6話 宿場町ナーガラ
一日早いですがフライング更新
王都から北東へ、およそ百キロほど離れた場所に位置する城塞都市ハーフベル。
旅の行程としては、街道沿いの宿場町で一泊して、目的地を目指す形となる。
現在までの馬車の旅はすこぶる順調で、懸念していたモンスターや、盗賊の襲撃と言ったものもなく、ただひたすらに舗装された街道を突っ走っていた。
あまりに何もないため、各自、馬車内でフリータイム。
ラウルはスキルの修行に勤しみ、女子たちはみんなでワッワッ、キャッキャ。
そして肝心の俺はというと。
賊の襲撃を警戒するために、一人馬車の後部デッキで気配察知をしていた。
「あーあ、もう日が暮れるな。夕陽が綺麗だよ、まったく」
刻々と色を濃くしていく夕焼けに、思わず嫌味を言ってしまうほどの何も無さ。
正直、暇すぎる。
ちらほらと野盗らしき気配を感じるんだけど、馬車にデカデカと描かれている、アンガスター家の紋章のせいで、下手に手出しをしてこないのだ。ヘタレどもめ!
おかげで後部デッキでの読書が捗ったよ。ちなみに読んでいたのはケイシーから借りた炎の魔導書。
中級魔法のスキルが生えないか試していたのだ。
結論から言うと、中級魔法を扱うのは今の俺では無理ということがわかった。やたらと呪文詠唱も長いし、魔法陣の術式も複雑。魔術発動難易度が、初級とは隔絶した壁があるほどに難しい。
しかし、メイジビルドを目指す上で、中級魔法は手に入れたいスキルの一つ。
どうにかして覚えておきたい。
即時発動型の魔法がないか調べていたのだが、残念なことにこの魔導書には載っていなかった。
と言うよりも、そもそも中級に即時発動型の魔法があるのかすら怪しい。現にケイシーも知らないようだし。
スキルさえ発現してしまえば、後はなんとでもなるんだけどなー。世の中そんなに上手くは出来ていないようだ。
「うーん……、手詰まりだよなぁ。やっぱ師匠見つけるか魔法学校行かねばならんかね?」
一人後部デッキで唸っていると、そこへルナ氏が様子を見にやって来た。
「隊長? お疲れ様です。周囲の状況はどうです? 何か変化はありましたか?」
俺を労いに、時折こうしてやって来てくれるルナ氏の優しさよ。まるで大根の煮つけのように、じんわりと童貞の心にしみわたっていく。
「まったくもって問題ないですね。むしろみんなこの紋章にビビって、襲ってこないみたいです」
アンガスターの紋章を指差しながらそう話す。
「あはは、確かにそれはありますね! 私が盗賊だったら、絶対にアンガスター家とは関わりたくないですから」
「あら、ルナって意外に酷いとこ言うのね?」
「リリイ!?」
俺とルナ氏が話してると、奥からローズリリイもやってくるという。
というかもう二人とも打ち解けあってるんスね? お互い呼び捨てとは。仲がよろしいようで。
「ルナ、冗談よ? でも残念ね。賊が出てきたらすぐ成敗してあげたのに」
そんな血に飢えた目をされても困るんですけど? こいつが戦闘中毒者だと言うことをすっかり忘れてたぜ。
「リリイさん? そろそろ日も暮れます。むやみやたらに仕掛けないでくださいね? こちらには土地勘もないんですから?」
「わかってるわよ! 人を話が通じないモンスターと一緒にしないでほしいわ!」
大概同類だと思うが、紳士である俺はそんなことを言わない。むしろ誉め称えるのが、真なる童貞の務めというもの。
「そんなこと思ってませんよ? それにこんな可愛らしいモンスターが居たのなら、それこそすぐに攫われてしまいますからね? リリイさんの身を案じているんです」
「――きゅ、急に何を言ってるのよ!? バカじゃない!? 私が攫われるわけがないでしょ!? い、いきなり心配なんかしないでよ!!」
ローズリリイの顔が面白いくらいに真っ赤となる。
いやー、ウブだねー。実に良い、実に良いよローズリリイ。リスクを犯してまで、ツンデレお嬢様を仲間に加えた甲斐があったというもの。
童貞は満足です。
そんなことをしていると、執事のオリバーさんが後部デッキへとやって来て。
「皆様、もう間もなくナーガラの町へと到着いたします」
そう報告を受ける。
ようやく本日の目的地である宿場町に着くようだ。
馬車での慣れない旅のせいか、ここまでの道のりがやけに遠く感じる。それでも旅の行程としては、七割ほどしか進んでいない。
