幕間 月の調べ
それは東門詰所、新人ミーティングでのこと。
「ねえねえ、ルナぁ? これ見てよ、これ! 隊長欄にラウルさんの名前がないと思ったら、副隊長でエントリーされてるじゃん! 信じらんないんだけど? どういうこと、これ?」
そう言って話しかけてくるのは、私の友人であるネイ。
実地研修のチーム決めで渡された羊皮紙を、ヒラヒラと私に見せながら悪態をついていた。
かく言う私も。
「ほんとだ……。なんでラウルさんが隊長じゃないんだろう? ねえ、ケイシーは何か知ってる?」
ぶんぶんと首を横に振るケイシー。
物静かな彼女も私の友人の一人。
ネイとケイシーは、警邏隊に入隊した時に知り合った同僚であり、とても気が合う友達だ。
「そもそもこのヨハンって人、誰? 訓練場でもあまり名前を聞かないよね?」
確かに。
隊長に選ばれた人たちって、訓練場での成績が上位の人たちばかりなのに。ほんとなんで選ばれたんだろう?
そんな疑問を抱いてるとケイシーが。
「この人って確か……、この前、誘拐犯を捕まえた人じゃなかった? ほら、馬車のターミナルであった事件の!」
「「あっ! 確かに!」」
思わずネイと声が揃ってしまった。
なるほど、ケイシーの時事ネタ好きもたまには役に立つわね。確か、所長から表彰を受けた新人がいるって聞いてたな。それがこの人かー。
「じゃあさ、ラウルさんがこの人のチームに入るなら、私たちも立候補しようよ! ほら、ちょうど枠も三人だしさ!」
ネイのラウルさん好きは、私たちの中でも群を抜いてヤバい。私もラウルさんはタイプだし素敵だとは思うけど、ネイほどははまっていない自覚はある。
でも、ラウルさんって見れば見るほど良い男なんだよねー、ほんと。顔良し、性格良し、実力良し。ネイがはまるのも解る。でもその分、ライバルはすっごく多いけど。
こんな素敵な人なら、一番じゃなくてもいいかもなんて思ってしまう。でも一夫多妻制って色々トラブルが多いって聞くから少し腰が引けちゃうんだよね。
……って、そもそも私なんかがラウルさんに選ばれることなんてないけど。
でも、このチャンスは活かすべき!
「じゃあ、早いもの勝ちみたいな雰囲気だし、名前書いて出しちゃおっか?」
「おっけぃ! じゃあ、あたしが提出してくるよ! ほら、ケイシーも早く名前を書いて!」
ネイの推しの強さもあり、並み居る強豪を蹴落とし、私たちは念願のラウルさんと同じチームに配属されることとなった。
そして、実地研修当日。
馬車のターミナルに現れたラウルさんに、私たち三人の喜びは最高潮に。ネイなんてもう目がキラキラしてる。さすがは肉食系!
「おーい、ヨハーン! こっちだ、こっち!」
そう言ってラウルさんが呼んだのは黒髪の男性。
どうやらこの人がうちの隊長みたいなんだけど、なぜか一人だけ装備が違う。
なんで衛兵装備?
ほんと失礼だとは思うけど、あまり強そうには見えないんだよね。
そんなことを考えてるとネイが小声で。
「ちょっとちょっとルナ? あの隊長、大丈夫? すっごいひょっろひょろじゃん」
どうやらネイも同じことを考えていたみたい。
本当にこの人が誘拐犯を捕まえたのかな?
謎は深まるばかり。
とりあえずこれでチームメンバーが揃ったので、自己紹介をすることに。
しかも一番手は私だ。上手く出来るかな?
「はじめまして、ルナです。使用する武器は短弓と片手剣、それに風魔法が使えます。主に後衛で皆さんをサポート出来るよう立ち回りますので、どうぞよろしくお願いします」
そんな感じでまとめると、ラウルさんと隊長から拍手を頂戴してしまった。
ラウルさんの笑顔良い!!
それからネイとケイシーが続き、次はラウルさんの番。
「どうも、今回副隊長を務めるラウルです。武器は片手剣と円盾を使います。みんなの盾役として頑張りますのでよろしくお願いします!」
みんなの盾役……、つまり私たちを守ると公言したラウルさんに、思わず胸キュンしてしまった。そのせいか拍手もより大きなものになるという。
そして最後は隊長が自己紹介をして終了。
少し遅れて、うちのチームの引率教官となるグラッド教官がやって来たので、めでたく出発となった。
◆◇◆
馬車での移動は少し大変だった。
ゆっくり出来るかと思いきや、気配察知の訓練が始まるという。
グラッドさんがコツを説明してくれるも、なんというか、凄く抽象的過ぎて私には理解が出来なかった。
そんな感じでみんなで四苦八苦していると、なんとラウルさんが気配察知を習得する。
改めてラウルさんは凄い人なんだなって思った。
感覚系スキルの習得は凄く難しい。それこそセンスがないと、コツすら掴むことが出来ないくらいに。
なので今回、気配察知を使えるグラッド教官が引率役となったのは凄く運が良いことだと思う。ぜひとも私もこの機会に習得したい。
そうこうしていると、なんと次は隊長まで気配察知スキルを習得してしまった。
え、嘘じゃないよね?
