第四十五話 嵐を呼ぶ影
1.祝宴の余韻
旗が掲げられたその日、港町は祝宴に包まれた。
漁師は魚を焼き、パン職人は山盛りのパンを並べ、子どもたちは歌いながら貝殻の笛を吹く。
マリエと縫い子たちは広間の片隅で疲れ切って眠り込んでしまった。
布を縫い続けた日々の重みが、ようやく安堵と共に彼女たちを休ませたのだ。
「よかったなあ……」
リオは杯を片手に、波間で揺れる旗を見上げながら目を細める。
「町が元気取り戻してる」
私は頷きながらも、心のどこかに残る不安を拭えなかった。
――旗を狙った黒装束の者たちは、まだ野放しのままだ。
2.静かな報せ
夜更け。祝宴の喧噪が落ち着いた頃、港町の守備兵の一人が慌ただしく駆け込んできた。
「大家殿! 報告です!」
「どうした?」
「港の外れに、不審な船影が現れました。嵐を待つかのように停泊しているとのことです」
その言葉に場の空気が一気に凍りついた。
リナが眉をひそめる。
「嵐を待つ……か。つまり、旗の掲揚を見て動き出すつもりだな」
リオが杯を置き、真剣な表情になる。
「……旗を狙ってた連中と繋がってるってことか?」
3.海霧の中の囁き
翌朝、港には濃い海霧が立ち込めていた。
漁に出る船も少なく、波止場はひっそりとしている。
その霧の中、ひそひそと声を交わす影があった。
「旗を立て直されたか。厄介だ」
「嵐が来れば、町ごと呑み込める。旗など意味を失う」
「だが、町の結束は厄介だ。揺さぶりをかけるべきだな」
彼らの視線の先には、港の丘で誇らしげにはためく旗。
――それは希望であると同時に、敵にとっては狙うべき的だった。
4.嵐の兆し
その日の午後。
水平線の向こうに黒雲が立ち込め、雷鳴が低く轟いた。
漁師たちは慌てて船を引き上げ、町の人々も荷を抱えて家へと走る。
「嵐だ……! あんなに早く雲が立つなんて!」
「普通じゃねえぞ、あの色……!」
リナは剣に手をかけたまま、険しい顔で空を仰ぐ。
「これは自然の嵐ではない。誰かが呼び寄せている」
幽霊少女が波打ち際を漂い、震える声で告げた。
「……海の底から、影が揺れてる。大きな何かが……」
5.町を守る誓い
嵐の予兆を前に、商会の広間に再び仲間たちが集まった。
マリエは布を胸に抱きしめ、声を震わせながら言う。
「旗を裂こうとしたのも、きっとこの嵐と関係が……。でも、もう裂かせません!」
リオは拳を叩きつける。
「そうだ! ここまで来てまた壊されてたまるか!」
トルクは静かに頷き、木槌を握り直した。
「嵐が来るなら、俺たちは港を守る。柱も板も打ち直してやる」
私は皆を見回し、強く言った。
「旗を守るだけじゃない。町を守るんだ。大家として、この港を家だと思って」
その言葉に、縫い子たちも港町の人々も、一斉に頷いた。
6.迫りくる影
夕暮れ。
黒雲がさらに迫り、風がうなりを上げ始めた。
波間に揺れる船影が少しずつ港へ近づいてくる。
リナが剣を構え、低く呟いた。
「嵐を呼ぶ影……ここからが本当の戦いだ」
私も胸の奥で固く誓った。
――どんな嵐が来ようとも、この旗と町を守り抜く。