日本であれば百キロなんてすぐに移動出来るんだけどな。
あーあ、新幹線や飛行機が恋しい。
◆◇◆
宿場町へと到着すると、さっそくオリバーさんが宿を探しに出てくれた。
さすがは敏腕執事、こなれている。俺たちは馬車の中でオリバーさんをしばらく待つことに。
ここナーガラの町は、街道に沿って実に様々な建物が立ち並ぶ、旅人に人気の宿場町だ。
数多くの冒険者や商人たちが立ち寄るため、宿に料亭、お土産店、さらには男の欲望の象徴とも言える娼館まであったりする。特に裏通りなんかに入れば、そこはもう風俗街。男の楽園が広がっているのだ。
しかも、馬車の停留所のすぐ近くにも娼館があるため、思わず馬車の中からジロジロと様子を窺ってしまう。
ただそこにあるだけなのに、童貞の心を恐ろしいまでに掻き乱す娼館という魔界の入り口。
ソロで来ていたら間違いなく娼館で一晩過ごしていた可能性が高い。
いくらピュアラブが良いと宣言していても、惰弱な俺の意思などエッチなお姉様が視界に入ろうものなら脆くも崩れ去るだろう。
なんならテンションマックス、全裸でランニングマンしながら店舗に入店する可能性すらある。
だってさ、一度は行ってみたいじゃんね!
男の夢だし! 相手もプロだし!
そんな妄想に浸りながら、窓から娼館を眺めていると、なんと、呼び込みをしていたプロのお姉様方と目が合ってしまったではないか!
しかもこちらに向かってウインクからの投げキッスという、昭和コントでも中々見られない誘惑をされるという。
もうね、童貞は我慢の限界ですよ。
まじでどうしよう?
これは行くべきか? それとも……、行くべきか?
くそぅ、なんで”行かない”という選択肢が浮かんでこないんだよ!! 脳神経回路までイカれちまったのか!?
思わず手を振り返す童貞。
そんな昭和セクシーな誘惑に鼻の下を伸ばしていると、やはり運命の女神様は童貞を殺しに掛かってくる。
「――隊長、何をやってるんですか?」
氷のような笑みを浮かべたルナ氏が、いつの間にか俺の傍までやって来ていた。
しかもその声はやけに低く小さい。
え、ルナ氏?
めっちゃ怖いんですけど? なんか怒ってます?
そんな空気を感じとった童貞は。
「えっと、そのー……。なんか綺麗な建物があるなー、なんて思いまして。あははは……」
思わず愛想笑いで誤魔化すという。
実に見苦しい言い訳である。
「…………ふーん、そうですかー。確かに皆さん綺麗ですもんね?」
「な、なんのことでしょう?」
はい、娼館に行きたいと思ってたのバレバーレ。
くっ、これだから勘の鋭い女は嫌いだよ!
これはどう弁明すれば正確なんだ?
もしかしてルナ氏は、娼館に行く男は全員、不健全だとでも思っているのだろうか?
それは否!
まったく違うと心から叫びたい!
みんな己のスケベに正直なだけだ。むしろ曝け出せる奴らこそがヒーローなのだ。
しかし、そんな男の建前を語ったところで、ルナ氏に白い目をされて終わりである。
うーん、どうしよう?
一人冷や汗をダラダラ流していると、ここでまさかの救いの手が差し伸べられることに。
「皆様、お待たせ致しました。本日の宿がご用意出来ました。ご案内いたします」
執事のオリバーさんがタイミング良く戻って来たのだ。
なんて出来た執事だこと。オリバーへの好感度が青天井でぐんぐん上がっていく。
そして今がチャンスと言わんばかりに、童貞はそそくさと用意された宿へと歩いて行った。
ただ、残念ながらその間も、ルナ氏からの冷たい視線は途絶えることはない。
やばい、非常にやばいよ。
これはいわゆるあれか?
KEI☆BETSUというやつか?
これは何とかしないとまずいな……。
ルナ氏に嫌われるということは、童貞にとって死を意味する。
好きか嫌いかの話ではない。
同じグループの女子に嫌われる、ただその一点が防御力無視の即死級ダメージを童貞のメンタルに叩き込むのだ。
やらせない。やらせてなるものか、我がメンタル。
何としてもルナ氏の機嫌をとらねばなるまい。
――そして宿屋で一泊。
翌朝。
結果、童貞は頑張った。
やはり女子の機嫌というものは、すぐに直るものではなく、夕食の席でもルナ氏の視線は冷たかった。
さすがにこれはいかんと思い、童貞は持てる知識をフル活用し、近くの土産屋へとすぐさまGO!
