36話:師匠、謝罪を要求する
ダルフに雷の魔法を放とうとしたら、グレーテルに袖を引かれた。
見ると目が期待に輝いている。
「お師匠さま、この国の国王には、何かないんですか?」
「現状、他国の目の前で顔に泥塗りつけられた上に、家の壁に大穴開けられたような情けない状況なんだがな」
金と体面で生きてる権力者にとっては致命的だ。
ちょっと危機管理できる頭があったら、国の権威も武力も今後の収支のバランスも崩れたこんな不良債権、捨てると思う。
が、大人の事情なんて子供には納得できないようだ。
「それだけじゃ、なんかすっきりしねぇ。師匠を陥れた奴は結局国王のまま踏ん反り返ってんだろ? …………いっそ、王宮の屋根くらい吹き飛ばさないか?」
なんかヘンゼルがダルフと同じようなこと言ってる。
こいつ、将来脳筋になる素養でもあるのか? 父親の血か?
「今の国王は、とことん自尊心が強くて、強すぎるくらいだから、すでに王宮で憤死しそうなほど怒り狂ってるんだがな。…………さっきから獣のような声あげてうるさいくらいだ」
って言った途端、国王が黙った。
ようやく鑑賞してるのが自分だけじゃないと気づいたみたいだ。
俺でなくても同じ部屋に戦場までは出てこない各国代表もいるっていうのに、恥さらしにもほどがあるだろ。
『どうやってあいつはこちらの動きを見ているのだ!?』
『先日の謁見の折に、魔術触媒を仕込まれたかと…………』
俺の目の触媒になってる物を捜し始めたけど、残念。
刺客兄弟の一人が連れてる蜥蜴だ。お高そうな装飾品疑って壊すだけ金の無駄だぜ?
「お前が王宮に攻撃した時の声は笑えたぞ、ヘンゼル」
「俺は聞いてないから笑えない」
「お師匠さま、私にも聞かせてくれませんか?」
グレーテルが俺にお願いすると、屍霊王が長いひげを上下させて後ろ足で立ち上がる。
『ふむ、ではわしが手伝ってやろう。この手を取れ』
鼠が勝手なことし始めた。グレーテルも鼠の前足なんて握るな。
言わんこっちゃない。グレーテルは耳を覆って顔を顰める羽目になった。
俺の目になってる触媒が見つからない上に、間抜けな声を聞かれてたと知って、国王が怒り狂ってるんだ。
「な? 恥も外聞もなく狂ったように騒いでるだろ?」
「こんな癇癪を起す人が王さまなんですか?」
「世襲制のどうしようもないところだな。王子の時点で馬鹿だってわかってたのに、王冠乗せられるのが一人しかいなかったんだ。まだ未婚だと聞くし、この先この国王は嫁探しにも苦労するだろうな」
本当のこと言ったらまた騒ぎ出した。
いつの間にか鼠の前足、ヘンゼルも握って顔顰めてる。
お前は得意げな顔して俺を見るな、屍霊王。
「師匠ははめられた時点で、こいつに一発かましてたら良かったんじゃないか?」
今度はゴライトーア伯みたいなこと言い出した。
クルトは猪突猛進なところはあったが攻撃的じゃなかったし、いったい誰の影響だ?
