4話 迷宮狂葬曲 その1 迷宮創造者
ダンジョンの視察を始めて一週間が過ぎた。
といっても、視察が出来たのは1~7階までのフィールド階層と呼ばれる場所のみ。さっと流して見ていくだけでも一日一階層が限界だった。
それだけジャスバールのダンジョンは、我々が思ってた以上に広大で自然の多様性が見事に表現された場所だった。
一応、童貞が作成した調査メモは以下の通りである。
・1階層【ラウーゲの森】
樹齢千年超えの巨木が立ち並ぶ森林型のダンジョンと思いきや、まさかの果樹園だった。森を奥に進むにつれ、漂ってくる熟した果実の香り。リンゴ、桃、オレンジと、大きな実を付けた枝が、そこらかしこにお辞儀をするように垂れていた。果実は収穫しても一定の期間が経てばまた実るようで、もっぱらスラム街の住人たちの貴重な収入源となっているもよう。国の規定で、こういった規制のされていない階層では果実や野菜などを収穫するのは自由みたいだ。しかし、ダンジョンを出る際に収穫した作物の量によって出荷税を徴収される。それにより市場バランスを調整しているようだ。
・2階層【フィーア穀倉地帯】
ジャスバールの食料庫。一面広大な麦畑が広がっている階層。そして国が管理している階層でもある。国管理の階層であるため、ここでは一般人は採取不可。住民たちの主食となる小麦の相場が崩れないように、国が小麦相場を管理しているようで、かつて日本であったような米騒動のような事件はないらしい。過去に倉庫から小麦を盗んだ愚か者がいたらしいが、捕らえられて奴隷落ちの挙句、この階層で強制労働という重い量刑が下った。なお現在も働いてるもよう。
・3階層【カウウ畜産牧草地】
こちらも国管理の階層となる。ダンジョンで畜産が出来るように作られた牧草地帯。豚、牛、羊、鶏と家畜の種類も豊富。この階層のおかげでジャスバールでは安定した肉の供給が可能となっている。
・4階層【デルトア湖】
なんと湖が丸々一つ入った階層。海と面していないジャスバール唯一の水産物の採れる場所。円状に広がるダンジョンの淵が湖畔となっており、ジャスバールのおすすめ人気デートスポットの一つでもある。我々が視察時もチラホラとカップルらしき男女がおり、童貞がその場で死ねばいいのにと祈ったほどの階層でもある。
・5階層【ハーバル植林地】
1階層とは違い、樹木の伐採、そして植林を主とした階層。こちらの階層も国管理となる。伐採された木材は専用リフトで直接出口まで運ばれるようだ。
・6階層【サナリー坑道】
もちろんこちらも国管理の階層となる。名前の通り鉱石の採掘が可能な階層で、ダンジョン内は組木のされた坑道となる。見つかる鉱石は、メインは銅や鉄、そして銀に宝石各種。僅かながらミスリルまで採掘出来るようだ。出口直通の専用リフト設置階層となる。
・7階層【ナルーア牢獄】
まさかの囚人収容施設。死刑囚から懲役囚まで多種多様な犯罪者が収容されている階層となる。収監された犯罪者は奴隷印を刻まれ、一切の暴力行為を制限されるという意外とクリーンな環境……と思いきや扱いがえぐかった。まず懲役囚は国管理の階層にて休みのない強制労働を科せられる。犯した犯罪が重いほど過酷な現場に回されるらしい。そして死刑囚は刑が執行されたらそのまま下層に死体は廃棄されダンジョンの肥料……つまり瘴気と化す。おかげですぐ下の8階層は、ジャスバールでも群を抜いて不人気な”アンデッド迷宮”となる。
調査メモを読み返していたが、如何にここの迷宮創造者が人々のことを想ってダンジョンを作ったのかがよくわかる。
1から7階層までは、人が階層を行き来しやすいように、下り階段のすぐ隣に下り階段を設置するという心遣い。
しかも階層内の気候や天候は固定。常に春の陽気に包まれ、七日に一回雨が降るという神設定。放っておいても作物が勝手に育つ。
そもそも採取を可能としたフィールドダンジョンを七階層も用意するなんて、仏の所業と言わざるせざるを得ない。それくらい本来のダンジョンとしての姿から逸脱している。
やはり一度、ジャスバールの迷宮創造者と話しをしてみたいところ。なんとか接触出来ないものか?
