第四十六話 荒波の試練
1.嵐の到来
夜の帳が下りると同時に、港町に嵐が襲いかかった。
黒雲が空を覆い、稲妻が水平線を裂く。
波止場では海が唸り声を上げ、巨大な波が岸壁を叩きつけた。
「柱を押さえろ!」
「板を打ち付けろ、波が来るぞ!」
町の人々は必死に防波の板を張り付け、船を縄で繋ぎ直す。
トルクは木槌を握り、嵐の音に負けじと杭を打ち込む。
「この程度じゃ港は沈まん!」
リオは濡れ鼠になりながら網を引き、流されそうな荷を掴んで岸へ運んでいた。
「おい大家さん、次はどこだ!?」
私は声を張り上げ、指示を飛ばす。
「市場の屋根を支えろ! 風で飛ばされるぞ!」
2.旗の危機
丘の上に立つ旗も、烈風に煽られて大きくはためいていた。
青と白の布は裂け目を縫い直したばかり。
その糸が風に耐え切れるかどうか、誰もが息を呑んで見守っていた。
「旗が……!」
マリエが雨に濡れながら布を見上げる。
「大丈夫、あの縫い目は切れません。だってみんなで縫ったんですから!」
その声は嵐にかき消されそうになりながらも、確かな力を帯びていた。
幽霊少女が丘を漂い、透き通った手を旗に添えた。
「……風よ、奪わせない。旗は町の心」
3.襲い来る影
だが嵐の只中、波止場に黒装束の影が再び現れた。
風雨に紛れ、短剣を抜いて走り寄る。
「今こそ旗を裂け! 嵐と共に町を沈めろ!」
リナがすかさず剣を抜き、稲光の下で刃を交えた。
「嵐に乗じて破壊するか……卑劣な!」
リオは怒鳴り声を上げて突撃し、網を影に投げつけた。
「魚と一緒に絡まってろ!」
トルクは木槌を振るい、板ごと影を弾き飛ばす。
「旗を裂かせるものか!」
嵐の轟音と剣戟の音が交錯し、港は修羅場と化していた。
4.縫い子たちの叫び
避難していたはずの縫い子たちが、布の端を抱えて丘に駆け寄ってきた。
マリエが彼女たちを導き、声を張り上げる。
「みんな、旗を押さえて! 私たちが守るんです!」
縫い子たちは恐怖に震えながらも、雨に濡れた布を押さえ、必死に杭に巻きつけた。
その姿にリナもリオも奮い立ち、さらに影を押し返していく。
「お前ら、縫い子の気迫を見ろ! 簡単に裂ける旗じゃねえんだよ!」
リオの声が嵐を突き抜けた。
5.嵐の中心
稲妻が空を裂き、轟音と共に巨大な波が港を呑み込もうと迫る。
その波の影の中に、黒き船影が浮かび上がった。
帆も張らず、まるで嵐そのものに操られているかのように港へ突き進んでくる。
「……あれが嵐を呼んでいる元凶か」
リナの声が低く響く。
幽霊少女が旗の上から囁いた。
「海の底から、黒い意志が……。この町を呑み込みたいと」
私は拳を握りしめ、仲間たちに叫んだ。
「港を守れ! 嵐を越えても旗は揺るがないって、証明するんだ!」
6.試練の誓い
雨と風の中、町の人々が次々に走り寄り、杭を打ち、縄を引き、屋根を支えた。
誰もが旗を見上げ、その揺れる布に心を奮い立たせていた。
黒装束の者たちは次々と倒れ、ついには波に呑まれて姿を消した。
だが黒き船はなおも迫り、嵐は止む気配を見せない。
マリエが濡れた髪をかき上げ、震える声で言った。
「……旗は守ります。たとえ嵐がどんなに大きくても!」
私は彼女と仲間たちを見回し、強く頷いた。
「これは試練だ。だけど、この町の心は裂けない。絶対に!」
雷鳴が応じるように轟き、荒波がさらに高く押し寄せてきた。




