第四十二話 縫い子たちの誓い
1.港町の朝
潮風に混じって、魚を焼く匂いが漂ってきた。
宿の窓を開けると、朝日が海面に道を描き、その上を白いカモメが飛んでいる。
「大家さん、起きてください」
マリエが控えめに声をかけてきた。
「旗の布を見直したいのです。……町の縫い子たちにも力を借りたい」
彼女の瞳は強い決意に満ちていた。
昨夜、刃物による裂け目だと判明してから、不安もあるだろうに――それでもマリエは布に向き合おうとしている。
「一人じゃなくていい。みんなで縫えばいい」
そう答えると、マリエは小さく微笑んだ。
2.縫い子の集会
商会長の紹介で、町の縫い子たちが商会の広間に集められた。
年配の女性や若い職人、旅の仕立て屋まで十人以上が並ぶ。
「嵐で裂けた旗を直すんだってな」
「いや、あれは人の手だ。縫うだけで済むのか?」
ざわめく声の中、マリエは一歩前に出た。
「旗は町の象徴です。誰が裂いたのかはわかりません。けれど――再び立ち上がる姿を見せることが、港町を守る力になるはずです」
震えながらも、はっきりとした声。
その言葉に、縫い子たちは互いに顔を見合わせ、やがて頷いた。
「いい娘じゃないか」
「町を守るためなら、針を持とう」
こうして即席の「縫い子団」が結成された。
3.布と向き合う
広間に旗の布を広げると、その大きさに皆が息をのんだ。
長さ十数メートル、重みで床にずしりと沈む。
縫い子たちは手分けして布を支え、裂け目を確認する。
マリエは糸箱を開き、青と白の糸を並べた。
「縫い目は見えないように。でも強く、波の力を受け止められるように」
彼女が説明すると、縫い子たちも真剣な表情で針を手に取った。
リオは不満そうに見守っていたが、やがて腕を組んで言った。
「なあ大家さん、俺たちにできることないのか? 針なんて細かすぎて無理だけどさ」
トルクが木槌を肩に担ぎ、淡々と答えた。
「布を広げる台を作ろう。旗を縫うには張りが要る」
リナは窓辺で外を警戒しつつ言った。
「私たちが守る。邪魔をしようとする者が必ず来るはず」
幽霊少女は布の上を漂い、ひとつひとつ裂け目をなぞった。
「……ここ、深い傷。でも、縫える。みんなでなら」
4.縫い子の誓い
針が走るたび、布が少しずつ繋がっていく。
青い糸が波を描き、白い糸が帆を支えるように走る。
昼休憩、縫い子の一人が言った。
「正直なところ、怖いさ。旗を裂いた連中がまた狙ってきたら……」
マリエは針を置き、静かに答えた。
「怖いです。私も。けれど、ここで諦めたら、旗を裂いた人の思うつぼになります」
その声に、他の縫い子たちもうなずいた。
「そうだな……私たちは針を武器にする」
「縫い目は町の誇り。絶対に仕上げよう」
皆が互いに目を合わせ、口々に言葉を重ねた。
――「旗を縫い上げるまで、誰も逃げない」
それがこの場で交わされた誓いだった。
5.迫る影
夜。広間の窓から潮風が吹き込み、灯火が揺れていた。
リナが剣を膝に置き、低い声で告げる。
「外に怪しい動きがある。旗を狙ってる」
縫い子たちが顔をこわばらせる。
だがマリエは震える手を重ね、仲間に言った。
「大丈夫です。守ってくれる人たちがいます。だから、私たちは針を止めないで」
その言葉に背中を押され、縫い子たちは再び針を動かした。
私は心の奥で強く思った。
――誰が裂こうとしても、この旗は必ず繋ぎ直す。
仲間と、この町の縫い子たちと共に。




