1話 元プラチナランクの教官
チュン、チュ、チュン――。
小鳥たちのさえずるような鳴き声に、カーテンの隙間から差し込む朝の白い日差し。
ふかふかの布団がやたらと気持ち良く感じて、脳が起きることを拒否をするが、そろそろ支度をせねばと気持ちを奮い立たせる。
そんな朗らかで平和な朝を迎えた童貞。
昨日の出来事が嘘みたい。
知らないおっさんにビンタされ、さらには顔面殴打、からのワインボトルガシャン。
なんだろう、字面だけを見るとギャングの抗争に巻き込まれた哀れなモブのようだ。
それに傷心かつワインのキツい香りに酔っぱらったカミラさんを慰めたりと。
もうね、初日からイベントが多すぎて大変でしたわ。
そんなこんなで転勤二日目の朝。
本日はハーフベルからさらに北東10キロ地点に位置する場所に、豚頭鬼の巣が出来たとのタレコミ情報が警邏隊にあったので、それを調査しに行くことに。
なぜ、冒険者ギルドに依頼をしないのか。
タレコミした奴誰だよ?
まじで空気読め。
ベッドに腰掛けながらそんなことを考えていると、突然、自室のドアがバンっと勢いよく開かれる。
そして――。
「――朝よ!!」
そんなおはようの挨拶を繰り出してくれるローズリリイ。
もはやノックという気遣いすら無用の間柄とでも思っているのだろうか?
正直、出ていけと。
それがしたいのであれば、俺の嫁にでもなってから出直してほしい。
お前を嫁にするつもりなんてさらさらないが。
しかし、そんな俺の想いとは裏腹に、ローズリリイは朝からすこぶる元気。
「ヨハン、さっさと支度しなさい! オークどもを始末しにいくわよ!」
まるで遠足に行くようなノリで、オーク退治に出掛けようとするローズリリイ。
どれだけ血に飢えているのか。年頃の女の子が、そんなことで目を輝かせないでほしい。
もっとこう、なんていうかさ、可愛い小物を見たりとか、アクセサリーを探したりとかね、あるじゃん? 間違ってもオークの生首で胸キュンしたらダメだと思うよ?
「あの、リリイさん? 我々は現地調査がメインなので、戦闘があるかどうかはわかりませんよ? それと今度から必ずノックはしてくださいね?」
「わかったわ、覚えておくから早く支度して!」
そう言い残すと、ローズリリイは颯爽と一階へと降りて行った。
まさか朝から女子に部屋を襲撃されるとは。
さすが一つ屋根の下。
何が起こるかわからんな。
仕方ない、パパッと準備をしますかね。
◆◇◆
支度を整えて、一階のリビングに集結した我々一同。
いつでも出発出来るように、すでにフル装備。
そこへ資料を持ったカミラさんがやって来て、調査の説明を始める。
「おはようございます。今日は皆さんにオークの巣の調査と、可能であれば目標の討伐をしていただこうと思ってます。それで、今回の経緯となりますが……」
淡々と内容を説明していくカミラさん。
昨日よりかは多少元気になったみたい。
あの後、酔いが醒めたカミラさんから再度謝罪をされたが、別に彼女が悪かったわけでもないので、俺はまったく気にしてはいない。
まあ、あれは事故のようなもの。
それでもカミラさんは相当引きずってはいたけど。
むしろ、こうやって少しづつ徳を積んでおけば、ある日突然カミラさんがバグり出して、三流ギャルゲーのちょろインのようにラブラブオーラを出すかもしれない。
というか、もうみんなまとめてバグってくんないかな?
