第8話【青空工房と醸される果実】
未だ陽の光が照らぬ未明、屋敷の庭の一角で蠢く者たちがいた。
その者たちは暗がりで不明瞭だったがせっせと土を盛り、人の背丈程の土の“かまくら“が出来上がり、レンガでできた短い煙突が建っていた。
そんな彼等を薄紅色の瞳で見つめる銀髪の少女がいた。
「そなたら、もう十分じゃ、退いて良いぞ」
銀髪の少女ことミュルタレは体から紫色の微光を帯びながら、握りこぶし大の真紅の珠を突き出すと、暗がりで蠢く者たちは吸い込まれる様に消えた。
ミュルタレはかまくらの周りを見廻り出来具合を確かめる。
そして、歪だった場所を見付ければミュルタレは揺らぎの無い簡単な土石魔導で補修をしていった。
「まぁ、こんなモノで良いかのう……、あとはミーナの領分じゃな、うむ!」
ミュルタレが確認と補修をし終えた頃には地平線から日が昇り始め、夜空一色だった空に陽の光でグラデーションがかかっていた。
陽の光に照らされたミュルタレの銀色の髪はその光を吸い込んだかのように輝いていた。
「結局、夜を徹してしまったか……、良い土を見つけたのう、ノブハーツ?」
彼女の視線にはグッタリと疲れ果てたノブハーツがいた。 ノブハーツは屋敷の庭の外から土石魔導でかまくらに使う土を運び、その量の多さ故に魔力が尽きかけていた。
「ミュルタレ様……、ありがとうございます……、他に何か……」
「よい、休め、よくやったノブハーツ、支度は整った
(全く、ミーナの奴め、青銅を鋳るための炉を作らせおって……、路中といい、この借りは大きいぞ)」
屋敷の自室で眠るオリヴァーは差し込んだ日の眩しさに目を覚ます。
そして、重く開ききらない瞼の外から嗅いだことのある香水の香りがした。
ぼやける視界が晴れるとそこには褐色の肌に赤い瞳をしたミーナが覗き込んでいた。
「どうする、オリヴァーちゃん? 朝ご飯にする?
そ・れ・と・も〜、わ・た・し?」
起きたばかりのオリヴァーは寝惚けながら睡魔と空腹に抗い切れず、無気力に力無く答えてしまう。
「朝ご飯……、たくさんで……」
「あらあら、アーサーに似て真面目ね……、それに朝が弱いのもそっくりね」
ミーナは二度寝しかけるオリヴァーの両肩を掴んで上半身を起こさせ、グワングワンと身体を揺すり完全に起こさせた。
「お〜い、オリヴァーちゃん、起きろ〜、朝だぞ~、お〜い」
その日の朝食の食卓には、チーズを乗せたパン、焼きめの入ったソーセージ、蜂蜜入りのロールパン、そして旬の葡萄が並んでいた。
チーズを乗せたパンは窯でこんがりと焼かれ、パンやチーズの表面は狐色で芳ばしく、口にすればサクッと音がなり、ほんのりと蒸気と溶けたチーズが漏れ出た。
この地方特産のソーセージは動物の皮や腸詰めがされておらず、肉のペーストにレモングラスの様なハーブと少量のブルーチーズと薬味のネギとパン粉を混ぜた物を直に焼き、塩とオリーブオイルで炒めた料理だった。
その外見は動物の軟骨も含まれているためか現代で言う”つくね”の様な見た目に近かった。
蜂蜜入りのロールパンは当時としては希少な甘味だった蜂蜜がふんだんに使われ、甘い香りを漂わせ、甘味好きの女性陣を満足させていた。
それに加えて、テーブルに並ぶ旬の葡萄は秋の到来を感じさせながら、今年作られるワインの良し悪しを予見させた。