「ヘンゼルお前、なんでも暴力で解決しようと思うなよ?」
師匠の心からの心配に、何言ってんだみたいな顔するなよ。
「まぁ、なんだ。これからこの国王は、国王であり続けるために他人に頭下げて回らなきゃいけなくなる。国王になって好き勝手やって、他人に指図されるのを嫌いまくってた奴が、心底嫌なことをしなきゃいけなくなるんだ。殴るより長期的に嫌な思いをさせられると思っておけ」
って言ったら、国王はそんなこと誰がするか! って怒鳴ってる。
俺の言ったことが本当になるとわかってる奴らは、脂汗流してこの先の苦労と逃亡後の没落を天秤にかけてるっぽいな。
おいおい、宰相が滅茶苦茶目を泳がせてるぞ。
まぁ、その場にいる公爵が目を光らせてるから無責任に逃がすことはないと思っておこう。宰相とかの国王周辺に責任取らせないと、血縁ってだけで公爵が泥被るんだし。
さて、片目を瞑って王宮の様子を窺った感じ、もっとはっきり言わないとこの馬鹿はわからないことはわかった。
「宮廷魔術師を急かすにしても、まだ復旧のめどは立ってない。軍も傾いている状況は周辺国に知られてしまっているから、侵攻の危険が高い」
『そこにいる軍が全てだと思うな、愚民が! 地方に回っている軍を全て招集すれば、そこにいる倍以上になるわ!』
「それは悪手だな。せっかく国境近くにいる奴らをこっちに戻してどうするんだよ。それこそ侵略してくれと言ってるようなもんだ」
教えてやったら、罵詈雑言で返された。
なんでお前まで俺のこと陰気なんて罵るんだよ。
この服のせいか? 屍霊王のセンスが悪いのか?
「国を滅ぼされて国王の座を追われたくなければ、不仲の貴族たちに頭を下げて協力を取り付けるんだな。どころか、今国内で反感を持ってる貴族たちを纏めなければ、内側から国を乗っ取られかねないってことを少しは計算しろ」
言って聞かせると、国王はようやく自分の窮状を理解したようだ。
が、これで黙るほど可愛い性格でもなかった。
頭下げればヴァッサーラントお抱えの屍霊術師が、そのこびりついた悪霊祓うくらいしてくれるかもしれないのにな。
『す、全て貴様のせいではないか、この下郎! 貴様が、貴様がちゃんとあの魔女を退治しなかったから、その不手際で不名誉を負ったと逆恨みしてこんな…………! せ、責任を持って貴様がこの事態を解決すべきだ!』
あー、そういう風に思ってたのか。
公爵のほうを見ると渋い顔してるけど驚きはない。
国王がこんな風に逆恨みしてるってとこは、周知だったわけだ。
そして使い魔越しでも見えるんだが、荒ぶる国王の生気を吸って悪霊と化したその魔女とやらも荒ぶってるぞ。少しは落ち着け。
「魅了の令嬢に騙された自分は被害者で、俺はその令嬢を止められなかった無能で、復讐は逆恨みと。なるほど…………自分が悪くないと言いたいためだけに、そんな屁理屈を捻り出せるのは、一つの才能かもしれないな」
『なんだと!? 我を愚弄するな!』
するわ。
無茶苦茶言ってるのヘンゼルとグレーテルでもわかってるぞ。
いっそ何言ってるのかわからなくて戸惑った表情浮かべてるぞ。
こいつ、教育に悪いな。
馬鹿すぎて腹も立ってきたし、一回叱っておこう。
「国を宰領する王を名乗るなら、全て許されるなどと驕るな。国と共に全ての罪を負う覚悟を持て」
思ったより引く声が出た。ってか、殺気籠っちまった。
国王のみならず俺の声を聞いた者全てが緊張して身を震わせる。腹立って声に魔力乗せちまったのか。これ威圧の状態異常かかってるな。ま、いいか。死にはしない。
『は、はは、反逆者が王を語るとは不遜の極みだ!』
面罵するに等しい俺の言葉に、つっかえながら言い返す国王の必死さは滑稽だ。
ただ内容は予想どおりで面白みがないな。
「俺と敵対した王の名を冠する者たちは、最低限身の処し方を知っていたぞ」
鼠がビクッとした。まぁ、こいつは自分の首より領地や配下の存続を願って再起を計ってたからな。王らしいと言えば王らしい判断だ。
一時の敗北で屈するほど生易しい精神もしてない。
国王は身の処し方という言葉に、命の危険を感じたのか自分の首を押さえて臣下を見回した。
別に国王の首差し出されても、俺困るだけだからな?
