1.役立たず、追放され辺境の村の領主になる
ウィンフィールド侯爵家の邸宅。
その執務室にて。
髭をたっぷりと生やした、威厳に満ちた四十代の男が椅子に座っている。
男は口を開き、目の前に立つ少年へ話しかけた。
「リオン、分かっているな? 無能スキルしかないお前も成人、十四歳になった。だから、新しくできた開拓村の領主に任命する」
「……承知しました」
任命。
それは事実上の追放だった。
リオンは父親であるウィンフィールド侯爵に向かって、ゆっくりと頭を下げた。
「支度金を用意した。それを使って護衛を雇い、すぐに向かえ」
「承知しました」
「……話は以上だ。出ていけ」
リオンは一礼して、執務室を出た。
暗い顔で自分の部屋へ戻る。
そして、自室の扉をパタリと閉じた瞬間。
「よーっしゃああああああああ! これで自由に、ピュアな子を探せる!」
リオンは笑顔で万歳した。
リオンには前世の記憶がある。
日本という国に生まれ、東京大学の工学部を卒業するほどの天才だった。
しかし就職後も彼女ができず、結婚相談所に通っても、出会うのは学歴や年収ばかりを見る女性たち。
そのまま恋人すらできないうちに、トラックに轢かれて死んだ。
「身分しか見ていない、醜い貴族の女にはうんざりだ。俺は、俺は今度こそ真実の愛を見つけるんだ……!」
前世の記憶を取り戻した今世でも、リオンに言い寄ってくるのは、家柄ばかりを見る表面的な女性ばかりだった。
リオンは拳を握りしめ、決意を固める。
こんこん。
その時、扉が叩かれた。
リオンは姿勢を正し、何事もなかったかのように取り繕う。
「入れ」
入ってきたのは、緑色の目に黒髪、執事服を着た青年だった。
「セドリックか」
「リオン様。当主様の決定を聞きました。私も連れていっていただきたく」
「……いいのか? 残っていれば出世コースだろう?」
「私はリオン様に仕えることを誓いました。地の果てまでついていきます」
セドリックがにっこりと笑った。
セドリックはウィンフィールド侯爵家の執事長の嫡男だ。
本来であれば、いずれ執事長の座を継ぐ立場。
それを捨ててまでついてきてくれることが、リオンには嬉しかった。
「じゃあ、早速準備するか」
「はい」
その時、許可もしていないのに扉が開いた。
髪を短く整えた、ワイルド系のイケメンが入ってくる。
「エドワード兄上、どうされましたか?」
「おうおう、無能な弟じゃないか!」
エドワードは嫌な笑みを浮かべた。
「無能スキルを授かった出来損ないが追い出されると聞いてね。顔を見に来た」
「はい。まあ、無能なりに頑張ってみますよ」
「そっか。まあ、せいぜい頑張れ」
エドワードは嬉しそうにそう言い、部屋から出ていった。
「お兄様あああああああああああああああ!」
絶叫とともに部屋の扉が再び開き、金髪を縦ロールにした少女がリオンの胸へ飛び込んできた。
「エリナリーゼ、どうしたんだい?」
「お、お義兄様が本当に辺境送りになったと聞いて! 嘘ですよね!?」
抱きついたまま、上目遣いでグイグイと迫ってくる。
「いや、事実だよ」
「! そんな……お父様に直談判してきます!」
駆け出そうとしたエリナリーゼを、リオンは慌てて止める。
「いや、大丈夫。実は結構気に入っているんだ」
「……そうですか。まあ、お義兄様ならどこへ行っても大丈夫ですしね!」
「ああ。まあ、なんとかなると思っているよ」
リオンはにっこりと笑う。
「それに、平民の女の子と真実の愛を見つけられるかもしれないしね!」
「真実の愛……?」
セドリックは、部屋の気温が急に真冬のように下がった気がした。
エリナリーゼの目からハイライトが消えている。
しかしリオンは気づいていないのか、ニコニコしたまま話を続ける。
「まあ、色々忙しいと思うから、それはまた後でかな」
「……そうですわね! では、私も色々とやることがありますので、失礼しますわ!」
エリナリーゼは部屋から出ていった。
「さーて、じゃあ準備しますか!」
「……はい」
♦︎
二週間後。
鬱蒼とした森の中を、一台の馬車が数人の冒険者に囲まれながら、ゆっくりと進んでいた。
「あ〜、楽しみだなあ」
リオンが馬車の中でウキウキしながら言う。
「あの……追放されて辺境の村へ行くことを喜ぶの、リオン様くらいだと思いますが……」
その時。
冒険者の一人が声を張り上げた。
「着きましたよ!」
馬車が止まる。
リオンとセドリックが馬車から降りた。
「おお、ここが……」
「はい。リオン様が領主となられる村ですね」
そこには、二十軒ほどの家を木の柵が囲む小さな村があった。
木の柵は低く、ところどころ途切れている。
防壁と呼ぶには、あまりにも頼りない。
「ようこそおいでくださいました」
目の前には、三十人ほどの男たちが並んでいた。
セドリックが一歩前に出る。
「出迎えご苦労。こちらが領主となられるリオン様である」
「リオン・ウィンフィールドだ。よろしく頼む」
「ははっ!」
若くとも侯爵家の人間。
リオンの放つ貴族らしい威圧感に、村人たちはさらに深く頭を下げた。
(つかみは上々。これはうまくいきそうだぞ)
セドリックは心の中で拳を握りしめる。
その時。
「それより、この村に女の子はいないのか?」
リオンがキョロキョロと辺りを見回しながら聞いた。
「……はい?」
村人たちが目を丸くする。
(な、何を言っているんですかーーーー!!!)