少し疑ってしまったが、教官が認めたようなので間違いじゃないのだろう。
さらにはこんなことまで。
「コツを掴めばすぐでした」
いの一番に思ったことは、そのコツを知りたいである。
だけどここで一つ問題が。
私たちはここまでずっとラウルさんとしか話をしていない。これもラウルさんが素敵すぎたせいだ。質問が止まらなかった。
そんな態度の私たちが、いきなり隊長に話を振ってコツを聞くのも、さすがに厚かましいよね?
そう思ってた矢先、ネイはそんなの関係ないと言わんばかりに、隊長にそのコツを聞くという、いつものマイペースさを発揮してくれた。
こういうところは本当に逞しいと思う。
でもグッジョブ、ネイ!
そんな私たちに隊長も快く応じてくれたのだが。
「えーっとですね、まず意識をグラッドのさんの方に向けますと、突然ピキピキピキィーンとした稲妻が眉間辺りに走ります」
グラッド教官よりも分かり辛いという。
才能って大事なんだなあ、と思い知らされた瞬間だった。
◆◇◆
鉱山に着くと、テントの設営を始め、作業は三十分ほどで終わる。
しばしの休憩を挟むと、グラッド教官が作戦会議を始めた。
簡潔に要点だけをまとめたグラッド教官の説明はとても分かりやすく、自分の役割を理解するのには十分だった。
初めての討伐任務。
これをまず第一歩に、私は誰かの役に立てる、助けを求める人に手を差し伸べれる人になろうと、そんな胸に想いを胸に抱いたのだが……。
隊長がグラッド教官にした一つの質問。
それがきっかけで自分の浅はかさを思い知らされるはめとなった。
「封鎖に至る初動がとても早いように思いますが、鉱山内には取り残された人はいなかったのでしょうか?」
血の気が引く思いだった。
私たちはずっとただの研修とばかりに、ゴブリンの討伐だけを考えていた。
ラウルさんと仲良くなりたい、スキルを身に付けたい、ミスをしないようにしなきゃいけない、考えることはずっと自分のことばかり。
そんな中、隊長だけは違った。
一人、鉱山に取り残された救助者はいないのかを考えていた。
一人、自分が誰かのために何が出来るのかを考えていた。
まさに将来、私がなりたかった者、やりたかったことを、今、この場でものの見事に実践されていた。
正直、悔しかった。
鉱山でのこういった事故は私の方が良く知っているはずなのに。
そして続くグラッド教官の言葉で私の頭は真っ白になった。
「報告はないが、……恐らくいるだろうな」
……嘘。
国は助けを求める者をまた見捨てたの?
信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
一気に怒りが込み上げるように湧き始め、私は愚かにもそれを上官であるグラッドさんにぶつけてしまった。
いつも強気のネイも、これにはただ狼狽えるばかり。
後にも先にもネイのあんな顔を見るのは初めてだった。
こんな言い争いをしてなんになると言うのか。
自分でもわかっているけど、もう引っ込みがつかなくなっていた。
父を亡くした時の光景がフラッシュバックして、私の心を強く揺れ動かすのだ。
そんな時、こんな最悪な空気を変えてくれたのは隊長だった。
なんの迷いもなく、私とグラッド教官の間に入ってくれて仲裁をしてくれたのだ。
あんなに頼りなく感じていたヨハン隊長。
本当に申し訳ないくらいに、私には人を見る目がなかった。
チームの雰囲気を壊すことなく、私とグラッド教官の緩衝材になってくれた隊長には感謝しかない。
本当にありがとうございます、隊長。
これがきっかけとなり、私は隊長に興味を持つことになった。もっと隊長のことをよく知りたいと。
すぐ近くに、目指すべき姿の人がいるのであれば、まずはそこから学んでいかないと。
でも私はヨハン隊長のことを何も知らない。
ここまでの道中、自分が隊長に対してとってきた行動を思い返すと、目も当てられないほど愚かなものばかり。
もっとちゃんと話しとけば良かった。
バカだな、私は。
ほんと今更ながら後悔した。
どう考えてもラウルさん目当てなのが丸わかり。
誰がどう見てもこんな女嫌だよね?
でもこれを謝るのもなんか違うし。
はぁ……、どうしよう。
隊長への接し方の正解が見えない。
みんなが仮眠する中、私は頭を冷やすために一人テントの外へと出て行った。
そしてこのあと私が隊長に惹かれることになった、最大級の出来事が起きるのだが、それはまた別の話。
そんなことが起きるともつゆ知らず、私は一人茜色に染まる空を見ながらその場に佇んだ。
【あとがき】
幕間も読んでくださり誠にありがとうございます。
ルナ氏の心がラウルからヨハンに変わり始めたきっかけになった場面を書いてみました。
もし万が一リクエストがあればこの続きも更新してまいります。
再度お知らせとなりますが、第二章の開始は8月1日(月)からスタートを考えております。執筆スピードにより多少ずれましたら申し訳ございません。
とりあえず今のところそんな感じです。
最後に、評価いただきました読者の皆様、本当にありがとうございます。
読んでくださる方がいるというのは非常に作者も嬉しく感じます
また引き続き第二章も読んでいただけれると嬉しいです。
よろしくどうぞ。




