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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: じょんどぅ


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第五十三話 夜を裂く足音

1.忍び寄る夜


 港町の夜は、いつになく静かだった。

 昼間のざわめきが嘘のように消え、潮騒の音だけが耳に残る。


 私は下宿の屋根に腰を下ろし、星空を仰いでいた。

 来訪者たちは部屋で休んでいるが、昼間から胸に引っかかるものがあった。

 あの異国の学者が語った「裂けぬ旗の伝承」――そして、路地裏を横切った黒い影。


 風が吹いた瞬間、私は背筋に冷たいものを感じた。

「……誰か、潜んでるな」


 屋根の下の石畳を、かすかな足音が裂いた。


2.追跡


 私は飛び降り、闇の中を走る影を追った。

 黒い外套をまとった人物は、こちらに気づくや否や路地を駆け抜ける。


「待て!」


 声を上げると同時に、別の足音が響いた。

 リナだ。彼女は剣を手に、音もなく影の背後を回り込んでいた。


「逃がすな!」


 二手から挟み込もうとしたが、影は身軽に塀を飛び越えた。

 私は必死に追い、港の倉庫街へと足を踏み入れる。


3.港の倉庫にて


 倉庫の隙間に身を潜めた影は、低い声で呟いた。

「旗は……必ず手に入れる」


 月明かりにちらりと見えたのは、異国の紋章が刻まれた短剣だった。

 学者たちの船とは別の勢力――旗を狙う者が町に紛れ込んでいるのだ。


 私はリナに合図し、ゆっくりと近づいた。

 だが影は煙玉を投げ、視界を白く覆って逃げ去ってしまった。


「くそっ、取り逃したか」

 リナが剣を下ろし、険しい顔で言う。

「だが、旗が狙われているのは確か。これからは町全体を守る必要がある」


4.下宿での相談


 夜半、私は下宿の食堂に仲間たちを集めた。

 リオは大きな声で叫ぶ。

「つまり! あの旗を欲しがってるやつらがいるってことだな!」


「声を落とせ、客が起きる」

 私は苦笑しつつ、影の言葉を皆に伝えた。


 トルクは顎を撫でながら唸る。

「旗はただの布ではない。象徴であり、町の心臓だ。奪われれば、人々は再び嵐に飲まれる」


 マリエは不安げに針を握りしめる。

「もし裂かれたら……縫っても、心までは繋げないかもしれない」


 だが幽霊少女は静かに言った。

「旗は裂かれても、人が守ればまた立ち上がる。私はそう思う」


 その言葉に、一同の胸が少し軽くなった。


5.来訪者の本音


 やがて学者風の男が食堂に現れた。

 眠れずに起きてきたのだろう。

「……聞こえてしまいました。旗を狙う影のことを」


 彼は真剣な顔で続ける。

「私たちは旗の力を研究したいだけです。奪うつもりはない。ただ、過去の記録によれば……旗は“嵐を裂くだけでなく、国を裂いた”とも記されている」


 その言葉に、場の空気が凍った。


「国を……裂いた?」

 リオがごくりと唾を飲む。


 学者は深く頷く。

「旗は、人々を一つにする。しかし同時に、それを欲した者たちが争いを生み、血を流した。だからこそ学術院は旗を調べ、二度と同じ悲劇を繰り返さぬようにしたいのです」


 真偽は分からない。だが、旗がただの象徴ではないことは確かだった。


6.夜を裂く足音


 その時、再び外から足音が響いた。

 今度は一人ではない。複数の影が、下宿を取り囲むように近づいている。


 私は即座に立ち上がり、皆に指示を飛ばした。

「リオ、マリエを守れ! トルク、裏手の扉を固めろ! リナ、一緒に正面だ!」


 剣を抜く音、家具を押し当てる音、息を殺す音が重なる。


 闇を裂いて、扉が叩かれた。

「旗を渡せ!」


 低い怒号とともに、夜が牙をむいた。

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