34話:師匠、見届ける
「尻尾を巻いて国を出るしかなかった平民が、舐めるな!」
自棄になったのか、魔術師長は抗魔の指輪を構えた。
応じて、宮廷魔術師たちも俺に抗魔の指輪を向ける。いや、狙いが上にずれてる?
ヘンゼルとグレーテルを狙った攻撃に、俺はすぐ隣にいたダルフの足元を魔法で隆起させた。
「何!? 狙いが!」
ヘンゼルとグレーテルの前に立ち塞がったダルフが抗魔の指輪に囚われることになった。
「きちんと標的を囲んで狙いを定めなければ、こうして標的を別に奪われる。そんな扱いやすいだけの半端な道具にいつまで頼ってるんですか?」
「おーい、クヴェル。俺どうすればいいんだ?」
「お前は元から魔法使いじゃないから、影響ないだろ。適当に割っとけ」
俺の指示に、ダルフは迷うことなく戦斧を振りかざす。
十人以上が放った抗魔の指輪の結界はほぼ円形で相応な強固さを持っているはずだが、一流の戦士が持つ伝説級の武器の一撃を防げるようには想定してない。
「お、案外簡単にいけた」
「魔法使い相手を想定して作ったんだ。お前みたいな馬鹿力に耐えられるようには作ってない」
とは言え、射程はまぁまぁあるし一々解除も面倒だ。俺は指を鳴らして製作者権限を発動し、抗魔の指輪の機能を停止した。
「一日で再起動するようにしておきましたから。ただ、いつまでも追い落とした相手の技術に頼るのはどうかと思いますよ?」
俺は目の前で面白いくらい顔色を変える魔術師長を眺めながら、耳は王宮に潜り込ませた使い魔と感覚共有をして、国王たちの取り乱した馬鹿騒ぎを聞いていた。
ヘンゼルが王宮攻撃した時の「うぼぉぁあああ!?」って叫びはちょっと笑いそうになった。
「あぁ、警告しておきますが、その鎧たちは害をなした者に攻撃しますんで、下手に触らないでくださいね」
取り乱した魔術師長に忠告すると、逃げようとしていた将軍がようやく命令を出した。
「ならばこんな鎧ただの木偶人形よ! 魔法使いなど貧弱な肉体を魔法で誤魔化しているにすぎない! あの反逆者を殺せー!」
勝てると思ってか、将軍のエマインは笑みを浮かべていた。
あ、ダルフが高い所に離れたのも一因か。シューランは魔術師長に近い所にいるから、押しつける気だな?
はぁ、聞いてはいたが、本当に小狡さだけで軍上層まで登ったんだな、こいつ。
『誰にでも平等に時は流れるものではない。陥れられた者はその尊厳の回復を求めて動けず、尊厳を奪った者はその非道を忘れて進んでいくものよ』
屍霊王がマントの下から出て、一点を見つめながら言った。
視線の先にいた鎧は、横を通り過ぎようとする一人の兵士に迷いなく剣を突き刺す。
「な…………、んで…………?」
「俺を殺したことを忘れたか?」
答えた鎧は顔の前立てを上げて、血色の悪い顔を晒す。すると、刺された兵士は恐怖に震えあがって、身も世もなく叫び出した。
そうしている間に、鎧たちは動きだし、己を害した者を見つけては攻撃を始める。
「ケリー!? なんでお前が!」
「バルバロ、お前は、確かに、殺した、はず…………」
「ぎゃー! こいつら死人だ!」
鎧の正体に気づいた兵士たちが、抵抗を始めて辺りは乱戦に陥る。
その混乱から逃げ出そうとしていた将軍を、棘の生えた鎧が片手で掴み俺の前に引き摺り出だした。
「呆れたものだな。お前が関わった戦場を回ったら、これだけの数の悪霊が発生していた。全員、お前の指揮下にあった兵士たちだ。こいつらが悪霊に成り下がるような死に方した理由は、わかっているよな?」
「し、知るか! 雑兵がどう死のうが、私に関係あるものか!」
