち合わせているのはこんな物しかないが」


 クライネは月下で色を変える花を刺繍したハンカチをグレーテルに、同じ花を箔押しした剣帯をヘンゼルに渡す。


「これで、義兄どのとお揃いだ。いつでも我が家を頼ってくれ。そこの気の利かない義兄どのは、こちらが見つけなければ今回も我が家を無視しようとしたからな」

「根に持つなよ…………」

「持つ。一生持ってやる、と言いたいところだが、この使い魔を貸したままにしてくれるなら忘れてやるのも吝かではないぞ?」

「おい、それも屍霊王だぞ?」

「だから貸してくれてと言っているんだ。賢く気が利き、力も強い。使い魔がこうも使い勝手の良いものだとは知らなかった。私が自分の使い魔を育てる間いてくれると助かる」


 クライネの腕に大人しく抱き上げられる黒猫に、鼠が鼻高々だ。


「気を割かなきゃいけないから、実際に自分でやるとそこまで勝手のいいもんじゃないぞ? それに、その使い魔は素材が無駄に魔力溜めてるから強いだけだ」

「一人を好む義兄どのらしいが、屍霊王も否やはなかろう?」

「こいつはフリフリビラビラの頭に帰りたくないだけだろ」

『ふ、元よりあの聖女が代替わりするまでは大人しくしているつもりだったのだ。今さら貴様の余生につき合うくらい、わしにとっては短きことよ』


 まぁ、本体がこう言ってるならいいか。

 ちょうど今、他の使い魔持ってる奴ら、周りに余計な人間いないみたいだし。


「この使い魔まだ残しておくから、使いたいなら使ってろ。今触ってる奴を仮の主にした」


 黒猫の口から俺の声がする。他の使い魔からも同じように声が出ているだろう。

 王宮観察の蜥蜴と、ゴーレムから逃げ出した魔法使い捕縛用の鳥は、刺客兄弟が保持していて、俺の言葉に感謝を告げてる。こいつらも使い勝手良かったみたいだ。

 各国代表の護衛につけていた狐の使い魔は、何故かダルフに捕まっていてしょんぼりしてる。ダルフは犬代わりにしようとか言ってるな。頑張れ、狐。


「さて、それでは義兄どの。弟子が手を離れ、旅に飽いたら我が家へ戻って来い。その時にはお抱え魔術師として雇ってやろう。私の子にも魔法を教えてやってくれ」

「まず結婚してから言えよ」


 って言ったら、ヘンゼルとグレーテルも加わって、三方から蹴られ叩かれた。


「使い魔を通して報告してやろう。私の結婚祝いは奮発してくれるのだろうな!?」

「おう。だったらドワーフの国で魔石仕入れて、エルフの里で最高の加工をしてもらうさ」

「はは! 本当に人の気も知らないで!」


 えー? 考えつく限りの祝いのつもりで言ったのに、なんで睨まれるんだよ?


「お師匠さまには、一度昔のことを一からお聞きしたほうがいいみたいよ、兄さん」

「いっそ触らないほうがいいんじゃないか、これ?」

「そうだな。義兄どのに聞くならば、その手に賜った名の由来を聞くほうが面白いぞ。世に流布される英雄譚の裏側を知れる。たまにとんでもない事実も知ることになるがな」


 そんな見送りの言葉で、俺たちはクライネと別れて国境の川を越えた。

 そして賜名とは何かからヘンゼルとグレーテルに話し、賜名の光貴を見せる。


「竜王からの賜名は、『妖精の友フェーアミ』なんですね? 竜って妖精と何か関わりがあるんですか? お母さんも妖精が見えてんでしょうか、お師匠さま?」

「それより、今どこに向かって歩いてるんだよ? こんなにゆっくりしてていいのか?」

「特に決めてないからゆっくりしてるんだが。行きたいところはあるか? グレーテルの言った竜王なんかは、向こうに見える山に住んでるぞ」


 当時の養子先がこの国の貴族と婚姻関係を結んでた縁で、こっちの国の問題解決に俺は駆り出されたんだよな。


「妖精もいるが、この国は竜と縄張り争いしてた歴史があってな。竜に認められるとその背に乗って竜騎士になれるんだ。今じゃこの国特有の常設の兵科になってるが、まだ竜騎士になる奴は竜王と力試ししてるのか?」

