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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第六十八話 新たな風を受けて

1.旗の下に集う朝


 旗を繕い直してから三日。港町の丘には、再び大きな布が風をはらんでいた。

 裂け目は縫い合わされ、縫い目がまるで刺繍の模様のように光を反射している。


 朝日を浴びた旗は、以前よりも力強く見えた。裂け目の痕があるからこそ、その存在が確かなものに思える。


 「いい風だな」

 私は港を眺めながら呟いた。

 潮の香り、カモメの鳴き声、漁師たちの声。すべてが町の息吹だ。


 リオが薪を担ぎながら笑う。

 「まるで旗が町を守ってるみたいだ」


 リナは剣を研ぎながら淡々と答える。

 「守っているのは町の心だ。旗はその象徴に過ぎん」


 「象徴でもいいさ。心が折れないなら、それで十分だ」

 私は二人に笑いかけ、ほうきを手にして下宿の前を掃き始めた。


2.交易船の影


 その日の昼、港に大きな船影が現れた。

 商人たちが色めき立つ。

 「交易船だ! あの紋章は内海同盟の船だ!」


 町の人々は丘の旗を指さしながら口々に言った。

 「旗が掲げられたからだ!」

 「これで港の信頼が戻る!」


 商会の広間に代表者たちが集まった。

 艶やかな衣をまとった同盟の使者が言う。

 「旗が再び立ったと聞いて参った。港町が健在であると示すなら、我らも取引を再開したい」


 人々の顔が一斉に明るくなった。

 裂けた旗を繕ったことは、町の結束だけでなく、外の世界への信頼も取り戻していたのだ。


3.風の試練


 しかしその夜、町に強い風が吹き荒れた。

 旗は大きくはためき、縫い目に負荷がかかる。

 「大丈夫か、あの縫い目……」

 港の漁師が不安げに旗を見上げた。


 マリエは広間で縫い子たちと共に祈るように見守っていた。

 「持ちこたえて……お願い……」


 私は丘へ駆け上がり、リオとリナと共に旗の柱を押さえた。

 「うおおっ、すげえ風だ!」

 「柱が折れるな! 耐えろ!」


 嵐のような突風が吹き付け、旗は千切れんばかりにはためいた。

 だが、縫い目は決して裂けなかった。


 縫い目がきしむ音と共に、まるで「もう裂けない」と告げるかのように、旗は力強く風を受け止めていた。


4.町の祈り


 広場では町の人々が声を合わせて歌い始めた。

 「裂けぬ旗よ、裂けぬ心よ――」

 縫い子たちの歌に、子どもや漁師、職人、商人が次々と加わり、大きな合唱となった。


 歌声が町を包むと、不思議と風の荒々しさが和らいでいくように感じられた。

 旗ははためきながらも、決して裂けず、むしろ夜空に輝く月を背に堂々と舞った。


 「見ろ、大家さん! 旗が……!」

 リオが叫ぶ。


 私は風に押されながらも笑った。

 「ああ、あれはもう裂けない。俺たちが繕った旗だ!」


5.新たな風


 夜が明けると、港には凪が訪れた。

 旗はまだ力強くはためき、縫い目は夜を越えてなお緩み一つなかった。


 交易船の使者が再び訪れ、深く頭を下げる。

 「旗が裂けずに夜を越えた。これほど確かな証はない。我ら同盟は、この港を再び信頼しよう」


 町に歓声が響いた。

 漁師たちは網を海へ投げ、商人たちは新しい契約に走り、職人たちは注文を受けて忙しげに動いた。


 リナは丘の上で旗を見上げ、静かに言った。

 「旗は試練に耐え、町は新しい風を得た」


 リオは豪快に笑う。

 「これからもっと忙しくなるぜ!」


 私は胸いっぱいに潮風を吸い込み、声を上げた。

 「よし! 大家として忙しいのは大歓迎だ! この町はもっと元気になる!」


6.日常の再生


 その日、下宿には久しぶりに旅人の姿があった。

 「旗を見て来たんです。泊まれる場所を探してまして」

 そう言って笑う若者に、私は心からの笑顔で答えた。

 「もちろんだ! うちへようこそ!」


 縫い子たちは笑顔で布を広げ、リオは薪を運び、リナは黙って見守り、トルクは新しい柱を立て、吟遊詩人は歌を奏でた。


 旗がはためく丘を背に、町は再び日常を取り戻し、そして新しい未来へと歩み始めた。

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