ミーナは葡萄を何粒か食べて呟く
「連合王国産の887年は豊作ね、10年……、いえ、100年かしら長期熟成物が楽しみだわ……、
さて……、あの子たちも実り豊かであれば良いけど……」
ミーナはペロリと舌なめずりをしながら、視線を食卓に現れたオリヴァーに向けていた。
そして、遅ればせながらオリヴァーが席につくとミーナはそれらの料理をお皿に山盛りにつけてまわした。
「えっと……、ミーナ様、これはいったい?」
「ご注文通りよ♬ きちんとお食べなさい」
朝食を済ませたミュルタレ、ミーナ、エリーザの3人とオリヴァーは青空の下、庭に簡易的にこしらえた工房に来ていた。
オリヴァーの授業は最初に3人からゴーレムについて概要を教えて貰い、彼女達の制作過程を見る事から始まった。
ミーナが水色の微光を帯びながら土石魔導で土の地面にゴーレムの概略図を瞬時に描き、図を木の棒で各部を指しながら説明を始めた。
「オリヴァーちゃん、ゴーレムは大事な要素が3つあるの
それは『ボディー』、『コア』、『魔導刻印』の3つで、コアが魔導刻印を介してゴーレムのボディーを制御しているわ
今回のゴーレム作りでは『ボディー』は私、『コア』はミュルタレ、『魔導刻印』はエリーザちゃんが担当するわね」
「じゃあ『ボディー』の説明だけど、ボディーはコアを中心に動くゴーレムの身体の事を言うわ
このボディーは様々な形状や様々な材質が使えて、人間よりも動物のゴーレムがよく作られていて、一般的には木材や石、それに金属がよく使われているわね
今回、作る工程を見せたいから分かりやすくて大きさ的に丁度いい人型ゴーレムを作るわ」
そう言いながらミーナは土に書かれた概略図に説明した内容を土石魔導で書き加えていった。
「ミーナ様、ゴーレムを作るのにわざわざ加工しなくても粘土や液体の様なものを使ってはダメなのですか?」
「えっとね、水の様な液体や砂の様な粉末はゴーレムのボディーとして使えるけど形状を維持したり、変形させ続けることで処理能力や魔力をバカ食いしちゃってコアの制御能力が落ちたり、力がかなり落ちちゃうから余り良い手ではないわね
そうね、大昔は加工技術が未熟だったから泥や土で作ったゴーレムもあったけどかなり動きが緩慢だったはずね……
だから、一番コアの力を発揮させられるのは人形のように関節を持ったボディーを用意することになるわ
それで今回は人型の人形のようなボディーを作るから手軽に加工できる木材を使ってパーツを作って、頑丈な魔青銅で関節を作ってパーツを繋げていくわ」
そして、ミーナはゴーレムの図で腹部の部分を指し示すと説明を続けた。
「あと、ゴーレムのボディーで大事な部分があるの
それは『インテーク』よ、インテークは風の中に漂う微量の魔力を取り込んでくれるパーツで、インテークが取り込んだ魔力がコアへ供給されてコアからボディーへ送られるから魔力が取り込めないとゴーレムは活動できなくなってしまうわ
これの材料には最果ての地の特産『魔絹』が必要で、魔絹は生き物が多い場所で風に当てると魔力が流れる特性があって、流れた魔力を扱うには高度な刻印魔導が必要となるからエリーザちゃん説明お願いね!」
エリーザはミーナから木の棒を渡され、咳払いをしてから刻印魔導について説明をした。
「わかったわ……ミーナちゃん、オリヴァー君?
