エピローグ
目が覚めるとどこか見慣れた白い天井が。
むくりとベッドから身体を起こして辺りをキョロキョロと見渡す。
簡素なベッドが四つ置かれた医務室だった。
またこのパターンか……。
三回目はさすがにダメだって。
色んな意味で。
というか、そもそもなぜ医務室にいるんだろう?
俺は鉱山に居たはずだが?
怪我も綺麗さっぱり治ってるし。
何が起きた?
まったくもって思い出せない。
あの化け物を倒したところで記憶が飛んでいる。
ほんと今回はまじで死ぬかと思った。
断言するが、あの化け物はこんな序盤で出てきてはいけないモンスターだ。
間違いなくラスダン辺りにうろつく敵である。
それなのにレベル10程度で、ラスダンモンスターに挑むなんて自分の狂気にゾッとするわ。しかも装備ははがねのつるぎ一本という。
冷静に考えると最高に狂ってんな。
ソシャゲでSSR排出率ゼロとわかっていながらも、ガチャに課金しまくるレベルかもしれない。
恐ろしい、実に恐ろしいよ……。
冷や汗が頬をつたり、ゴクリと唾を飲む。
するとふいに感じる下半身の違和感。
猫が布団の上で寝ているような重みを感じる。
視線をそちらへ移すと、そこで何故かルナ氏が寝ていた。
俺の太もも辺りで、両腕を枕に突っ伏す形でくーくーと寝息を立てていたのだ。
なんだろうこの可愛い生物は?
俺の膝の上に女神が寝ている……。
窓から差し込む暖かな朝日によって、照らし出されるその寝顔はまさにヴィーナス!
そんな寝顔に見惚れていると。
「……んっ、もう朝? ……って隊長!?」
起き上がったルナ氏の美しい顔が驚愕へと変わる。
やっべ、ガン見してたのバレただろうか?
「お、おはようございます、ルナさん」
とりあえず片手を上げて、軽く挨拶してみた。
「おは、おは……おはよ、おはようございましゅ……、隊ちょ……」
ございましゅ?
するとなぜか涙目でいきなり抱きつかれた!
女神ルナ氏に抱きつかれたぞ、おい!?
「ああああああああああ!」
同時にルナ氏の涙腺決壊。
声を大にして泣かれるという。
そしてその抱擁はさらに強いものへと変わる。
なぜ抱きつく?
意味がわからんぞ!?
「ちょっ、……ちょ、ちょっと、ル、ルルルルル、ルナさん!? お、おち、落ち着いてください!!」
お前が落ち着けよ、と言いたい。
しかし、これも仕方がないというもの。
生まれて初めて年頃の女子に抱きつかれるというイベントに、童貞の心は乱れに乱れまくった。
それはもう生死を掛けて戦った、先の戦闘よりも数倍混乱するという。
密着するルナ氏の身体。
お互い鎧ではなく薄布数枚ということもあり、ダイレクトにその感触は俺の身体にフィードバックされる。
ルナ氏!! ルナ氏よ!?
お乳が、お乳が当たっておりまするぞ!?
ぽにゅん、ぽにゅんっとした感触が、エンドレスで童貞の精神に莫大な継続ダメージを与え続けてますぞ!?
というか、まさかこの感触……。
――姫!!
ブラは、ブラはつけておられませぬのか!?
ブラはどこじゃ、出会えー、出会えー、ノーブラぽっち女が出おったぞ!!
まさかのラッキースケベに、童貞がプチパニックを起こしていると。
「……ずっと目が覚めないかと思いました。隊長が起きてくれて本当に良かった」
そんなルナ氏の言葉に、スッと現実に引き戻された。
ルナ氏の優しさに心がほっこりとする。
ああ、ほんとクソ野郎ですみません。
すぐにセクシャルな妄想をするもので。
きっとルナ氏にもかなりの迷惑を掛けたはずだ。
こんな童貞の看病までさせてしまい、申し訳ない気持ちで一杯となる。
「心配かけてすみません」
俺の言葉にルナ氏は静かに頷くだけだった。
ほんとに生きて帰れて良かった。
もうあんな危険なこと二度するものか。
次からは一目散に撤退しよう。
そんな心の誓いを立てていると、パタパタと廊下から聞き覚えのある足音が聞こえた。
もしやこれは……。
いかん、いかんぞ!!
この状況はまずい!?