そうなれば、右手にルナ氏、左手にナタリーさん、股間にカミラさんという、夢のトライフォースの完成となる。
くそっ、俺のマスターソード最強かよ。
「……というわけで、魔物の氾濫の可能性もあるため、早急に原因究明をしていきたいと思います」
あ、やっべ。
妄想してたら、途中カミラさんの話を聞いてなかった。
慌てて会話に耳を傾けるとルナ氏が。
「あのー、カミラさん? ちなみにこの情報提供元ってどなたなんでしょうか?」
俺の気になっていたことを質問してくれるという。
さすがはルナ氏。
冷やかしの情報で遠征するのは御免だからな。
その辺ははっきりさせておきたい。
「はい、実は……」
「――カミラ支部長、そこからは俺が話そう」
カミラさんが説明しようとすると、リビングへ入って来た見知らぬ男女二人。
大剣を背負ったおっさんに、白いローブを身にまとったアラフォ……アラサーな女性。見た感じ冒険者のようだが威圧感が半端ない。
「オーキスさん! それにイリアさんも!」
「おはよー、カミラちゃん」
カミラさんにそう呼ばれた両名が、俺たちの前へとやって来た。
おっさんは黒髪の短髪だが、俺のような日本人顔ではなく目鼻立ちがくっきりとした顎鬚スパニッシュのような風貌。ファー付きの黒いスケイルメイルを装備しているせいか、どことなく漂うラスボス感。背中に背負った片刃の大剣が、おっさんの威圧感をさらに際立たせている。
そんなおっさんとは打って変わり、カミラさんへフランクに挨拶を返したアラフ……、白いローブの女性。一言で言えば妖艶。腰まである長い黒髪に、毛先はウィッグでも付けてんのと思うくらいな原色オレンジ。ばっちり濃厚なメイクを顔面に施し、見た目は……、なんとも形容しがたい美人。こちらも相当な実力者であることには間違いないと思う。
「やあ、諸君! はじめまして。軽く挨拶をさせてもらおうか。この度、王都特務隊ブルークレアの指導教官に就任したオーキスだ。以前は竜の牙というパーティでリーダーをやっていたが、引退してしまってな。実戦を通してとなるが、諸君らのレベルアップのサポートになれるよう務めていくつもりだ。これからよろしく頼む!」
「えぇ!? 本当に竜刃のオーキスさんなんですか!? うわぁ、お会いできて光栄です! これからよろしくお願いします!」
ラウルが一際興奮するという。
もうね、目がキラキラ。
例えるならば野球少年がプロ野球選手を間近で見たような感じだろうか。
「へぇー、そんなにも有名な方なんですね」
ふと思ったことを口に出す俺の悪い癖、再び。
「えっ!? 隊長殿、ご存じないんですか!? オーキスさんと言えばハーフベルで二人しかいないプラチナランクの冒険者なんですよ!」
ネイ氏が”マジかよこいつ”的な雰囲気で教えてくれた。
すまんね、男には興味がないもんだから、その辺りは疎いのよ。
「これは大変失礼いたしました。本当に存じ上げなくて……、つい」
「はっはっはっは、気にしなくても良いぞ、ヨハン君! それに言うのであれば元プラチナランクだからな!」
おお、さすがは元プラチナランク。
こんな若造に対しても懐が深い。
というかなんで俺の名前を知ってんの?
「ねえ、ちょっと! 私も自己紹介をしたいんだけど?」
そう言って、白ローブの女性がオーキスさんを押しのけて、前へと出てくる。
「皆さん、はじめましてー! 元竜の牙のイリアでーす! 気軽にイリア姉さんって呼んでね?」
とっても軽いノリで自己紹介をされるという。
なんだろうな、美人なんだけど俺の童貞センサーが反応しねぇや。きっと本能的に察してるんだろうな、この人なんかヤバいって。
「おい、ヨハン! 竜の牙のイリアさんって言えば、アルフェリア王国で五本の指に入るほどの魔法の使い手なんだぞ? 魔法を教えてもらうチャンスじゃん!」
興奮気味のラウルが語ってくれる。
確かにそうなんだけど、どこか漂うプライバシーの欠片もない親戚の姉ちゃん感。
一歩踏み出すのに、相当な勇気がいる。
「へー、きみ物知りね! お姉さんそう言う良い子にはサービスしちゃうぞ?」
「わっ!?」
そう言ってラウルの腕を取るイリアさん。
あー、あー、頼むからやめたげて。
ラウルもテンパってるし、何より俺の後ろにいるミーハー女子三傑のヘイトがとんでもないことになるから。
既に熊娘が槌矛の柄に手を掛けてるし。
それを察知したのかオーキスさんが。
「こら、イリア? あまり調子に乗るな! 彼も困ってるじゃないか。離してやりなさい」
「はーい」
さすがは元リーダー。
爆弾の扱いが慣れてる。
俺もオーキスさんのようにローズリリイの扱いがもっと上手に出来るといいんだけど。
「さて、話を戻すとしよう。情報源が誰かという話だが、それは何を隠そう、俺だ!」
親指を自分に向けてそう語るオーキスさん。
漫画ならばドドンっという効果音が付きそう。
「ということは、確定情報なんですね?」
俺が聞き返すと。
「ああ、もちろんだとも! もう実際にオークがそこに巣を作っているからな。早いとこ処理をせねばならん」
「だったらオーキスさん、自分たちが調査に行かなくても、冒険者なり衛兵隊なりで処理をしてしまえば良いのでは? 討伐が目的なのであれば自分たちよりも、よっぽど効率が良いかと思うんですが?」
何が悲しくて、たった六人でオークの巣へ凸せねばらんのだ。おそらくオークたちも、少なく見積もって三、四十匹ほどはいるだろうし。勘弁してくれ。
こんな案件、冒険者ギルドで大規模な討伐チームを組んで、さっさと処理すればいいだけの話だと思うが?
「確かにヨハン君の言うことはもっともだ。しかし、それが出来ないのが、今のハーフベルの現状とも言える」
「出来ない? どういうことでしょうか?」
「まあ、順を追って話すとだな、例えばオークの討伐依頼が掛かるとするだろう? そこへ部隊を編成した我々が向かうんだが、どういうわけかその場所から魔物が消えてしまってるんだ。それも一匹残らずな」
魔物が消える? どうやって? そんなことが現実にあり得るのだろうか?