そこで白いリボン型のシュシュを見つけ、これをルナ氏にプレゼントするという、童貞らしからぬプレゼント攻撃を発動することに。
謳い文句は「ルナさんに似合うと思って」である。
しかし、意外とこれが効果抜群で、ルナ氏の機嫌もすぐ元通り。童貞は無事に難を逃れることに成功した。
それが概ね昨日起きた出来事である。
「はぁ……、まじで今度から気を付けよう。女子の前では娼館はNGだな。煩悩を断たねば」
そんなことを考えながら宿の廊下を歩いていると、ルナ氏とバッタリと出くわす。
「あ、隊長! おはようございます」
「ルナさん、おはようございます」
「これどうですか? 昨日いただいたシュシュを付けてみたんですけど?」
そう言ってくるんと後ろを向くルナ氏。
ポニーテールにまとめた髪の付け根に、昨日プレゼントした白いリボンシュシュが付けられていた。
「ええ、とてもよく似合ってますよ! さっそく付けていただけてこちらとしても嬉しい限りです」
実際、ルナ氏が三割増しに可愛く見える不思議。
くっ、本命持ちの女子に貢いでしまったぜ。
と言っても銅貨三枚だけど。
「良かったぁ! 似合わないって言われたら、どうしようかと思って」
嬉しそうに笑うルナ氏はやはり女神だった。
「喜んでいただきなによりです」
「はい、ありがとうございます! 大切にしますね、隊長」
なんだよこのラブリーな生き物は?
天真爛漫すぎる。
そんなルナ氏を見ながらニンマリしていると。
「――ねえ、私の分は?」
背後から声が聞こえたと思ったら、いつものガンバ◯ターポーズを決めているローズリリイが居た。
これには思わず。
「へっ?」
気の抜けた返事を返す。
「なんでルナだけなの? 私もそれ欲しいだけど?」
「これはそのー……、少し理由がありまして」
これにはルナ氏も苦笑い。
というかそもそもプレゼントって、こうやって催促されるもんだっけ?
「ずるいわ、ルナだけなんて」
お前は買えよ、金あるんだし。
と言ってやりたいが、隊長として隊員の不満は解決してやらねばなるまい。
朝一、土産屋に爆走するという。
ど畜生がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
そしてーー。
「リリイ、凄く可愛いー!」
「そ、そう? ありがとルナ!」
ハーフアップにまとめたローズリリイの髪には、白、ピンク、真紅といった彩どり豊かな花を模られた髪飾りが、後ろ髪の結び目を隠すように付けられている。
童貞は再び頑張った。
もはや選ぶ余裕なんてなかったから、直感でローズリリイに似合いそうな物を手に取るという暴挙。
だが、買ってみれば意外と悪くない。むしろローズリリイがちゃんとしたお嬢様に見える不思議。
俺の美的センスに乾杯。
「ね、ねえ? ど、どうよ?」
恥ずかしがって、言葉が変になるローズリリイ可愛い。
「とても良くお似合いだと思いますよ?」
瞬間。
ボフンって音が脳内補完されるほど、ローズリリイの顔が真っ赤になる。
めっちゃ面白い。
これはちょっとクセになりそう。
「だ、だだだ、大事に使ってあげるから、か、かかかか感謝しなさい!」
普通、そこは俺にお礼を言うべきところだと思うんどけど? でも紳士である俺は逆にお礼を伝えるという。
「ありがとうございます、リリイさん。プレゼントした甲斐がありました」
再び、顔真っ赤。
いやー、まじで面白いなローズリリイ。ちょっとこいつの扱い方がわかってきた!
ツンデレ大好き!
それから俺たちは準備を済ますと、ナーガラの町を出発。
本日の天気も雲一つない快晴。
野を超え、丘を超え、山を超えて、馬車で延々と進むことしばらく。
森を抜けた荒野の真ん中に町が見えてきた。
背の高い城壁に囲まれた巨大都市。
ようやく俺たちは目的地ハーフベルへと到着した。
【あとがき】
ちょっと一日フライングしますが、更新です。
本日も読んでいただき誠にありがとうございます!
また明日も更新です!
やっと明日はハーフベル。
だらだらと書いてまいります。
そして毎度のことながらブクマおよび評価いただきました読者の皆様、本当に感謝です!皆様のおかげで日間ランキングで息をしております。
ぼちぼち更新してましりますので、お付き合いくださいまし。




