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 第十四話 殺して……しまった



 集中治療室を出ると、俺と嫁は家族控え室にいた。

 手術室からは目と鼻先にある場所だ。しかし俺や嫁にとって全く意味がない。

 そう全く……。

 そこで肩を項垂れるいる。

 帰るつもりはない、真奈美を家に連れて帰らないといけない。

 そして、病院も返す気がない。


 書類を書かないといけないからだ。

 誓約書みたいな書類が、幾つもあったようだ。

 事務手続きをしたいのだ。

 一人の医者が入って来て頭を下げ、いろいろと何かを言っている。

 コイツ、バカか?

 

 「いい加減にしてよ!」


 嫁がキレ、俺が睨み付ける。

 医者は、「スミマセン、後から来ます」と事務的にほざくと、そそくさと部屋を出た。

 しばらく、無言の時間が続く。

 重い空気に俺と嫁は、お互いを牽制をしていた。

 何かを言葉にしたい。

 しかし出来ない。

 お互いが、どうしていいかわからないのだろう。

 しかしこのままではいけない。

 俺は、口を開く。


 「すまん、俺の力不足だ」


 そう、力不足だった。

 俺に出来ることは限られていたとして、それを出来なかったのは、俺の失態である。

 頭を下げた。


 「パパ……」


 嫁がポツリと口にする。

 俺は、見る。

 そこには泣いている嫁の顔があり、本当に申し訳なくなった。

 

 「パパ、辛いね」


 そんな俺に、嫁が笑ってくれた。

 とても痛々しいく、見ていられない。

 言葉がない。


 「スミマセン」


 ノックと同時に、一人の看護師が顔を見せる。

 いきなりで、本来は怒るところだが、今はそんな気力はない。

 

 「お子様お二人がインフォメーションで待っています。お願いですから、どちらか一人迎えに行ってください」


 少し早口で、看護師が要件を言った。

 俺と嫁は思い出したと、驚く。

 耕助と香奈美が着いたんだ。

 

 「わかりました、パパ、私行きます」


 嫁が涙を拭き、控え室を後にする。

 俺は無言でそれを見ていた。

 


 嫁が控え室出て数分間、俺はため息を何回もついた。

 情けない……でも仕方ない、だけど……畜生!

 複雑な心に、なんだか疲れてきた。

 ふと顔を上げ、控え室を見渡す。

 無機質な空気に、吐き気がして控え室を出ていく。

 控え室の近くに手術室があり、そこに今……真奈美はいる。

 助からない、殺されるだけの場所にいる。

 俺はふらふらしながら、エレベーターに乗った。

 控え室の近くで見張り役の看護師一人が付いてくるように、エレベーターに乗る。


 「俺は逃げも隠れもせんわあ!」


 大きな声を出した。

 看護師が驚き、エレベーターを降りる。

 クソ! そんなに俺が、信用出来ないのか!

 ……クソ!


 

 俺は真奈美がいた病室にいる。

 相変わらず広い。そして今、さらに広い。

 理由は、ベッドがない。

 真奈美は今、死ぬためにいない。

 そう、死ぬためにだ。

 

 何故?


 それは無機質な空間が教えてくれる。

 ここにはもう一つのベッドがあった。

 

 魔王だ。

 

 魔王のベッドが、あった。

 しかしそのベッド、今はない。

 奪うから。

 生きるために、奪うから。

 真奈美の命を奪うから。

 

 では俺は真奈美の命を、「好きにしろ」なんて言葉を吐いた? 医者のことなんてどうでもいい。言い切れる、彼奴らのために「好きにしろ」と吐いたんじゃない。


 何故?


 それは……魔王の瞳が綺麗だったから。良い少年だったから。自分と向き合い、闘い、必死に生きようと藻掻もがく姿が目に浮かんだから。


 結論。

 魔王なんて……いない。

 俺が見たのは病気と向き合い、必死に生きようと頑張る少年、輝クンを知っていたから。

 だから真奈美を……。


 キリキリ、キリキリ、キリキリ!


 いきなりスマホがなる。

 電話だった。

 相手を見ると、嫁からだ。

 俺は通話承諾のボタンを押し、耳に当てる。

 

 「パパ、どこにいるの! 早くきて!」


 悲鳴にも聞こえる声を、嫁が上げていた。

 それは悲痛な叫びで、何かがあったことを俺は知る。

 

 「すまない、今、戻る」


 そう言い、スマホを切ると急いで控え室に戻る。

 


 階段で俺は控え室に向かい降りている。

 エレベーターでは待ち時間や相乗りになることで、時間がかかると思ったからだ。

 体を動かした方が早い。それを実行していた。

 息を切らしながら、三階に降りる。

 そして控え室に戻る。

 なんだか手術室前が騒々しい。だが、俺には関係ない。

 

 「スマン、少し考え事していた」


 嫁に謝る。

 そこには耕助、香奈美がいた。

 そして嫁がいる。

 

 「パパ……真奈美、報われない!」


 嫁がいきなり、言葉を荒げた。

 

 「報われない? 何故だ」

 「相手の男の子、真奈美の心臓を受付ないんだって!」


 嫁の言葉に、俺は意味が……わからない。

 受付ない? 