苦し紛れに叫ぶ将軍のエマインの股の間に、棘つき鎧が大剣を突き立てた。
「貴様が忘れたところで、我らは忘れ得ぬ。戦士の誇りを踏み躙られ、生への望みを断ち切られたこの怨み、貴様の欲が招いた結果だ!」
「ひぃ!? し、知らぬと言っているだろう! 下賤の悪霊風情が、これでも食らえ!」
腹の底から震えるような怒声を受けて、将軍は聖印のついた小瓶を取り出した。
見るからに聖水だ。そしてそれを目の前の鎧に浴びせかける。
一瞬黒い靄が薄れるものの、それだけだった。
「な、なんで!? これは確かに王都の神官が祝福した聖水のはず!」
「悪霊のままじゃ斬り合いなんてできないから、屍霊王の所から屍霊術に使える鎧拝借して来たんだ。聖女本人が乗り込まなきゃどうにもならなかった屍霊王の力が染みた鎧を、そこら辺の教会で手に入る聖水如きでどうにかなるわけないだろ」
鎧が屍霊術と察して他にも聖水を用意していた兵士や魔術師はいたようだが、俺の言葉を聞いて絶望的な表情を浮かべた。
そっちは放っておいて、俺は尻もちを突いたまま震える将軍を見下ろす。
「スライグ=エマイン。本当にこの戦士に見覚えはないか? 自前の大剣を担いで志願兵となり、若い徴募兵を纏めて戦った栗色の髪の戦士だ。お前の戦功で最も誇れる異民族一の戦士を倒したというその功を、実際に成した相手を、忘れたのか?」
俺の言葉で、エマインは目の前の鎧を指差して叫んだ。
「お前、お前! クルト=クリーガー!?」
「別に、思い出してもらわなくても良かったんですがね、魔法使いどの?」
言って、棘つき鎧のクルトは鎧の面を上げた。
クルトは俺の後ろに目を向け、眩しそうに細める。
俺も肩越しに後ろを見ると、ヘンゼルとグレーテルはゴーレムの残骸に膝を突いていた。
「「お父さん!」」
「なんだと!?」
目を剥いたエマインは、今さらになってヘンゼルとグレーテルの身元を知ったようだ。
その上で、自らが復讐対象として狙われる立場であることもようやく理解したらしい。
顔つきが変わったと思った瞬間、エマインは剣を抜いてクルトに挑みかかった。
「貴様などただの踏み台! 大人しく死んでおけば良かったものを!」
「脱走兵などと汚名を着せられて、どうして死の安らぎに身を任せられようか!」
大剣を地面に刺したまま、腰の剣を抜いて応戦するクルトは、首を横に向けて一人の政務官を見た。
「貴様も逃がさんぞ! 残党捜索の命令書を作ったのは知っている!」
「つまり、あの政務官が命令書偽装したか破棄して、クルトたちを脱走兵に仕立て上げたわけか。…………ダルフ」
「おうよ」
上から傍観していたダルフは、乱戦の中に飛び込むと、逃げようと慌てふためく政務官を片手で捕まえる。
「な、何をなさる!? あ、あなたもあの反逆者に手を貸すのですか!」
「うーん、この際クヴェルがどうこうより、クルトの関係者って言ったほうがいいか? 俺とクヴェルはな、あのクルトの結婚立会人だったわけだ。それが久しぶりに戻ったら、奴が脱走兵の汚名着せられて悪霊化してるなんて状態だったんだよ」
クルトを脱走兵として始末したやり口が手慣れてると言い出したのは、ダルフだった。
だから俺とは別口に、クライネと戦場跡を調べてもらったんだ。ヴァッサーラントお抱えの屍霊術師使って、事情を聞くと共に鎧に霊を定着させて回った結果がこの鎧たちだ。
「弟子回収するくらいしかやる気のなかったあいつを、ここまで引っ張り出せたのは、お前らのお蔭って言ってもいいかも、な」
ダルフは適当なことを言って、政務官をクルトの前に放り投げた。