「余計なものはいらない。すでに俺の立場は伝えたはずだ。例えあなたが王でも乞食でも、過去の事実がある限り言う内容に変わりはないと」
『わ、我に謝罪をしろと言うのか! 一介の魔術師風情が!?』
そこまで嫌がることか?
まぁ、自尊心が高すぎて自縄自縛してんだから、血を吐いても嫌がるよなぁ。
こっちもそうじゃなきゃ嫌がらせとして提示する条件にならないわけだけど。
「あぁ、そうだ。今度はもう呼び出すなんて誠意のない真似するなよ。本当に助けを求めたいと言うなら、まずは俺の目の前に来て謝れ。話はそれからだ」
はっきり言葉にしてやると、国王は絶句した。
俺に謝罪することさえ肥大した自尊心が許さないのに、さらに謝ったとなれば俺に頭を下げて助けを請う形になったんだ。
ハードルを上げられたことには気づいたらしい。
すると俺の発言しか聞こえてないはずのダルフが、声を上げて笑った。
「つまり、俺が長年かけて見つけ出したお前を、今度は国王本人が捜し出して、頭下げて謝罪しろって? はっはー! そりゃ、一生かかっても無理だわ!」
いいきみだと言わんばかりに、ダルフは俺に親指を立ててみせる。
「ま、そういうことだ。せいぜい自分の不徳のつけを噛み締めろ」
俺はそう告げて、使い魔との感覚共有を切った。
同時に風の魔法を使って宙に浮く。魔法を使えない状態にしているヘンゼルとグレーテルは、別口で結界に囲って浮かせた。
「師匠! こんな魔法教えてくれなかったじゃないか!」
「危なくてまだ教えてなかっただけだよ」
「すごいです、お師匠さま! 飛んでます!」
「スカートちゃんと押さえとけよ」
ヘンゼルとグレーテルに答えて、俺はダルフたちに別れの言葉を告げるため片手を上げた。
「またな」
「そう言うなら、会いに来い。薄情者」
何故かダルフの暴言に顔見知りたちが頷いて手を挙げる。
言い返したい気持ちもあるけど、今は気分がいいから呪ったりしないでおいてやろう。
俺はようやく取り戻した弟子を連れて、空へと飛び上がった。
「お師匠さま、何処に行くんですか?」
「まずは国を出るために国境だな」
「なぁ、俺にも空の飛び方教えろよ」
「あぁ、いいぞ。ただ、焦って高く飛びすぎるなよ。低い位置で練習してから徐々に高くして行け」
グレーテルは流れて行く下の景色を見て何かに気づいた様子を見せた。
「泉の家には戻らないのですか?」
「一カ所に留まって教えても、実戦だとあんまり役に立たないのがお前たち見ててわかったからな。何処かに就職するならそれで良かったんだが」
「あんたが相手じゃなきゃ、それなりにやれてたんだ」
「鎧で強化してたと言っても、魔法使えないクルトにも苦戦してただろ。あれじゃ、その内やられてた。旅の仕方や、戦い方を、実践で教えてやるよ」
グレーテルは素直に笑顔を見せて、ヘンゼルは怒ったように口を曲げた。
「じゃあ、私たちまだ、お師匠さまと一緒に居ていいんですね?」
「教えると言ったからには、途中で投げ出す真似するなよ?」
「はいはい、居ていいし投げ出さねぇよ。ったく、物好きだなお前ら」
俺の視界の端で、ヘンゼルとグレーテルはよく似た笑顔を浮かべて笑い合う。
指摘していいものか考えていたら、行く手の大地に一人立ち尽くす姿を見つけた。俺は着地のために魔法を操る。
気づいたヘンゼルとグレーテルは、見知らぬ相手に俺の後ろに隠れるようにして地面に降り立った。
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