 「手術室前が、慌ただしかったから一人の看護師に聞いたの。真奈美の母と叫きながら……そしたら……『男の子が意識不明になった。心臓を拒絶している様です』なんて、言ってたの!」


 嫁が声を振り絞る。

 耕助、香奈美も泣いていた。

 信じられない。

 

 俺は控え室を出ると、家族面談室に行く。

 そこにあるモニターから、輝クンの手術を見た。

 すると……おびただしい人間がいて、一人一人の様子が可笑しい。

 動き回る奴、励ましのような声を上げる奴、そして輝クンの両親らしき姿。

 

 異常事態……だった。


 家族面談室のドアが開き、嫁、耕助、香奈美が入って来た。

 みんなもそれを見る。

 

 「これって!」


 嫁がモニターの様子に、絶句した。

 声を抑え、ただ見ている。

 これが……これが結末なのか?

 これが……これが……これが!





 魔王の答えなのか!




 真奈美の命を奪い、心臓を我が物にした魔王が、「気に入らない」そんな感じで我が儘を言うのか! 何が不満なんだ。お前の瞳の輝きは……生きるための未来への希望だろ!

 俺は家族面談室を出る。


 そして一直線に、手術室へ入って行く。

 

 無我夢中で走り、輝クンの手術室を探す。

 一番激しい出入りの場所を見つける。

 そこに向かい、俺は走った。

 手術室へ入ると、みんなが俺を見る。

 

 「なっ! なんですか! お父さん! 真奈美チャンはもう……」


 医者が大きな声を出す。

 そしてイケメン、その嫁さんが俺を見た。

 みんなが、俺を排除しようとする。

 しかし俺は、構わず大きな叫び声をあげた。


 「輝クン……生きろー!」


 腹の底から俺の魂を振り絞った声に、周りの時間が止まった。すべてが動かなくなり、視線が俺に集まっている。

 


 ピー……ピッピッピッピッ!


 「波形が戻りました。数値が戻っていきます! いけます、いけます!」


 看護師が声を上げる。

 輝クンが、俺の魂を受け入れてくれた……のだろうか?

 叫びを、受け入れてくれたのか?

 俺は項垂れながら、手術室を後にした。



 家族面談室に行くと、嫁、耕助、香奈美がいる。

 すると、嫁が涙を拭いて笑ってくれた。

 

 「お疲れ様、パパ。真奈美の意思をあの子に伝えに行ったんでしょ?」


 真奈美の意思……俺に真奈美の考えはわからない。

 だが二つ、わかることがある。

 

 一つは輝クンが、闘いの舞台に戻った。

 手術室で彼は再び、自分と闘う。


 もう一つは……。

 俺は嫁に頭を下げた。

 

 「スマン、俺は、俺は言ってしまった。『輝クン、生きろ!』と言ってしまった。輝クンが生きることは、真奈美を……真奈美を殺すこと。それを、した。俺は……真奈美を殺してしまった」


 振り絞るように、嫁に詫びた。

 結末は「死」しかない。

 しかし俺は、それに逃げた。

 その結果、俺は「生きろ!」と叫び、真奈美を殺した。

 もっと違った形で、真奈美に向き合えたはず。

 何かあったはず……。

 嫁は違う! と励ましてくれた。

 俺の目を見て、最高のパパと言ってもくれた。

 しかし……。



 俺は心に、シコリを作ってしまった。

 後悔と言うシコリを……。

 



 最終話 風



 あれから、二年の月日が流れた。

 今も当時を思い出して、しまう。

 輝クンの手術が成功し、真奈美が死んだ。

 真奈美を冷たい場所でその姿を見届け、家族か泣きながら家に連れて帰った。

 葬儀は悲しく、辛い。

 どんな葬儀もそうだが、真奈美の葬儀はとても悲しく、辛かった。

 手術室のことも、然り。

 しかし時間は動いている。

 だから忘れないといけない。

 忘れなければ、後ろを見てはいけない。

 しかし今の俺は……後悔が大きくなる一方だった。

 