「お、お助け! エマインどの、私は、あ、あなたの命令で!」
「えぇい、放せ! 賄賂を受け取った時点で、貴様も同罪だ!」
「そのとおりだな」
醜い争いに顔を顰めて、クルトは剣を振るった。
怨みと共に力任せの剣を背中に叩きつけられ、政務官は骨が折れたか動かなくなる。
続く攻撃を受けようと動いたまでは良かったが、エマインは屍霊術で強化されたクルトの一撃を耐えきれず、吹っ飛んで転がった。
「虚しい…………。すみません、魔法使いどの、戦士どの。ここまでしていただいたのに」
起き上がりもしない仇を見下ろして、クルトは困ったように言った。
「ま、こんなのにまんまと騙されて殺された無念、そう簡単に晴れないわな」
「それに、お前の本当の未練はこいつらじゃないだろ? こんなの、お前に染みついた他の奴らの怨念晴らすための前段階だ」
俺はヘンゼルとグレーテルを振り返って、一つ手を打った。
ちょっと組むのに時間はかかったが、魔力を精神体に注ぐための魔法陣がヘンゼルとグレーテルの背後で起動する。
『あぁ、嬉しい。やっぱりあなたに託して正解だった。クヴェル=ヴァッサーラント』
ヘンゼルとグレーテルの背後に、ブルネットの髪と青い瞳の女が半透明の姿で現われる。
「俺に預けるっていうなら、最初から二人について来てれば話は早かっただろう、ナイア」
『死んだ場所から動けなくなってしまっていたの。この子たちが村に戻ってきてくれたから、こうして憑いて回ることはできたのだけれど』
「ナイア…………、愛しい人」
クルトの霊が、棘つき鎧を離れてナイアの下へ浮き上がる。
戸惑うヘンゼルとグレーテルを抱え込むように、クルトとナイアは抱き合った。
「必ず帰るという約束を、守れなかった…………」
『いいえ。こうして迎えに来てくれたんだもの』
「お父さん?」
「お母さん?」
『愛しい子供たち。あなたたちの行く末が心配だったけれど、もう大丈夫ね』
「こんなに大きくなって…………。強く育ってくれて、良かった」
ヘンゼルは触れないクルトを見上げて、何度か口を開閉するが、言葉が出ないようだ。
対してクルトは足止めついでに戦い方をそれとなく教えていた。満足そうに笑ってやがる。
兄にしがみついて泣いてるグレーテルを、ナイアは透けた手で撫でていた。顔を上げたグレーテルに、ナイアは俺を指してみせる。
『私はクルトと一緒に逝くわ。クヴェル=ヴァッサーラントは精霊王から『転変』の名を賜ったほどの魔法使い。きっと、あなたたちの涙も、大きく変えてくれる』
「あぁ、魔法使いどのに必ず恩は返すと言ったことさえ、俺は果たせていなかったな」
ナイアはなんか丸投げしてくるし、クルトは今さら何嘆いてんだよ。気にするな。
「だから、頼んでいいか?」
クルトの頼みに、言葉の出なかったヘンゼルが大きく頷く。
子供たちを暖かく見つめた後、クルトとナイアは俺に頭を下げた。
「…………シューラン、やれ」
「はい、ご主人さま」
俺の合図でシューランはクルトを浄霊する。合わせてナイアも泉に帰らず共に天へと昇り始めた。
そして、クルトを基点に一定の理性を保持させていた鎧の悪霊たちも、つられるように浄霊される。
残ったのは、動かぬ鎧と生きている者だけ。
俺は改めてヘンゼルとグレーテルに言った。
「お前らが復讐なんて、まだ早いって言っただろ。さっさとそこから降りて来い」
自分でも驚くくらい優しい声が出たのは、なんでだろうな?
俺はちょっと自嘲して、二人に手を差し伸べた。
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