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第二十九話 フローライト・エゼルは覚悟を迫る。

 諸々の計らいの結果、何事もなかったかのように狩猟祭は終了し、続けて行われた慰労祭も盛況のうちに閉幕となった。


 特に一流料理人仕込みの海産物のカナッペは好評で、それが新開発の缶詰料理だと知られるや否や購入の問い合わせが殺到した。そして、その企画者がエイダンであったことに驚かれた。意外性もさることながら、『意外と食に興味がおありなのか』と親しみを覚える者もいたようで、フローライトとしてはとても嬉しくなった。


 その後の片付けの際、フローライトはあらためて料理人たちから謝罪を受けた。初めフローライトを拒否する言葉を伝えたのは女性料理人の独断であったが調理場の料理人たちが同じ思いを抱いていたこと、だからこそ状況を知っているのであれば訂正をしなければいけない場面でも誰も何も言い出さなかった、と。


 だが、そもそも初めの女性料理人の言葉に間違ったところは特にないと思っていたフローライトは、道理が通っていたので一切気にしていないと伝えた。

 ただそれだけでは怒っていると誤解を生みそうだったので、急ぎ「もし次の機会があれば是非ご一緒にお仕事できることを願っています」と付け加えた。

 急いで考えたそれも嫌味っぽくはないかと心配ではあったものの、何も言わないよりはマシだったと信じたい。


 しかし、狩猟大会が終わり再び平穏な日々がやってくるとエイダンと共に過ごす時間はグッと減ってしまった。

 もとより忙しいエイダンの元へ理由もなく何度も訪ねることがフローライトにはできない。


(私の予定なんて意地でも変えてみせるけれども、エイダン様のご予定となればなかなか難しいことだわ)


 しかもこのエイダンの忙しさは元の仕事に加え、ラーランドの関係が多くあるためだ。

 国王の考えはおおよそエイダンが口にしていた通りで、『実力行使に出てくれれば芋づる式に片付けることが楽である』という程度に考えていたようだ。

 そしてエイダンに関しては今回のことですらなんとかできないようであれば次期国王として資質が足りないのだろうと思っていたようだった。

 ただし国王はエイダンが武力を以って暗殺を阻止すると考えていたのに対し、実際はフローライトが割り入ったのは想定外のようだったが。


(エイダン様のお父様とはいえ、陛下ももっとエイダン様の安全を考えてくださらなければ……! いえ、エイダン様がお強いのは聞いていたけれど、それでも心配ですし!)


 そもそも具体的な数値でわかるものでもないので、いくらフローライトにエイダンマニアの自覚があってもそれを把握し切るのは無理がある。


(でも……優しくて、底抜けに強いとなれば、その両面がより強調されるじゃない……!)


 そんなことは素敵すぎるという以外、なんと言っていいのかわからない。

 フローライトは思わず顔を覆った。


(私、本当にすごい方の婚約者候補だわ)


 ちなみにエイダンの護衛の片割れであったやる気のなさそうな男は、もうラーランドに遠方で暮らす家族に害を与える可能性を示唆されたことに加え、一つの軍規違反……休日に街で副業に従事し収入を得ていることを報告すると脅されていた。

 男が免職になり得る違反を行った理由は家族の治療費のためで、しかし職を失えばそれどころではなくなることに焦りはした。ただ、さすがに脅しに屈し加担すれば発覚時に家族ともども命を失いかねないことを考え、クビ覚悟で近衛に報告したらしい。

 その結果服従していると見せかけ王の護衛に情報を流す役割を命じられ、さらに最後は王子側に寝返ることを予定していたものの、フローライトの乱入でどう立ち回ればよいのかわからなくなり、動くに動けなくなっていた、ということだった。

