8話 迷宮狂葬曲 その5 慟哭
「――UOOOOOOOON!!」
勝鬨のような遠吠えを上げる狼さん。目の前で倒れてるローズリリイを食べる気満々という。
なぜここで俺は水属性の上級魔法を撃てないのか。カリュウーグ使っとけや、まじで。
童貞は再び困難に直面しておりまする。
しかし、このままではツンデレお嬢様が超高確率でバットエンド赤ずきんちゃんとなってしまう。
これが同人誌であれば、狼さんとめでたく強制膜ブレイクを果たしてくれる流れなのだが、今回はリアルでツンデレお嬢様が死にそうだ。
下卑た狼にNTR展開ならまだしも、童貞の目の前でツンデレお嬢様をリアルに食べられてたまるか。
……やらせない。
やらせてなるものか、ツンデレお嬢様。
ただ、相手は兄貴クラスの規格外モンスター、格上もいいとこだ。
誠に残念ながら童貞がどうにか出来るレベルではないことは確かである。
「リリイさん、立ち上がって逃げてください!!」
「うっ……」
童貞の呼び掛けに反応するものの、やはりローズリリイは動けない。
尻尾直撃のダメージは深刻のようだ。
あーー、どうしようどうしようどうしよう。
ツンデレポジがいなくなるのは嫌だ!
せっかく童貞の元へとご降臨されたと言うのに!
なんとかしないといけないのだが、頼みの綱となる竜刃も爆炎千魔もあの狼には通じない。
しかも下手に攻撃しようものなら、高確率で超反応状態となった狼さんの炎と爪のダブルカウンターを喰らい、人生のゲームセットとなる気がしてならない。
まさに鬼畜ゲーもいいところ。なぜこの世界には残機設定概念がないのか?
ああ、もう! 俺にもカリュウーグのように選びたい放題の魔法ラインナップがあると良いのだが、こんな土壇場で狼の弱点であろう水魔法が生えるわけはないし……。
――あれ、待てよ?
カリュウーグの魔法??
それだーーー!!!!
あるじゃん、俺にも使えそうな魔法が!!
絶望的に相手が強くても、そのいかんともし難い実力差さえ覆すカリュウーグ直伝の鬼畜魔法があるじゃん!!
そう、かつて童貞を封じ込めたアレだ。
鬼畜には鬼畜を返そう。
そして考えるよりも先に呪文詠唱をしていた。
「――エルナザート・レクシン・バッサーム、永劫の怠惰を求めし愚者よ、至高の領域にて我が敵を封じ込め滅せよ、……封滅結界ー!!」
間一髪。
今まさにローズリリイへと飛び掛からんとした狼さんの周囲に展開される十六面体のガラス壁。
勢い凄まじく、結界内にも関わらず壁に激突した鈍い音が響き渡る。
が、すぐにむくりと起き上がる狼さん。
なぜか周囲を二、三度キョロキョロと見渡していた。まだ自分の身に起きた現状を理解出来ていないのだろう。
しかしすぐ目の前で倒れているローズリリイを目にすると。
「GYAUGYAU!!」
再び襲い掛かるという。
もちろん結界があるので、すんでのところで阻まれた。
もしかして結界が見えていないのだろうか?
犬種って目が悪いって言うもんね?
まぁ、でもあれが犬種に分類されるかは甚だ疑問だけど。
「GUGUgruuuuu!!」
口から大量の炎を撒き散らしながら、何度も噛みつこうとトライする狼さん。
頭のおかしい飼い主に一週間ほどお預けをくらった犬のようになっている。
あまりもたもたしていると結界を破壊されかねんな……、仕方ない、……やるか!!
「可哀想ですが、これで詰みです」
祈るかのようにパンッと両手を合わせる童貞。合わせる両手に魔力をグングン込めていく。
と、同時に結界も急激に縮小していった。
「GU……gruuuuugaRUUU!?」
いつぞやの童貞のように結界の圧力によって押し潰されていく狼さん。
すまんね、とても残酷だがこれしかキミを倒す方法がなかったのだよ。
恨むなら地上に出て来てしまった自身の不幸を呪ってくれ。だから悪く思うなよ?
「終わりです!! はぁぁぁぁぁ!!」
苦しませることはないと思い、ありったけの魔力を消費して結界を限界まで縮小させていく童貞。
「――GYAGANNnnn!?」
鈍い音と共に一気に潰れていく狼さん。
そして。
――パリィィィィン!!
米粒大ほどの大きさまで小さくなると結界が割れて狼さんの肉片ともども消滅した。
「たっ……、倒せた……のか?」
気配察知で慌てて周辺を探るが、狼さんの禍々しい気配は感じられない。
よしっ!!
なんとか無事に狼さんの討伐に成功したようだ。
しかし。
「はぁはぁはぁ……、なんつー魔力消費の激しい魔法だよ。ぶ、ぶっちゃけ魔力ギリギリだったし。まじでこっちが死ぬかと思った!」
この結界魔法を使ってみて、いかにカリュウーグが凄かったのか改めて理解出来た。
魔力強化した童貞ですらこれだ。間違いなくカリュウーグの魔力設定値はバグってると思う。
――って、そんなことよりも!
「リリイさん!!」
らしくなく地面に蹲っているローズリリイの元へと駆け寄る童貞。
想像以上にダメージを負っている可能性もある。
早く回復魔法を掛けてあげないと。
「リリイさん、大丈夫ですか!? 今、回復魔法を掛けますから!!」
ツンデレお嬢様を抱き抱えると、その口元には血を拭ったような跡が窺える。
やはり内臓をやられてる可能性があるな。
するとローズリリイも反応する。
「うっ……ヨハン……」
いつもよりも弱々しいツンデレお嬢様。
くそっ、可憐やんけ!