「しかも調査に出向く度に、何度も同じ現象が起きる。さすがにこんなことが続けば、何か裏があるって考えるのが普通だろう?」
「確かにそうですね。あまり考えたくはありませんが、ギルドの情報が魔物たちに漏れてるってことでしょうか?」
「……かもしれんな。仲間内にそんな馬鹿なことをする奴はいないと信じたいが、そうは言ってられない状況にもなってね」
そう語ってため息を吐くオーキスさん。
「オーキスさんたちは、単独で調べられないんですか?」
「もちろん俺たちもモンスター調査の申請をしたんだが、上から任されるのは危険度の高い遠征依頼ばかり。しかもタチが悪いことに近隣の魔物共もなんでかわからねえが人を襲ってこないんだよ。冒険者ギルドのルール上、危険度が高い依頼が優先されてしまうからな」
「ということは、現状手つかずということなんですね?」
「その通り。恐らく日を追うごとに魔物の数は増えていってるはずだ。それなのに間引きすらされないからな。さすがにこれはまずいと思って、俺たちなりに手を打ったわけだ」
ギルドに縛られてると好きなように動けないから引退したって言うわけか。それにしても思い切りが良すぎるだろう。
「ただ、ギルドを辞める時にちょっとやらかしてな。ギルドマスターと一悶着あって、俺らが要注意人物にされたせいで派手に動けないんだわ。残りのメンバーも一時的にハーフベルを離れることになっちまうしな」
「なるほど……、それで俺たちの部隊がオーキスさんたちの隠れ蓑というわけですか」
「察しがいいね、頭の良い奴は好きだぜ? 少数精鋭かつフットワークの軽いチームじゃないと、相手にこちらの情報が漏れてしまう恐れがある。そこで白羽の矢が立ったのがこのチームってわけだ」
うわぁ……、すっごい貧乏くじを引いた気分になるのはなんでだろう?
知らない内にヤバいことに片足突っ込んでいる感じがする……、どうしよう?
「あの、オーキスさん? うちは所詮新人の集まりです。オーキスさんたちの足を引っ張ることも考えられますが?」
「はっはっは、そんなに謙遜するな! 首領巨獣鬼に立ち向かった奴らが、オーク程度に気後れすることなんてありえんよ。それに俺たちも付いてる、大丈夫だ!」
まったくもって謙遜などしていないんだけど?
あー、くっそ。
”やらない”という選択肢が選べないらしい。
勝手に進んでいくイベントの怖さよ。
もうやだ、このパターン。
諦めて腹を括るしかないのか。
それにしたって……。
「一つ聞きたいんですが、なんでオーキスさんたちは冒険者を辞めてまでこのようなことを?」
彼らが自らの身を犠牲にしてまでボランティアをする意味がわからん。最上位ランクを捨てるって、中々出来ないことだと思うんだけど?
「はっはっは! そりゃ理由なんて簡単さ! 生まれ故郷がよくわからん騒動に巻き込まれてんだ。誰だって故郷は守りたいと思うだろ? そんだけの理由さ」
おいおい……、まじか。
漢気マックスかよ。
まごうことなき無償の精神。
いきなりオーキスさんがカッコよく見える。
やめてくれよ、まるで俺がクソ野郎みたいじゃないか。
あー、もう仕方ない。
「わかりました。我々もどこまで力になれるかわかりませんが、出来る範囲で協力させていただきます」
「ヨハン君、ありがとう! そう言ってもらえて助かる。ならさっそく今日はサクッとオーク退治とでも行こうかね? 俺たちも同伴させてもらうから」
おお、それなら心強い。
プラチナランクがいる安心感。
最悪の場合、オーキスさんにオークを押し付ければいい。
思わず返事にも気持ちが入る。
「はい!」
こうして元プラチナランクの冒険者二名が指導教官として加わり、我々はオーク討伐へと出発することに。
俺の胸中はというと。
――どうか、変なフラグが立っていませんように。
そんな願いを胸に俺は馬車へと乗り込んだ。
目指すはオークの巣。
いざ、豚退治へ!
【あとがき】
本日も異世界えぶりでいを読んでいただき誠にありがとうございます。
前まで一話を四千字くらいでまとめていたんですが、なぜか最近は五千字を突破するという事態に陥っている作者でございます。
もう少し上手くストーリーを作れたらいいなと思うんですが、これがまたほんと難しい。
自分の思っている描写を相手に伝えるって、どうすれば簡単に出来るんでしょうね。
そんな自問自答が続く毎日です。
さて、長くなりましたが次回の更新は8月24日(水)を予定しています。
また読んでいただければ幸いです。
次回もよろしくどうぞ!