セドリックは心の中で絶叫した。
しかし、もう遅い。
「……この村に女性はいません」
「え?」
村人の一人が答えると、リオンの動きが止まった。
沈黙が場を支配する。
「なぜ女性がいないんだ?」
「……女性の移住者がいないのです」
「全然気になっていないのだが、なぜ移住してくれないんだ?」
「危険……だからですかね」
村人はおずおずと答える。
ボロボロの柵。
魔獣の出る深い森。
野盗が現れても不思議ではない立地。
再び沈黙が場を支配した。
「そんな……来る見込みさえないだと……」
「リオン様、諦めましょう。むしろ成り上がるため、政治に集中するチャンスです」
セドリックが満面の笑みで進言する。
「そうか。分かった」
「……おお、では!」
リオンがにっこりと笑った。
「じゃあ、この村を安全な場所にしよう!」
「え?」
村人たちが怪しげなものを見るような目をリオンへ向けた。
リオンが右手を突き出す。
「《試作》」
スキルを発動させた。
次の瞬間。
村の周囲の土が動き出し、四方に土の塔ができあがった。
さらに村の正面を除き、柵を取り囲むように深さ二メートルほどの空堀が出来上がる。
「え……?」
村人の一人が思わず呟いた。
そんな周囲をどこ吹く風で、リオンは続ける。
「視界を確保するために、もう少し森を切り開くか。村の周囲の木々は伐採してもいいか?」
「は、はい。構いませんが……」
「《試作》」
再びスキルを発動させる。
周囲の木々が光り始め、次々と巨大な丸太へと加工されていく。
丸太が積み上がり、村の周囲百メートルほどが更地になった。
「よし。このあと堀に水を流せばいいだろ。これで最低限の防衛力は確保できたはずだ」
リオンはポンポンと手を叩いた。
「貴族の力……凄まじいですね……」
「ふっふっふ。その通りだ。これで女の子が来るのは間違いない!」
ポカンとしていたのは村人だけではなかった。
セドリックもまた、呆然とリオンを見ている。
「……リオン様。なんでこの力、今まで隠してたんですか? これだけの力があれば、無能と言われることもなかったのでは?」
「え、面倒じゃん」
「ええ……」
セドリックの目が、残念な子を見るものへと変わった。
「それより、追放されて平民の子と出会うチャンスが欲しかったし」
「何を言っているのですか……」
セドリックはガックリとうなだれた。
「あ、そうそう。《試作》で作ったものは、込めた魔力にもよるけど、すぐに壊れる。だから明後日以降は、作った塔なんかには近づかないでくれ」
「しょ、承知しました」
「じゃあ、家に案内してもらおうかな」
「は、はい。承知しました」
空堀をジロジロと見ている村人たちを後ろに、リオンは村へ入っていく。
先導する村人についていくと、そこには一軒のあばら屋があった。
雨漏りはしなさそうだが、それだけだ。
「すみません。今、村には大工がおらず、これが精一杯でして……」
ここへ来る途中で見た他の村人の家も似たようなものだった。
どうやら嘘ではないらしい。
「《試作》」
リオンは再びスキルを発動させた。
先ほど加工した丸太がひとりでに動き出し、組み上がっていく。
リオンがあくびを一つしている間に、立派なログハウスが完成した。
「まあ、大工が来てまともな家に住めるようになるまでは、これに住みます」
村人たちが呆気に取られている。
「あの!」
その中から、少年が一歩前に出てきた。
「こら! レオ! 貴族様に自分から話しかけるんじゃない!」
青年が少年を叱りつけ、慌ててその頭を下げさせると、自らも土下座した。
「すみません! この愚弟には言い聞かせておきます。何卒ご容赦を!」
セドリックはリオンの方をチラリと見る。
リオンは特に気にしていないようだった。
「大丈夫だ。レオというんだね。何か質問があるかい?」
リオンは機嫌よく尋ねる。
レオが顔を上げた。
「あの……俺たちにも家を作ってもらうことって可能ですか?」
「おい! 何を言っているんだ!」
「大丈夫だぞ」
村人たちが驚いてリオンを見る。
「私もお願いします!」
「わ、私も!」
「お、お願いします! 私にも!」
次々と村人たちがリオンに詰め寄ってくる。
「もちろん構わない。ただし、《試作》で作ったものは込めた魔力が切れると崩壊する。あくまで仮住まいだ。大工が来たら、ちゃんとした家を作ってもらうように」
「承知しました! ありがとうございます!」
村人たちが喜び合う。
「そういえば、この村の名前を教えてもらえるかな?」
リオンが尋ねた。
「……まだありません。領主様がおつけになればよろしいかと」
レオがおずおずと答える。
「うーん、どうしようかな」
リオンは腕を組んで悩む。
そして、ぽんと手を叩いた。
「それじゃ、仮でプロト村にしよう!」
「分かりました! じゃあ、これからはプロト村だ!」




