第四十話 港町からの手紙
1.祭の翌朝
再会祭の翌朝、アパートはまだ眠っていた。
机の上には食べ残しのパン、椅子に掛けられたままの上着。
リオはソファで大の字になって眠り、トルクは床に座ったまま舟を漕いでいる。
私はそっと広間を片付けながら、静かな余韻に浸っていた。
――みんなが帰ってきて、笑い合える場所。やっぱりこのアパートは、何よりの宝物だ。
すると玄関の扉が、こんこん、と叩かれた。
2.手紙の到来
扉を開けると、そこには町の郵便屋の少年が立っていた。
「大家さんにお手紙です!」
差し出された封筒は分厚く、表には青いインクで「港町連合商会」と記されている。
港町――。この地方でも最大規模の交易地で、海と船の文化で栄える場所だ。
私は驚きながら封を切った。
3.手紙の内容
中から現れたのは、丁寧な筆致の文。
『拝啓 山越えと旗の大業を成し遂げし大家殿ならびに住人一同様
港町は今、新たな難題に直面しております。
嵐により交易旗が裂け、海路の守りが揺らいでおります。
どうか、あなた方の縫いの力をもって港町を救っていただきたく、使者を送りました。
お越しの際には、宿と船を用意してお待ちしております。』
最後には、波を模した商会の印章が押されていた。
「港町から……旗の修繕依頼?」
私は声に出して読み、眉を寄せた。
4.仲間たちの反応
「おはよー! 何それ!」
リオが寝ぼけ眼で飛び出してきて、手紙を覗き込む。
「港町!? 海だよな! やったー! 海に行けるんだな!」
マリエは目を輝かせながらも、少し戸惑った。
「海……。見たことないです。広いのでしょうか……」
リナは腕を組み、真剣な顔で言う。
「港町は交易で栄える分、争いも絶えない。旗が裂けたというのは、ただの事故じゃない可能性もある」
トルクは低く唸った。
「嵐か、人為か。どちらにせよ、港町の旗は街の象徴だ。それが裂けたなら、不安も広がろう」
幽霊少女は窓辺に浮かび、遠くを見て囁いた。
「……波が呼んでる。裂け目は、海にある」
その言葉に、皆が黙り込んだ。
5.出発の決意
私は手紙を握りしめ、皆に向き直った。
「どうする? せっかく帰ってきたばかりだけど……」
リオは即答した。
「もちろん行く! 港町だぞ! 魚もカニも食い放題だ!」
マリエは不安そうに、それでも頷いた。
「旗を縫うなら……私にできること、きっとあります」
リナは小さく息を吐いて言う。
「危険は承知の上。でも、依頼を無視するわけにもいかないわね」
トルクは無骨に肩をすくめた。
「結局、大家の判断だ。お前が決めろ」
私は一度深呼吸をしてから、笑った。
「行こう。港町に」
幽霊少女がふわりと近づき、囁いた。
「……海の裂け目も、きっと縫える」
6.準備の日々
出発を決めた翌日から、アパートは慌ただしくなった。
リオは大声で「水着! 浮き輪!」と叫び、町の商店を駆け回る。
マリエは青い布や防水の糸を用意し、縫い針を何本も研ぎ直す。
リナは港町の地図を手に入れ、船の動向を調べていた。
トルクは木箱をいくつも作り、荷物を効率的に積めるように工夫する。
幽霊少女は夜の海を夢見るように漂いながら、「波……白い波……」と呟いていた。
私は荷物の確認をしながら、みんなの顔を見渡す。
不安もあるけれど、それ以上に胸は高鳴っていた。
――また、新しい舞台が待っている。
7.旅立ち
数日後、私たちは再び馬車に乗り込み、港町への道を出発した。
道の先には潮風が漂い、遠くからカモメの鳴き声が聞こえてくる。
「うおお、もう海の匂いがする!」
リオは身を乗り出して歓声を上げる。
マリエは胸に手を当て、小さく呟いた。
「海……どんな色なんだろう」
リナは地図を確認しながら淡々と答える。
「もうすぐ見えるわ。気を引き締めて」
トルクは無骨に荷物を守りながら言った。
「大漁か、嵐か……港町は賭け事と同じだ」
幽霊少女は空を見上げ、遠い波音を聞いていた。
「……海が待ってる」
私は馬車の手綱を取りながら、胸の奥で思った。
――旗を縫い、裂け目を繋ぎ、今度は海を渡る。
こうして、アパートの仲間たちは新たな旅へと漕ぎ出した。