いつも魔導を発動させる時は『魔力を発して』、『術をイメージして』制御すると思うけど、刻印魔導は事前に印した古代文字に魔力を流す事で『術のイメージ』を代行してくれるから魔力を通せば魔導が発動できるようになります
これは色々な魔道具にも使われているのだけど、ゴーレムに施す刻印魔導はこれの延長線上にある技術です」
エリーザはそう言いながら刻印が各部に施された手の平サイズののっぺりとした人形を取り出して、緑の微光を帯びながら人形に魔力を与えると軽快に動き始めた。
その様はまるで操り糸で動くマリオネットの様にカチャカチャと音を立てて、傍から見れば人形遊びをしているようだった。
「すごい!刻印魔導でこんなことができるのですね!」
「この人形はコアとインテークがない簡易的なゴーレムみたいなもので、いま私は刻印魔導を介してこの人形のどの部分にどれだけ魔力を流すのかを一つ一つ制御しながら動かしているところです
刻印魔導を色んな場所に記入することで魔力を四肢の末端まで行き渡らせて力に変換できるようになります
こうした制御をコア、魔力供給をインテークに任せることができればゴーレムが出来上がります
そして、この様にコアがないボディーを『素体』と呼んでいます」
エリーザは目配せしてミュルタレに『コア』の説明を任せる。
「そうじゃな……、
この『コア』はゴーレムの心臓であり頭脳でのう、ゴーレムの魔力をボディーに供給したり制御したりするのじゃ
それ故に高度な動きをさせたい場合や大きなボディーを動かす場合にはそれに伴って大きなコアが必要じゃ
正にコアの大きさや材質や作成時に込めた『モノ』や魔力量に応じてゴーレムの能力が定まるから正真正銘ゴーレム作りの肝じゃな……、ここまでで何か質問はあるか? オリヴァーよ?」
オリヴァーはミュルタレが口にしたある言葉が気になっていた。 これはオリヴァーが何度書籍を読んでも分からなかった内容でもあった。
「ミュルタレ様、込めた『モノ』とは何ですか……?
ゴーレムについて書籍を読んだのですがコアについて書かれた部分の表現が……、何と言うかとても分かり難かったのです」
ミュルタレはニコリと笑った。
オリヴァーの質問はミュルタレが望んだ的確な質問だったからだ。
「よい質問じゃ、オリヴァーよ
さきの『モノ』と言うのはのう、霊魂やその残滓のようなものじゃ……、分かり易く言えば魂じゃ
麿の死霊魔導でコアに死霊とも呼べぬバラバラに崩壊した霊魂の残滓を宿らせ、魔力を込めることで作られるのじゃ」
オリヴァーはその答えに驚いた。
それ程までに書籍にはそれが分かるような書き方をされていなかったのだ。
「ミュルタレ様、何故書籍にはそれが書かれていないのでしょうか? とても重要なことではないのでしょうか?」
「それはのう、オリヴァーよ、重要じゃからじゃ……、
この魂を扱う死霊魔導は秘匿せねばならぬ代物でのう、軽々に情報を明かしてはならぬのじゃよ……、何しろ生死を扱う魔導は強力すぎるからのう……、たった一人の死霊魔導で滅んだ国も有るほどじゃ……」
「強すぎる力には責任が伴うのですね……」
「そうじゃ、知るだけで背負うものが大きいからのう、今ここでお主に教えるのは後日、死霊魔導を一通り指南するからじゃ
それにゴーレムで扱うものがものなのじゃ
コアに封じる魂はボディーに合わせたモノが望ましくてのう、例えば……そうじゃのう……」
ミュルタレは遠くで佇むゴーレム馬車へ指を指した。
「お主も近くで見たであろうゴーレム馬車を?
黒いのが『ファリス』と白いのが『マレンゴ』というのじゃが、あの馬型ゴーレムにはそれに合わせて馬の霊魂を用いたコアが使われておるのじゃよ
今回は人型ゴーレムを作るから人の霊魂の残滓を用いたコアを作成することになるのう」
「人のですか……?」
「うむ、じゃが、霊魂の残滓は死霊漂う場で生まれる最早自我のないアンデットに近い代物と言えるのう」
そして、ミュルタレは透明なビー玉サイズの珠と同じぐらいの真紅の珠を取出してオリヴァーに見せると更に説明を続けた。
「これは魔石じゃ、魔物の核を浄化させることで透明な魔石を生み出し、そこへ霊魂を封じることで赤い珠となるのじゃ
鳩の様な小型のゴーレムならばコアはこのままでも良いのじゃが、今回作るゴーレムは人間大、大型じゃからコレでは足りぬから水晶と混ぜてより大きな魔力を制御できるようにする
まぁ、この辺りはミーナの領分じゃ、ゴーレム作りが始まれば見ることが出来よう」
3人からの説明が終わり、ゴーレム作りが始まった。
今朝出来たばかりの炉に火が焚べられ、青銅を溶かし始めていった。
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