第八十一話 遠き都からの使者
1.祭りの翌朝
灯籠の明かりが夜空に消え、祭りの余韻がまだ町に残っていた翌朝。
港は静かな潮騒に包まれていた。屋台の板はまだ片づけられておらず、広場には笑い声の名残のような温もりが残っている。
私は町の見回りをしながら、深呼吸した。
――よくぞここまで来たものだ。影に怯えていた町が、いまや祭りを開き、笑顔で歌を響かせている。
だが、その安堵を破るように、一隻の大型船が港へと入ってきた。船体には見慣れぬ紋章――王都の紋章が輝いていた。
2.使者の到来
船から降り立ったのは、豪奢な衣をまとった男と、武装した護衛たちだった。
町の人々がざわめく。
「王都の使者だ……!」
「なぜこの町に?」
使者は私の前に進み出て、威厳ある声で告げた。
「この町の大家殿であろうか。私は王都より遣わされた、商務院の使者である」
私は慌てて頭を下げた。
「ええ、まあ……この町の建物や暮らしを預かっている者です」
使者は頷き、静かに言葉を続けた。
「我らは風に乗って届いた歌を耳にした。裂けても繕える町がある、と。王都にまでその噂が広がっている」
3.布と歌の報告
マリエが縫った布や、港で歌われる「繕いの歌」の話をすると、使者は真剣に聞き入った。
「人の心を繋ぎ、影を退ける力……それが本当ならば、王都にとっても希望となる」
護衛のひとりが口を挟んだ。
「都でも影の残党が暗躍し、人々の心を裂こうとしているのです」
私は胸が痛んだ。影は遠く離れた都にまで広がっているのか。
4.リナの疑念
リナは剣を手に、低い声で囁いた。
「都の使者がわざわざ来たのは、単に布や歌に興味があるからではない。背後にもっと大きな意図があるはずだ」
「意図?」
「この町を都の支配下に置きたいのだろう。交易路を抑えるためにな」
私は言葉を失った。確かに町が力を持てば、それを利用しようとする者も現れる。
5.マリエの葛藤
マリエは膝の上の布を握りしめていた。
「私の布を都に持って行ってもらえるのは嬉しいです。でも……もし、それが人々を縛る鎖になってしまったら」
彼女の声は震えていた。
布は人を繋ぐためにある。決して縛るためではない。
私は彼女の手に触れ、静かに言った。
「布も歌も、この町で生まれたものだ。どう使うかは、私たち自身が決める」
6.広場での対話
町の広場で使者と人々の集会が開かれた。
使者は堂々と宣言する。
「王都はこの町を交易拠点として認め、正式に庇護下に置きたい」
人々の間に動揺が走った。庇護とは名ばかりで、実際には支配になるのでは――。
その時、リオが前に出た。
「俺たちは影を自分の力で退けた! 都に守られる必要なんてねぇ!」
観客から拍手が起こる。だが、使者の顔は険しくなった。
7.幽霊少女の一声
空から幽霊少女が降りてきて、無邪気に言った。
「でもね、都のみんなも困ってるんでしょ? 歌を聞かせてあげればいいんじゃない?」
子どもじみた言葉に場が和んだ。
使者は思わず口元をほころばせた。
「なるほど……繕いの歌を都に届ける。それが第一歩かもしれぬな」
8.繕いの選択
私は深呼吸し、人々に向き直った。
「都の庇護を受けるかどうかは、簡単に決められることじゃない。けれど……歌と布を分かち合うことならできる」
マリエが布を掲げた。
「裂けても、繕える。この布に込めた思いを、遠くの人たちにも伝えたい」
リナは剣を納め、リオは拳を下ろした。人々も徐々に頷き始める。
9.使者の言葉
使者は深く頭を下げた。
「王都に戻り、この町の力を報告しよう。だが安心してほしい。我々は奪うために来たのではない。共に裂け谷の影と戦うために来たのだ」
その言葉に、人々は大きな拍手で応えた。
10.風に運ばれる歌
その夜、広場で歌が響いた。
幽霊少女の声に人々が重なり、布が風に揺れた。
使者も護衛たちも、その輪の中に加わっていた。
私は空を見上げ、心の中で呟いた。
――歌は町を越え、都へ届く。裂けても、繕える。