 今、俺は家族と墓にいる。

 真奈美の命日だった。

 俺は手を合わせる。

 あまり長居はしないつもりだ。

 何故なら、当時を引きずるから。

 引きずり、後悔と言うシコリが成長しかねない。


 「そろそろ帰りましょう」


 嫁が声を出した。

 俺は耕助と香奈美を見た。

 耕助はデカくなり、来年中学生になる。

 相変わらずのバカな顔で、俺の呪いをモロ受け継いでいた。

 なんだか申し訳ない。

 香奈美は今年、小学生になる。

 どことなく、真奈美に似てきた。

 しかし何だか、複雑だった。


 「よし、帰ろう」


 俺は声をかけて、帰り道を見た。

 するとそこには、輝クンとその両親がいる。

 俺は言葉を失った。

 それを見た嫁も、そんな感じだった。


 「真奈美チャンのパパさん、こんにちは」


 輝クンが頭を下げる。

 俺もそれにつられるように、頭を下げた。

 そしてみんなが、頭を下げる。

 ぎこちない雰囲気である。

 しかし輝クンは、真奈美に要があるみたいだ。

 静かに眠る、真奈美にだ。


 「パパさん、僕、やっと歩けるまでになりました。だから今回、真奈美に聞いてもらいたいからお墓に来ました。それと、お願いがあります」

 「お願い?」

 「パパさん、いっしょに、真奈美チャンのお墓に参って下さい。僕と二人で、参って下さい」


 輝クンが、俺に頭を下げた。

 二人で、参る。

 何故? 二人で? 

 それに俺は墓参りはした。したが……。


 「わかった。二人で、参ろう」


 受けて立つことにする。

 俺は嫁に「大丈夫!」と言い、先に行かせた。

 輝クンの両親も、「お願いします」と言いその場を離れていく。

 視界から消えて、みんながいなくなる。

 

 「輝クン、始めようか?」


 俺が促す。

 輝クンは頷き、墓と向き合う。

 そして、無言のまま……だった。

 それがかなり続き、俺は輝クンを見る。すると彼は泣いていた。大粒の涙がこぼれ、顔はくしゃくしゃ、声は出ない。いや、出せないでいた。

 この瞬間、俺は輝クンの心がわかった。

 輝クン……。


 

 彼も心に、シコリを持って生きている!



 真奈美を殺した気持ちは、俺だけではない。

 いやむしろ、輝クンは当事者で生きている。真奈美の命をもらい懸命に生きているのだ。

 生きているから、シコリを大きくしてしまう。

 

 「輝クン、心から叫べ! 真奈美は聞いてくれる。だから心から叫ぶんだ!」


 俺は輝クンに、言葉をかけた。

 聞いてくれる。

 正直、確証はない。

 当たり前だ。

 真奈美は俺達の前にはいないのだから。

 しかし輝クンが俺を見て、小さく頷く。

 そして墓を見る。


 「真奈美チャン、ゴメンね。ぼ、く……生きてる。真奈美チャンの、心で生きてる。ありがとう」


 泣きながら振り絞る輝クンの声に、彼の辛さを垣間見た。

 弱々しい声だ。

 しかし……。


 強い!



 俺は感じた。

 輝クンの強さに、俺は負けた。

 痛感した。

  

 「真奈美、輝クンなら大丈夫だ。応援してくるな」


 俺は墓に語りかける。

 そして『輝クンを認めよう』と、心で叫ぶ。

 


 その時……頰を優しく撫でる何かを感じた。

 それは、風だった。

 それは優しく、少し冷たさがあるが、とても心地良い。

 俺はあることを、思い出した。

 それは後悔に埋もれてしまい、忘れかけた真奈美の気持ちだった。

 大切な、真奈美の言葉。


 『私、風になりたい。風になってみんなを励ますんだ!』


 俺の心に、吹き渡った。

 その瞬間、俺の目から涙が溢れた。 

 この風は、真奈美なのかどうか? それはわからない。

 こんなに都合よく風が吹くのか? 

 しかし風が、俺の心に吹いた。

 そう、吹いたんだ!

 俺は輝クンを、自分に向かせ。


 「大丈夫、真奈美は輝クンの味方だ。これからも、自信を持って生きていこう」


 泣きながら、輝クンに言い聞かせた。

 その姿を輝クンが見て、少し驚いている。

 しかし俺が笑うと、輝クン弱々しい笑顔だったが、「ありがとう」と力強く言ってくれた。

 すると風は強く吹く、それは心に入ってシコリが消えていく……そんな感覚になった。

 風が吹き終わると、俺の心には後悔と言うシコリは消えていく。


 風は本当に、真奈美が……。


 俺は都合の良い人間なのか? しかし何だか俺は気分が軽くなっていく。


 「パパさん、ありがとう。僕、生きます」


 輝クンが誓う。

 俺は頷く。

 その誓いに俺は、裏切ってはいけない。

 後ろは振り向かない!

 

 「さて、みんなの所へ行こう」


 俺がそう言い、輝クンと背中を向ける。

 すると優しい風が、後ろから拭いてきた。


 『真奈美、背中を押してくれるのか?』


 ……そう、思うことにしよう。


 俺はヒーローには慣れない。しかしヒーロー家族を守り、輝クンを見届ける。そのために、もがき続けよう。

 真奈美の気持ちに、応えるために……。

 


 

 

 



 

 





 


 



 



 

 

 

 


 

 




 

 

 


 


  

 

 

 

 

  


 


 

 

 

 

 

 


 

 


 


 

 

 

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