しかし、俺の願いも虚しく、両開きの引き戸がガラガラッと開けられた。
入ってきたのはもちろん、マイスウィートエンジェル、ナタリーさん。
「あら、ヨハンさん、目が覚めたん……、あら? あらあらあら? ふふっ……お邪魔みたいですね? また後ほど先生をお呼びしますね?」
おおいっ!!
ナタリーさん、待ってくれ!!
これは違っ……、などとは言えず、ルナ氏からの素晴らしい抱擁はしばらくの間続いた。
くっそ嬉しいんだけだど……、嬉しいんだけど……、なんでかな? ナタリーさん攻略ルートの扉が物凄い勢いで閉ざされていくのがわかる。
二兎を追うもの一兎も得ず。
そんな言葉が身に染みる今日この頃。
あーあ、八股くらい出来るようなイケメンになりたいなー。ヤマタノオロチンとか言われてみたいわ。
◆◇◆
しばらくするとルナ氏が正気へと戻った。
顔は言わずもがな、真っ赤である。
「あ、あの、ほんと、すみませぇぇぇん」
そう言って頭を下げるルナ氏。
いやいやいや、謝らないでいただきたい。
むしろこちらがお礼を言いたいくらいだ。いや、これはもうお礼を伝えないと。ナイス、おっぱいと。
「ルナさん、本当にありがとうございました」
ナイス、おっぱい。
「ふぇ!?」
そんな言葉を言われるとは思っていなかったようで、惚けたような顔で返事をされた。
でもさすがに直におっぱいと言うのもあれなので。
「きっとルナさんが俺を助けてくれたんですよね? 命の恩人にお礼くらい言わせてください」
ニコッと笑顔を混ぜながらそう誤魔化した。
本音を言えば、命のお礼に俺の童貞をもらってほしい、ああ、もう心の底からそう願う。
「い、いえ、その、私はそんな大したことをしてなくて。ラウルさんが鉱山の外までずっと隊長を背負ってくれてたんです」
出来れば聞きたくなかった。
思い出は野郎の背中よりも、美女の背中。
ここは脚色しておこう。
しかし、気を失ってからの動向が気になるところ。
そんな俺の雰囲気を察したのか、ルナ氏がこと細かに説明をしてくれた。
化け物を討伐後、魔瘴石も砕け散ったことにより、鉱山は元の姿へと戻ったようだ。瘴気から生まれた魔物もすべて消え去り、無事に任務を達成。
ロドリゲスさんもめでたくターニャちゃんと再会した。
感動のご対面となったようだが、もの凄くやるせない気持ちになるのは何故だろう?
くっそ、俺の意識さえあれば。無念である。
そんな俺の怪我はと言うと、もはや生きているのも不思議と思うくらいの酷い有様で、正直ルナ氏は助からないと思ったらしい。全身血だらけの上、骨がありとあらゆる方向に曲がっていたという。……グロい。
ラウルが俺を背負い、急いで鉱山を抜け出すと、先に戻っていたグラッドさんたちが状況報告をすでに済ましていたようで、すぐに救護班の治療を受けることが出来たそうだ。
ちなみに今回の研修に帯同してきた救護班の先生は、ここの院長先生らしい。
その回復魔法は凄いもので、瀕死の重傷だった俺を、ものの見事に治し切ってくれた。
まさか敵対視していたじーさん先生に命を救われることになるとは。こればかりは後でお礼を言わないと、また罰が当たりそうだ。
こんな感じで俺はなんとか一命を取り留めることに成功したものの、例によって意識が戻らず、今回は一週間ほど寝るハメとなった。
もはや週休七日という驚異のシフト。
良いのか悪いのか。
「あれ? じゃあ、もしかしてルナさんって一週間も俺を看病してくれたんですか?」
ふいに浮かんだ言葉を考えずに吐き出す俺の悪い癖。
それによって何故かルナ氏が焦りに焦る。
「いえ、あの、その、た、確かに毎日お見舞いには来ましたけど、今日はヨハンさんのお母様の代わりというかなんというか。ずっと看病をされていたのはお母様だったんですけど、何か今日は朝からご予定があるらしくて! そ、それでたまたま私が今日休みだったものですから、代わりについていましょうか、って申し上げたところ、お願いしますね、って言われたので、その、あの……。なので泊りでの付き添いは今日が初めてです!!」
すっげえ早口で説明された。
そしてルナ氏の顔面がやばいくらい赤面している。めっちゃ可愛いんだけど?
