第八十二話 王都への道
1.旅立ちの朝
王都からの使者が去った翌朝、港の空は晴れ渡り、白い雲がゆったりと流れていた。
私はアパートの前に立ち、深呼吸をする。――いよいよ王都へ向かう時が来た。
町の人々に歌と布を託され、この地の代表として旅をすることになったのだ。大家である私が。
まだ心のどこかで「本当に自分でいいのか」と不安はあった。だが、布を差し出すマリエの手、剣を支えるリナの背、笑顔で拳を振り上げるリオ、幽霊少女の無邪気な声。それらを思えば、逃げるわけにはいかなかった。
2.同行者たち
旅には私ひとりではなく、頼もしい仲間が加わることになった。
布を織り続けるマリエ。
町を護るために剣を携えるリナ。
好奇心旺盛で、どこへでもついて来るリオ。
そして、幽霊少女。――彼女は「外の世界も見てみたい!」と当然のように言ってついて来ることになった。
「大家さんひとりじゃ心細いでしょ?」
そう笑った彼女の声に、私の心も少し軽くなった。
3.町の人々の見送り
広場に集まった町の人々が、歌と布を携えて見送ってくれる。
マリエが織った大きな布には、人々の手が触れられ、思い思いの願いが縫い込まれていた。
「無事に帰ってきて」「都の人たちを助けて」「また一緒に歌おう」――その一つひとつが心に響く。
「大家さん!」
リオの弟子の子どもたちが声を上げる。
「王都でもいっぱいご飯食べてね!」
「影なんかぜんぜん怖くないって、見せてやるんだ!」
私は涙をこらえながら頷いた。
4.街道を行く
王都へは数日の道のり。広がる草原と森を越え、山を抜けて進む。
リナが前を歩き、警戒を怠らない。
マリエは荷馬車の上で布を抱きしめている。
リオは荷物を担ぎながらも元気いっぱいに歌を口ずさみ、幽霊少女は風に乗ってひらひらと飛び回る。
私はそんな仲間たちを見て、胸が温かくなる。――アパートを離れても、この道中がまるで大家仕事の延長のように感じられた。
5.影の気配
だが、平穏な道だけではなかった。
夜、森の中で野営をしていると、黒い靄のようなものが木々の間を漂うのが見えた。
「影だ……!」リナが剣を抜く。
靄は人の形を模して揺れ、囁く声を放った。
――繕っても、裂ける。
――歌っても、届かぬ。
マリエが布を広げ、震える声で歌い始める。リオと幽霊少女が重ね、私も喉を震わせた。
光が布から立ち上がり、靄は遠くへと溶けていった。
リナは剣を納め、深く息を吐いた。
「王都の道は影に狙われている。やはり、この旅は簡単じゃない」
6.山の宿場町にて
三日目、私たちは山道の宿場町にたどり着いた。
そこでも影の被害が出ており、旅人たちが心を閉ざしていた。
「布を……その布を見せてくれませんか」と宿の女将に頼まれ、マリエが繕いの布を広げる。
女将の目から涙がこぼれた。
「裂けても……繕える。本当に、そうね」
その夜、宿場町に久しぶりの歌声が響いた。人々が少しずつ笑顔を取り戻し、灯りが揺れた。
7.幽霊少女の独白
夜、焚き火のそばで幽霊少女がぽつりと言った。
「ねえ、大家さん。私、都に行ったら、私が誰だったか分かるのかな」
私は火を見つめながら答えた。
「もしかしたら、記録が残っているかもしれない。でも、思い出せなくても……君は君だよ」
少女は少し笑って、布をなぞった。
「ありがとう。今は、この布と歌が私の名前みたいだね」
8.峠を越えて
翌朝、険しい峠道に挑む。霧が立ち込め、崖の下からは不気味な風が吹き上がる。
リナが進路を切り開き、リオが歌で仲間を励ます。マリエは布を荷馬車に守り、幽霊少女は霧の中で道を照らす。
私は皆の背を見つめ、心から思った。――この仲間となら、王都へも、もっと遠くへも行ける。
9.都の影
峠を越えた先、遠くに王都の城壁が見えてきた。
だが、その空には黒い影が渦巻いていた。
リナが険しい声を上げる。
「やはり……都も影に覆われ始めている」
私は拳を握りしめた。
「だからこそ、私たちの布と歌が必要なんだ」
仲間たちが頷き、足取りを速めた。
10.布と歌を携えて
都への道を駆け抜けながら、私は心に誓った。
――この布を届ける。歌を響かせる。
それが、この町の人々から託された大家としての責務だ。
どんなに遠くても、裂けても、繕える。
そう信じて、私たちは王都の門へと歩みを進めた。