しかしジャスバールのダンジョンは出来てから既に三百年の年月が経つ。
長寿種族であるエルフでもない限り、迷宮創造者も現役ではないと思うが、これだけ凄いダンジョンを造ったのだ。きっとその子孫も初代の思想を引き継いでると思う。
あ、ちなにみ魔瘴宮創造のスキルは、ダンジョンクリスタルさえ健在であれば任意の引き継ぎを行える珍しいスキルである。
なので迷宮創造者が上手に引き継ぎさえ行っていれば、子々孫々と受け継ぐことが可能な特殊固有スキルだ。
きっとこれも知られていないスキル情報だと思うので、基本的に口外するつもりはない。
とりあえずまずはイケオジにちゃんと話を聞いてみるか。
ただ、間違いないなく迷宮創造者についての情報は、ジャスバールの国家機密に当たると思うので、上手く話を聞き出さないとまずい。
まあでも、この一週間、良くも悪くも一緒に行動したのだ。初日よりも多少気心は知れている。
それに今日はイケオジ含め、各々休養日だ。
話をするのであれば絶好のタイミングでもある。
よし、そうと決まればイケオジの部屋へと行くとするか。
◆◇◆
そして到着。
まずは在室確認、軽くコンコンッとノックする。
次いで、室内からすぐに返事が返ってきたので、ゆっくり部屋へと入る童貞。
「おお、ヨハン殿。今日は久しぶりの休養日でしたが、皆さんと一緒ではないのですか?」
童貞の突然の訪問をすんなり受け入れてくれるイケオジブリスタン。メンタルまで良いおっさんである。
「ええ、今日はそれぞれ街に出掛けてるみたいです。ジャスバールの街に興味津々のようでしたから朝からウキウキでしたよ?」
フィリスの一件があってからというもの、なぜかルナ氏と若干気まずい空気が流れている。というかむしろ少し壁を作られている。童貞という生き物はそういう空気を感じるのは物凄く敏感なのだよ。
おかげで一応お声は掛かりはしたが、一緒に出掛けるのを躊躇するというヘタレ具合。
フィリス、まじで恨むからな?
「そうでしたか! ジャスバールの観光名所はいくつもありますからね。きっと楽しんでいただけることでしょう。ヨハン殿は出掛けなくてもいいのですかな?」
「そうしたいのは山々なのですが、まだ仕事が残ってまして。ほんと無念です」
「はっはっはっ、それは大変ですな! ということは私を訪ねてこられたのはそれ関係ですかな?」
「はい、ダンジョンのことでいくつかお話しをお伺い出来ればと思いまして。お忙しいようであれば、また時間を改めますが?」
「いやいや、ご覧の通り暇を持て余してたところです。私でわかることであればお答えしますよ? とりあえず茶を用意させます。こちらへどうぞ」
おお、さすがルナ氏と同じ仏メンタル属性のイケオジである。これはありがたい。
ソファーへと着席を促されたので、ちょこんと座る童貞。しばらくして何処からともなくメイドさんが二人分の紅茶を運んで来た。
やるな、スーパーメイド。俺もスーパーメイドを囲えるだけの財力が欲しい。
「さて、何からお話しましょう?」
童貞が話やすいようにと、イケオジが気を利かせて話を振ってくれた。さすが気配りの出来る男。おかげで非常に話しやすい。
「そうですね……、ジャスバールのフィールドダンジョンの素晴らしさを身をもって体験したのですが、いくつか気になることがありまして」
「気になること? お聞きしましょう」
「はい、今回スコルツ卿が同行されましたので、魔物が襲ってくるかもしれないと思い、それとなく警戒しておりました。が、しかし、蓋を開けてみれば、この一週間一度も魔物と遭遇しなかったのが引っ掛かりまして……。いくら上層といえども、ダンジョンですから瘴気があれば自然と魔物が生まれるはずです。これは元々のダンジョンの仕様なのでしょうか?」
ふふっ……、我ながら見事な切り出しだ。
これで迷宮創造者が魔物の出現エリアを操作してるとなれば、それとなくその話題にも触れやすい。
さすが策士童貞。
「やはりお気付きになりましたか……。実際にこうしてダンジョンに潜ってみるとわかるのですが、これもダンジョン内の瘴気が減少してるのが原因なのです」
おおっと、いきなり予想外じゃん。
全然策士の才能ないやんけ。
しかし、瘴気が減ってるときたか。
んー、なるほどねん。
ダンジョンが広くなり過ぎた弊害だろうか?
いやしかし、ダンジョンコアが正常に起動しているのであれば、それも考え辛い。
ダンジョンコアとは迷宮の心臓、いわば迷宮内に瘴気を届けるポンプのようなもの。下層に瘴気が溜まるのは仕方がないとはいえ、上層が瘴気不足になるのはおかしい。何かダンジョンコアがトラブってるのだろうか?
「以前までは上層にも低級の魔物が出現していたのですが、それがある時期をきっかけにピタリと止まったのです」
「ある時期……ですか?」
「はい、詳しくは話せないのですが、私はそのことが原因で今回の瘴気不足が起きてるのではないかと考えております」
「そうでしたか。それは由々しき事態ですね」
おいおい、なんかすっげー意味深な言葉なんだけど?
迷宮創造者死んでないよね!?