でもなぜか……。
私の本命はラウルなんだからね! あんたみたいな童貞が少し優しくしてあげた程度で図に乗らないでほしいわ、そんなセリフが勝手に脳内補完された。
うん……、病んでますな、俺。
それにしても母さんも来てたのか。さすがに長期入院ともなると、家族も心配するわな。
ん、あれ、ちょっと待て。
「もしかしてルナさん、うちの母と会ったんですか?」
「はい! とても良くしていただきましたよ?」
「え? ちなみに何を話してたんですか?」
聞きたくないが、聞かずにはいられない。
息子の恥ずかしい黒歴史を話してないことを祈りたい。
「え、何をって、隊長の小さな頃のお話とか、学校での思い出話とか、幼馴染の女の子が冒険者になっちゃってフラれちゃった話とか、警邏隊に入ったいきさつとか色々です!」
「ほぼ全部じゃん!!」
俺の薄っぺらい人生まるごと話されてる!! まじかよ母さん!! これエロ本見つけられるより恥ずかしいんだけど!?
「でも、私は隊長のこと少し知れて嬉しかったですよ?」
そんな可愛く言われましても……。
こちとら封印したい話ばかりですので。
「あ、そうそう隊長? 二日前にターニャちゃんとロドリゲスさんがお見舞いに来たんですよ?」
「ターニャちゃんが?」
ロドリゲスはどうでもいい。パックの刺身に付いてくる菊の花のようなもの。
「はい、お礼を言いたかったみたいなんですが、隊長まだ意識が戻ってなくて」
残念である。非常に残念である。
命まで掛けたのに今回の成功報酬を何一つ得ることが出来ないなんて。
「それでターニャちゃんと一緒に手紙を書いたんです。……これです」
「手紙?」
ルナ氏がそう言うと、テーブルに置いてあった二つ折りにしてある羊皮紙を俺に渡してきた。
手紙を手に取り、そそくさと折り目を広げると。
『よはんおにいちゃんへ
とーちゃんをたすけてくれてほんとにありがと!
おにいちゃんのおかげで、またとーちゃんといっしょにくらせます
わたしもおおきくなったら、おにいちゃんのようなかっこいいへいたいさんになりたいです。
はやくげんきになってね!
おにいちゃんだいすきだよ。
たーにゃ』
これには思わず。
「おお、おおおおお、おおおおおおお!!」
感動のあまり呻いてしまった。
まじで頑張って良かった。
このために頑張ったとも言える。
この手紙は大切にしまっておくとしよう。
お手紙ありがとうターニャちゃん。
お兄ちゃんは満足です。
それを察したのか。
「隊長、良かったですね?」
ルナ氏がニコリと微笑んだ。
く、表情でバレバーレという。ま、いいけど。
それからしばらくして、いつもの院長先生がやってきて、魔法スキャンされると、一言「退院じゃ」とだけ言われた。
それにしてこのじーさん一体何者なんだろう?
あの怪我を治しきるなんて並の医者ではないことは確かだ。
こんなところでのらりくらりと院長先生してていいような人ではないと思うが?
ま、でも命の恩人には変わりないので「助けていただきありがとうございました」とだけ伝えておいた。
きっとまたお世話になりそうな予感が……。
いや、フラグになるから考えるのはよそう。
にしても……。
「なんか腹減ったなー、朝飯でも食べに行くかなー」
「それなら隊長? 東商店街にある”小鳥亭”にいきませんか? 焼きたてパンが美味しいみたいですよ?」
「お、いいね! じゃあそこいくべ」
「やったー、隊長奢ってくださいね?」
「もちろん、任せとけ!」
そんな大見得をきって出かけたのだが、まさかの財布を忘れるという失態を犯す俺。
ルナ氏が笑いながら支払いを済ませてくれたのが、彼女への借りがドンドン膨らむばかり。
ギャルゲーなら思いっきり好感度下がってるんだろうなー。
兎にも角にも、こうして実地研修は無事(?)終えることが出来た。
そして明日からは仕事復帰!
またいつもの日常が始まる。
【あとがき】
本日も読んでくださり誠にありがとうございます。
これにて第一章完結です。
また後ほど【幕間】を更新します。
ストーリーに全然関係ない部分となりますがよろしければどうぞ。
次にお知らせとなりますが、第二章の開始は8月1日(月)からスタートを考えております。執筆スピードにより多少ずれましたら申し訳ございません。
とりあえず今のところそんな感じです。
最後に、評価いただきました読者の皆様、本当にありがとうございます。
また引き続き第二章も読んでいただけれると嬉しいです。
よろしくどうぞ。