「賜名があるってことは、師匠も力試ししたのか?」

「いや。若い竜が畑を荒らすっていうんで駆除に参加してな。そしたら兄貴分の竜が出て来て、さらにその親、上司、顔役とどんどん竜が出てきやがった」


 一緒に竜退治した騎士は泣きそうになってたな。

 俺としては珍しく魔法を思う存分放てる相手で楽しかった思い出だ。


「で、最後に竜王が出て来て」

「お師匠さま? 畑を荒らす若い竜の駆除から、どうしてそうなるんですか?」

「俺が聞きたい。ともかく竜王が出張って来てな。倒さないでくれと同行してた騎士が頼むから、魔法で逃げて引きずり回して、体力削ったところを毒餌で釣って、落とし穴に落として、羽根をトリモチスライムでべったべたに固めて逃げられないようにして」

「話がおかしい!」


 なんかヘンゼルに叫ばれた。

 おかしいって言われても、実際にあったことだしな。


「身動き取れないくせに負けを認めないし、騎士までこれは戦いじゃないとか、他の竜が集まって俺を攻撃しようとしやがって。しょうがないから、竜王と同じような目に遭っても文句言わないならかかって来いって言ったんだよ」


 そしたら竜王の奴、血涙流したんだよなぁ。


「『我が同胞にこれほどの屈辱を味わわせるなど、敗戦の将となるより耐えられぬ』って言って、ようやく負けを認めた」

「…………師匠? どうしてそれで、『妖精の友』なんて賜名を得ることになったんだ?」

「竜にとって妖精みたいって言うのは、刹那的な享楽に走って失敗するアンポンタンって意味なんだよ。で、友は同類。だから『妖精の友』って賜名は関わるだけ馬鹿を見るって意味の嫌がらせだ」

「お師匠さまって、優しいんですけど、その、気遣い方が間違ってますよね」


 そうなのか?


「そう言えばなんでか、一緒に居た騎士のほうが竜王に気に入られて、竜騎士になってたな。竜の誇りを理解してるとかなんとか言われて」

「あんた、そんな国に恥ずかしげもなく入国してるなよ」

「恥ずかしがる必要があるか? あ、竜見に行くか? この辺りでしか見られないぞ」

「嘘だろ!? 今の話の流れでどうしてそういうことになるんだ!」

「なんだよ、ヘンゼル? 竜の住処の近くなら、炎の魔法と相性のいい竜の鱗や爪が拾えるから、お前の魔法を補助する道具作りに使うかと思ったのに」

「よし、行こう」

「兄さん!」


 今度はグレーテルが騒ぎ出した。

 竜でかいし怖いのか? 俺の賜名、竜に見せたら泡食って逃げるから平気だぞ。


「グレーテルは妖精に興味があるんじゃないのか? 竜の住処の麓にある森は妖精の迷いの森だ。満月の夜には妖精の舞踏が見れるぞ」

「それは…………見たい、です…………」


 よし、行く先は決まったな。

 妖精の悪戯は地味に困るし腹立たしいが、あそこの妖精も一回〆たことがあるから大丈夫だろう。


『…………わしが言うのもなんだが、お主、引き篭もっておったほうが世の中平穏に暮らせた者は多かったろうな』


 勝手について来た屍霊王が、鼠の姿でそんなことを呟く。

 俺としては平穏無事に、ヘンゼルとグレーテルと旅をするつもりなんだがな。


 この先何が起こるかはわからないが、それでも俺は、二度と独りで引き篭もることはしないだろう。

 今はただ、振り返らずに先を見据えた。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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