第五十四話 襲撃の夜
1.破られた静寂
港町の夜を切り裂くように、扉を叩く音が鳴り響いた。
「旗を渡せ!」
外から響く怒号は低く、獣の咆哮のように町の空気を震わせた。
下宿の中にいた皆は、一瞬で顔を引き締める。
リオは拳を握りしめ、リナは剣を抜き放つ。
トルクは裏口に駆け、マリエは布束を抱えて震える縫い子たちを守った。
「落ち着け。ここは俺たちの家だ」
私は声を低くして言い放った。
「絶対に通すな」
2.最初の衝突
扉が破られ、黒装束の影たちが雪崩れ込んできた。
刃のきらめきが月光を弾き、怒号と共に室内が戦場に変わる。
「来やがったな!」
リオが飛び出し、拳を振るった。
鈍い音と共に影が吹き飛び、家具に激突して倒れる。
リナは無駄のない動きで二人を同時に斬り伏せた。
血の代わりに呻き声と武器が床に落ちる。
「後ろを任せろ!」
私は椅子を掴んで振り回し、迫る影を薙ぎ払った。
この家を荒らす者は、大家として絶対に許さない。
3.裏口の攻防
裏口ではトルクが必死に扉を抑えていた。
「がっちり杭を打ち込んだはずなのに……!」
外から力任せに押し破ろうとする衝撃が、板を軋ませる。
トルクは慌てて木槌を掴み、応戦に出る。
「大家殿! 裏手にも数人いるぞ!」
「持ちこたえろ! すぐに回る!」
私は叫び返しながら、目の前の敵を殴り倒した。
4.マリエと縫い子たち
一方、マリエは縫い子たちを食堂の隅に集め、布を盾のように広げていた。
「怖くない、大丈夫よ! 私たちもここで踏ん張るの!」
縫い子の一人が震える声で呟く。
「でも……針しか持ってない……」
「針でも戦えるわ」
マリエは強い眼差しで言った。
「縫い目で旗を繋いだように、私たちもこの家を繋ぐの」
その言葉に励まされ、縫い子たちは針を構えて影に立ち向かう。
驚いた敵の一人が足を刺され、呻きながら後退した。
5.幽霊少女の力
その時、冷たい風が吹き抜け、室内の灯りが揺れた。
幽霊少女が姿を現し、影の群れの前に立つ。
「……この家を壊させない」
彼女が囁いた瞬間、影たちの足がすくみ、動きが止まる。
恐怖に縛られたように震え、武器を取り落とす者もいた。
「すご……」
縫い子の一人が息を呑む。
少女は振り返り、微笑んだ。
「大丈夫。私はここにいるから」
6.戦いの渦
正面からも裏口からも、次々と影が押し寄せてくる。
リオは汗まみれになりながら拳を振り抜き、リナは無数の剣戟を繰り出す。
私は家具を盾にして踏みとどまり、トルクは木槌で敵を叩き伏せた。
「大家さん、数が多すぎる!」
リオが叫ぶ。
「負けるな! 俺たちの家だ!」
喉が裂けそうなほどの声を張り上げ、仲間を鼓舞する。
影たちは旗の在り処を探している。
けれど旗は丘の上。下宿にあるのは、町の心そのものだ。
7.来訪者の決意
そこへ、異国の学者と女戦士、商人風の若者が姿を現した。
彼らも剣や杖を構えて駆けつけたのだ。
「私たちも戦います!」
学者が叫ぶ。
女戦士は無言で敵を斬り捨て、若者は石を投げつけて影を怯ませた。
彼らの加勢で、戦況は一気にこちらに傾く。
「なぜ……俺たちを助ける?」
私が問うと、学者は叫んだ。
「旗は国を裂いたかもしれない! でも、今は人を繋いでいる! その姿を私は守りたいんです!」
8.影の退却
やがて影たちは数を減らし、煙玉を投げて退却を始めた。
私たちは深追いせず、荒れ果てた室内で肩を並べて息を吐く。
「……なんとか、守り切ったな」
私は汗を拭いながら言った。
リオは拳を突き上げ、リナは剣を収め、トルクは安堵のため息をついた。
マリエと縫い子たちは互いに抱き合い、幽霊少女は静かに頷いた。
学者たちも肩で息をしながら、誇らしげに旗の方角を見上げていた。
9.夜明けの誓い
夜が明けるころ、丘の上の旗は朝日を受けて揺れていた。
裂けぬ旗は、嵐だけでなく、襲撃の夜も越えた。
私は皆に向かって言った。
「どんな影が来ても、ここは俺たちの家だ。旗と共に、この日常を守り抜く」
仲間たちはそれぞれに頷き、笑顔を浮かべた。
夜を裂いた足音は消えたが、旗と共にある限り、私たちは揺るがない。




