第四十四話 波間に揺れる誇り
1.夜襲の翌朝
港町の朝は、普段よりもざわついていた。
黒装束の侵入者の噂は一晩で広まり、魚市場でも酒場でもその話題で持ちきりだった。
「旗を狙っただと?」
「じゃあ嵐じゃなく、誰かの仕業か……」
「町を混乱させたい輩がいるのさ」
そんな声が飛び交う中、私たちは再び商会の広間に集まっていた。
夜襲の傷跡が残る床に、縫い子たちは迷わず布を広げる。
――旗はまだ半分以上、縫い直さなければならなかった。
2.針と祈り
マリエは深く息を吸い込み、針を握りしめた。
「……恐れていても、針は進みません。縫い目を刻むことで、私たちの誇りを示すんです」
その言葉に縫い子たちが頷く。
リオは袖をまくり上げ、台の横で布を支える。
「俺たちだって手伝えるぞ! ほら、ピンと張れば縫いやすいだろ!」
トルクは木槌で支柱を打ち込み、布を固定していく。
「これで布は揺れん。嵐の波に晒されても持ちこたえる」
幽霊少女は裂け目の上を漂い、囁いた。
「……針の音、波の音と同じ。町を包む」
針が進むたびに、裂けた布がつながり、模様が甦っていく。
縫い目はただの修復ではなく、祈りの証となっていた。
3.町の協力
昼になると、町の人々が差し入れを持ってやって来た。
漁師は大きな魚を、パン職人は焼きたてのパンを、子どもたちは貝殻で作った飾りを。
「頑張ってくれ!」
「旗が戻れば、港町も元気になる!」
縫い子たちは涙を拭いながら針を進め、リオは子どもたちに囲まれて布を支える役を自慢げにこなした。
マリエは布の中央に針を通しながら、皆に言った。
「この旗は、ただの布ではありません。町の心が集まっているんです」
彼女の言葉に、縫い子たちも港町の人々も、声を揃えて叫んだ。
「旗を完成させろ!」
4.縫い子たちの絆
作業は夜まで続いた。
針を持つ手は痛み、目は霞む。
それでも誰一人、席を立とうとはしなかった。
「……ねえ大家さん」
マリエが小さな声で呟いた。
「私、今まで縫うことが怖かったんです。過去の記憶が、いつも指先を止めてしまって」
私は彼女の隣に座り、優しく答えた。
「でも今は違う。ここには仲間がいる。あなたは一人じゃない」
マリエは涙を浮かべ、それでも笑った。
「はい。今は……針を進めるのが楽しいんです」
縫い子たちも次々に声を重ねた。
「私もだ」
「怖くても、仲間がいるから縫える」
「縫い目は心の絆なんだな」
その夜、広間には針の音と笑い声が絶えなかった。
5.完成間近
三日三晩にわたる作業の末、ついに旗はほぼ縫い上がった。
裂け目は跡形もなく繋がり、波と船の模様が再び誇らしげに浮かび上がる。
「……もう少し。あと一針」
マリエが最後の糸を通し、きゅっと結んだ。
広間に歓声が響き渡った。
「やった!」
「旗が戻ったぞ!」
リオは飛び跳ね、トルクは黙ってうなずき、リナは剣を収めながら口元を緩めた。
幽霊少女は布の上を舞い、柔らかな声で囁いた。
「……波が、繋がった」
6.町の誇り
翌朝。
港の丘に人々が集まり、縫い直された旗が高々と掲げられた。
潮風を受けてはためくその姿は、夜襲も裂け目も乗り越えた誇りそのものだった。
「うおおおお!」
「港町の旗だ!」
「また海を守ってくれる!」
町中が歓声に包まれる中、マリエは震える声で言った。
「……私、本当に縫えたんですね」
私は彼女の肩に手を置き、にっこりと笑った。
「うん。あなたが縫ったんだ。仲間と一緒に」
港町の人々は皆、涙を浮かべながら旗を仰ぎ見ていた。
その瞬間、裂け目はもうどこにもなかった。