これがデフォなら言うことないのに、なんてことが脳裏をよぎるが今はそれどころではない。
お嬢様の一大事である。
「すぐ治しますから、ヒール!!」
周囲の狗魔狼はルナ氏やケイシー、そして先ほどまでガクブルしていた騎士さんたちが駆逐してくれてるので、その隙にお嬢様が動けるくらいに回復したい。
まあ、仮に襲い掛かってきても怒りの爆炎千魔で殲滅するが。
「ねぇ、ヨハン? 治療は大丈夫だから……聞いてほしいことがあるの。……お願い」
お嬢様が、らしくない様子でらしくないことを言い始めた。
なんの冗談だよ、まったく。
まじそう言うのいいから。
それに可憐バージョンのお前が言うと胸がキュン死するんだよ。生粋の童貞メンタルをなめんな。
「リリイさん、何言ってるんですか!? 大丈夫です、必ず治しますから!」
魔力が枯渇し掛かってるせいか、頭がキンキンする。
が、そんな痛みなどなんぼのもんじゃい!
例え脳みそが破裂しようとも、このツンデレお嬢様(可憐バージョン)だけは命に変えても童貞が治す!!
「……ヨハン、お願い……、ね、聞いて?」
弱々しくもお嬢様の必死のお願い。
く、これは……ダメなのか?
まじのやつなのか?
ローズリリイの変わり身の振り幅が大きすぎて、まじのやつにしか思えないんだけど……。
ごくりと喉を鳴らし覚悟決めて言葉を絞り出す。
「リリイさん、なんでしょうか? 自分に出来ることであればなんでもやりますが?」
「ほんとに? ……嬉しい」
そう言って静かにニコリと微笑むローズリリイ。
ぐおぉぉぉぉぉぉ、あかんあかんて!!
これがギャップ萌えと言うやつなのか!?
どうしよう、一番ときめいてはダメな奴にときめきが止まらないんだけど?
まじで可愛いんだが?
え、逆にもしかして童貞を殺しにきてる?
死因がキュン死とか末代までの恥なんだけど?
ま、それならそれで童貞の遺伝子はここで死滅しますがね。
「ええ、ですから何でも言ってください」
ツンデレお嬢様が可憐すぎて、つられて童貞もここぞとばかりのキメ顔で微笑み返す。
「あ、あれ……」
「あれ? なんでしょうかリリイさん?」
お嬢様の震える指先が童貞の頬を掠める。
こ、これはお手手を握った方がいいのか?
いや、握った方がいい!
お嬢様の今わの際である。
確実に、後悔なく、ねっとりと握った方が良いに決まっている!!
童貞がお嬢様の手を取ろうとすると、お嬢様が言葉も絶え絶えにこう呟く。
「あ……あれが、……欲しいの」
あれ?
あれとはなんぞや?
伸ばされた手の先にあるのは童貞の顔。
もう頭に浮かぶのはあれしかないぞ?
こんな場面ですることはただ一つ。
――きぃーーーーすぅーーーー。
え、まじ?
ちょ、ちょ待てよ!
公衆の面前だぜ?
お嬢様がこんな人前でぶちゅぶちゅするなんて、はしたないと思われない?
それに初キスがこんな戦場だなんて……。
――なんてロマンティック!!!!
いや、逆に燃える!!
相手を選べない強制イベントだとしても、心の中では居酒屋店員のように、はいよろこんでーのコールが止まらない。
ルナ氏やカミラさん、そしてマイエンジェルのナタリーさんには申し訳ないが、ここでぶちゅらなければ男としていかがなものかと。
「ヨハン……」
潤んだ瞳でこちらを見つめるローズリリイ。
童貞の返事を待っている様子。
「リリイさん、こんなものでよければいくらでもあげますよ?」
ええ、一度とは言わずに二度、三度、いや千、万、その小さな桜色の唇が真っ赤なタラコと化すまで吸い付いてやろうじゃないか!
げはっ、げははは!!
どうしよう、やましい笑いが止まらない。
童貞がいざ出陣と決意を固め、目を瞑りゆっくりと顔を近づけていくと――。
「ほんとに……? 嬉しい……じゃあ、あの剣は……私がもらう……ね?」
突如としてローズリリイから語られる聞きなれない意味不明なワード。
童貞もハッとなり、閉じた目をパチリと開ける。
「……ん、剣?」
「そう……じゃ、あ、……あの、剣は……わた、しの……もの……」
そう言い切るとガクッと意識を失うローズリリイ。
ローズリリイが指差していた方を見ると、狼さんが消滅した場所にどこかで見たことのある白く輝く魔法陣が。
おいおい……嘘だろ。
よくよくその魔法陣の中心を見ると、なんと一振りの剣があるではないか。
――まさかのドロップアイテムーーー!?
「あの、え、ちょっとリリイさん? ねぇ、リリイさんってば!? それはないって!! ……あれ、なんだろう、おかしいな涙が止まんねえや」
大きく身体を揺らすが、ツンデレお嬢様は嬉しそうな顔で眠ったまま起きる気配がない。
「満足そうな顔して寝やがって……」
あの……、一言言っていいですか?
――ど、ど、どちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!
こうして我々は突如現れたユニークモンスターの討伐に無事成功した。
しかし、その代償は大きかった。
童貞……初接吻ならず。
童貞の血の涙と心の慟哭が止まらない一日となった。
【あとがき】
本日も異世界えぶりでいを読んでくださりありがとうございました♪
明日も更新です。
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