「おっと、これは失礼。ヨハン殿に余計な心配を掛けさせてしまいましたな。ご安心ください、既に手は打っております。それによってダンジョンも以前のように活発になるはずです」
「スコルツ卿? それはお伺いしても大丈夫な事柄でしたでしょうか?」
「ええ、もちろんです。国民の前でも大々的に発表する内容なのでご安心ください。三日後の建国記念日に合わせての発表となります」
「そうなんですか! また三日後とは直近ですね。ちなみにどう言ったことなのでしょうか?」
「実は我が国の第二王子であるギリアム様が、ダンジョンクリスタルの適合者として選ばれたのです」
適合者? 新たに迷宮創造者として覚醒したということなのだろうか?
「ということはギリアム殿下がジャスバールの迷宮創造者なのでしょうか?」
「いやいやヨハン殿? 我が国の迷宮創造者は二百年以上も前に亡くなっておるのですぞ? それこそ今のダンジョンの原型を作られた偉大な御方です。ギリアム殿下はダンジョンを活性化する力に目覚めた覚醒者となります」
やっぱり死んでたーー!!
しかも寿命ーー!!
えー、後継いなかったの!?
いや、そんなことよりもダンジョンを活性化するってどういうことだ? ダンジョン内の瘴気を集めて魔瘴石を各所に作るという意味ならわかるけど活性化って……。
さっきから香ばしい地雷臭しか漂ってこないんだけど大丈夫?
「あのー、スコルツ卿? 迷宮創造者が不在で数百年もダンジョンが維持出来るものなのでしょうか?」
「結果、現にしておりますからな。むしろなぜ迷宮創造者がいないとダンジョンが維持出来ないとお考えなのでしょうか?」
自分が迷宮創造者なんで、ダンジョンの在り方を知ってるからなんですー、なんて言えない……どうしよう?
「素人考えで申し訳ないのですが、ダンジョンを維持するのに、迷宮創造者の存在が必要不可欠と思ってましたので」
「ああ、なるほど。そうでしたか! いいですか、ヨハン殿? 迷宮創造者とはダンジョンを任意で構築する造物主のようなもの。居なくてもダンジョンは自然と広がっていきますよ? 野良のダンジョンなんて全てそうではありませんか」
ええ、それは知ってます。
野良ダンジョンの拡張は、ダンジョンコアが自発的に瘴気を使用して広げていくことぐらいね。
ダンジョンは基本的に、この星の星体エネルギーが流れる龍脈に沿って出現する。
そしてその星体エネルギーを吸い上げて、自ら造った迷宮を維持するのだ。
ちなみにダンジョンコアが吸い上げた星体エネルギーの残骸となるものが瘴気となる。
迷宮創造者は、その星体エネルギーの残骸である瘴気を使って任意でダンジョンを造れる者のことだ。
しかし一度、ダンジョンを迷宮創造者の支配下においてしまうと、ダンジョンの拡張や階層の設定変更は迷宮創造者でなければ出来なくなってしまう。
そう、自動生成には戻れないのだ。全て手動操作でなければダンジョンの拡張は出来ない。
「スコルツ卿? ちなみにジャスバールのダンジョンは迷宮創造者が亡くなってから大きく変化したことなどはありますか?」
「……? 質問の意図はよくわかりませんが、ジャスバールのダンジョンは常に変わっていますよ? 階層追加でいくと7階層のナルーア牢獄が出来たのは五年ほど前ですからね」
じゃあ迷宮創造者いるじゃねーか!!
あんな堅牢で緻密に設計された牢獄が勝手に出来ると思っていて? 野良ダンジョンにしては都合良すぎだろ?
ということはやはりギリアム殿下がこの国の迷宮創造者となるのか。
……いや、一応念のため確かめておこう。
「あのー……、スコルツ卿? ちなみにギリアム殿下の持ってらっしゃるダンジョンクリスタルの色なんてご存知でしょうか?」
「色ですか? ええ、もちろん。確か白色だったと思います。何か気になるようなことがあるのでしょうか?」
「い、いえ、特には!!」
……白。
カリュウーグと同じ『白』かぁ……。
おいおい。
まじかよ。
――持ち主死んどるやんけぇぇええーー!?
間違いなく迷宮創造者殺されてるやん!!
なんか一気にドロドロしてきたんだけど!?
え、この国で何が起きてんの?
「ヨハン殿? 話しが戻りますけれども、良ければ三日後の式典には是非ご参加ください! ギリアム殿下がダンジョンクリスタルを使ってダンジョンに魔力を注入いたします。きっと記念すべき日になると思いますよ?」
そう語りニッコリと笑うイケオジブリスタン。
そんなイケオジとは対照的に、童貞は引き攣る笑みを返すしかなかった……。
なぜならば、これから起きる最悪の未来が予測出来てしまったからだ。
ああ……この国終わったかもしれん。
【あとがき】
本日も異世界えぶりでいを読んでくださりありがとうございました♪
次週の更新はお休みをいただきます!
本業が忙しいのと、ストーリーの書き直しをさせていただきます。
お待ちいただいている読者の皆様には申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m