 その結果エイダンには疑われるし、あの場では何を言っても言い訳になりそうで生きた心地がしなかった……と、男は後日エイダンに告白していた。

 その後、彼はエイダンの側近へと昇格された。


 そのことをフローライトは少し羨ましく思っている。

 エイダンのための仕事ももちろん大歓迎だが、一日一時間、いや、十分でいいのでエイダンの側でできる仕事なら是非かわってほしいと思ってしまう。


 慰労会の時に試作品を作っていた部屋でそんなことを考えていたフローライトは、今後の高級缶詰の対応についての資料をエイダンに渡すために作っていた。


 そんなとき、部屋にノックする音が響き、フローライトが返事をする前にドアが開いた。


「よう、今日も励んでいるな」

「ハロルド殿下。そのお姿は……今から御出立でしょうか?」

「ああ、世話になったな」

「いいえ、私は何も。ですが、立ち寄っていただけたのは幸いです。まだ試作の段階ですが、殿下が狩られたものの缶詰をお土産にと思いご用意しております」

「ああ、獲物を預けていたな。ありがたい」


 そう言いながらハロルドは部屋の中を進む。

 そして振り向いた。


「エイダン殿も早く入ってきたらどうだ」

「あら、エイダン様もご一緒なんですね」


 気付いていなかったが、見送りにいるなら不思議ではない。ただ、まったく声もないので気付かなかった。


「……エイダン様?」

「ああ……いや」

『嘘だろう!? ハロルド殿下はなぜ返事を待たずに開けたんだ。完全に部屋に入る許可を得るタイミングを逃しただろう!?』

(なるほど、絶句なさっていたから、ドアが開いていても私が気付かなかったんだわ)


 だが、そんな律儀なところに心がほくほくとしてしまう。

 一方でハロルドは肩を竦めた。


「人の婚約者に会うのに二人きりはいかがなものかと思って今のタイミングにしたんだ。外では意味がないだろう」

「あの、ハロルド殿下、私はまだ婚約者候補にすぎませんので」


 以前パイを作りながらさらっとエイダンとの関係性を伝えたことはあったが、候補者という経緯を経て婚約者になるという形式が一般的とも言い難いので、重要なところでも忘れられたのかもしれない。

 そう思うフローライトが思って訂正すると、ハロルドは首を傾げた。


「お前より有力な候補でもいるのか?」

「これからいらっしゃるかもしれないでしょう?」


 現に候補者が増えたことはあったのだ。

 当たり前のように返せば『面白いな』とニヤニヤした顔のハロルドが心の中で思っていた。

 何が面白いのかと思うも、尋ねる前にハロルドがエイダンの肩を叩いていた。


「エイダン殿も大変だな」

(そうですよ、エイダン様はとてもお忙しいのです)


 しかし面白いと労わりがなぜ同じタイミングなのかと不思議に思っているとエイダンが固まっていた。


(まるで美しい石像のよう……ではなくて! どうなさったのかしら……?)


 思考も止まっているエイダンに向かってハロルドは歯を見せて笑った。


「まぁ、次に来る時も楽しみができてよかったよ」

「それは何より……でございます?」

「もし候補者から昇格することがなければ私の国に来てくれ。婚約者にすぐに据えよう」

「あら、お上手ですね」


 年のわりになかなかの口のうまさだと、フローライトは感心した。

 実際にそのようなことをするには難しいと思うのだが、社交辞令とわかっているなら問題ない。


「ハロルド殿……!」

「おや、石化の呪いは解けたのか」

「黙っていられるわけもないでしょう!」

「ならば、それをフローライトにしっかり話しておいた方がいいんじゃないか? 私の見送りより大事だろう?」


 そう言いながら、ハロルドは退出しようとする。


「見送りはここで結構。後日面白い話が聞けることを楽しみにしてるさ」


 そうして部屋の扉を閉めて本当に帰ったようだった。


「……エイダン様、いかがいたしましょう?」


 見送り不要と言われても、数日共に過ごした友人を見送らないのはどうかとも思う。

 だが、エイダンは「構わないんだろう」とため息をつきながら『なんという振りを残して行くんだ。絶対企んでいただろう……!』と、頭を抱えんばかりの勢いをもって心の中で叫んでいた。


「エイダン様?」

「ああ……いや。ハロルド殿の言うことも一理ある。一理あるが……まとまってない言葉を伝えることになるが、構わないだろうか?」

「? もちろんでございます」


 何が構わないのかわからないが、エイダンの言葉で拒否が必要になることなどないはずだ。

 そんな思いから応えると、エイダンと視線が真っ直ぐと合った。


「以前、その、うまく伝えられていなかったようなので、改めて伝えたい」


 いつもの、特に抑揚があるわけではないエイダンの声の裏には、非常に大きく忙しない拍子が鳴っている。それが心臓の音のようなものだということは直ぐに把握でき、また、それほどエイダンが緊張した状態であることも伝わる。


(まさか……候補者からの落選!?)


 あり得ない話ではない。

 慰労会は成功しているが、隠されていたミッションではイレギュラーな行動をとっている。

 そこで扱いにくいと判断されれば別の候補者を探すことになるだろうし、エイダンがその事実を告げようとしていたのにハロルドが今後の和やかな話をしたというなら……。


(待って! 可能性は考えていたけれど唐突すぎるわ!)


 むしろ気付かなかったことがお気楽すぎたのかもしれないが、そうなればフローライトの心臓の音もどんどん大きくなる。それはもはやエイダンの音が聞こえないほどだ。


「これからも、側で支えて欲しい。私も支えられるだけの人物であるよう、誓う」

「……え?」

「嫌か?」

「いえ、思っていたのと違うというか……。って、え?」


 候補者落第宣告かと思えば、少なくとも続投できる言葉である。

 ただ、理解が追いつかない。


「少なくとも領地に帰りたいと言われない限り、嫌ではないと勝手に判断するが」

「ええっと……もしかして、ハロルド様を私が誘ってくださったことをお気になさりましたか?」

「……ああ」



 真面目!

 そして可愛い!

 そう、フローライトの心はときめいた。気持ちもどんどん高ぶってしまう。


「ハロルド殿下はご冗談を仰っただけですよ。それに、私はエイダン様のお側で精進するとお約束しておりますわ」

「家臣として、か」

「はい。しかし、いつか候補者から卒業できるようにも頑張らなければいけませんね」


 そのためにも、まだまだ頑張る必要はあるだろう。誰かに認められるためというより、エイダンの隣に立つための努力はいくらあっても足りないはずだ。


「な、んて」

「エイダン様?」

「いや、今」

「今……?」


 何か口にしただろうかとフローライトは考えた。

 だが、フローライト自身は肯定の返事を力強くしたものの、後はすべて心の中で言っていただけであるはずなので、何を尋ねられているのかよくわからない。


「いや……確かに、約束していたな」

「まさかお忘れだったのですか!?」

「忘れてはいない、忘れては!」

『ただ、自分のことをこれほどまでヘタレだとはと思っただけだ!!』


 自分の心音が聞こえなくなり、急に狼狽えたエイダンの心の声があまりに大きく、フローライトは固まった。


(ヘタレ……とは?)


 いったい何の話だろう。

 話が全く見えずフローライトはエイダンをじっと見つめた。

 するとエイダンは観念したかのように口を開いた。


「……ただ、行きたいと言われる可能性だってあるだろう。止め方がわからなかった」

『いや、本当はもっとあるが、口にできるのはこちらだけだ。仕方ないよな? そうだよな?』


 心の声を聴く限り、話してくれた内容以外にも強い思いがあるのだろう。

 ただ、話されたこともフローライトのことを思った内容だ。


(行きたいと言えばそれを尊重してくださるのも、優しさではある)


 行きたいと言えば止められはしないが、残念だと思ってはもらえるのだろう。

 初めて呼ばれたときから、エイダンはフローライトの意思を尊重すると考えてくれていた。

 だが、その優しさにフローライトは初めて強烈に不満を抱いた。


「私の覚悟はそんなに甘くはございません。どうか、エイダン様もお覚悟くださいませ」


 そうして堂々と告げると、エイダンは『また、負けた……?』と言っていたのだが、フローライトは不思議だった。

 勝負はしていないはずなのだが、と。


 そしてこの彼女の疑問が解けるにはまだ数年の時間が必要になった。



※※※



 後世、アレグザンダー王国が特に栄えた時代の王の名にエイダン王が記される。

 エイダン王の政治手腕はさることながら、彼の妻も歴史家の中で良い評価を受けている。

 そしてこの国王夫妻は非常に仲が良かったとされていたことから、縁結びのご利益があると一般人にも親しまれている。


 もっとも、このことを仮にエイダンが知ることができたなら『ご利益など求めず上手く伝えるための苦労を味わうべきだ』と、真顔で言っただろう。


ーーー

お付き合いいただき、ありがとうございました!

このお話で一旦完結とさせていただきます。

まだ番外編や第二部は未定ですが、掲載することがありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


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