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運動音痴の現代剣聖  作者: 本間□□
2nd magic 人工吸血鬼は恋をする
32/35

18

 時は少し戻り、仁がMWと軽く手合わせをした後。


「仁君、何か躊躇ってない?」

「……いや、性能を探ってただけだ。さっさと片付けるさ」


 薄く広がっていた灰色の雲は少し厚さを増して空を覆い、隙間からは月と星々が地上を覗く。いっその事雨でも降ってくれれば、仁のやるせない思いを洗い流してくれただろう。


 それはまるで祈りであるかのように。――仁は無銘を顔の前に、剣先を天に向けて持つ。


 式神を通してみる春奈も、うっすらと敵の使う兵器の正体に勘付きつつある。それでも仁はその正体を口に出さず、いつもの言葉を小さく口にする。


「今終わらせてやる……、無念無想」


 駆け出した仁は目の前の無機質な兵器に刀を振るう。試作品と付くだけあって、その動きは洗練された物ではない。剣聖に反撃しようとするMWが腕をただ振り回しただけで当たるはずがない。


「眠れ――」

「やらせはせん!」


 今まで遠くから指示を出すだけだったヨハンがWSDを抜く。


 的確にMWの弱点である、頭脳のある演算装置とマナ生成装置に刀を突き刺す寸前。ヨハンの魔術である光の矢が仁の妨害をする。


「その魔眼は未来視系だな」

「気付かれるような失敗を犯したつもりはなかったが……」

「ふん、動かな過ぎなんだよ。だが前線に出てくる所を見ると……おそらく見れるビジョンは極々直近……、戦闘向きなタイプの未来視だろ」


 簡単に自身の異能を言い当てられヨハンは眉間にしわを作る。


 未来視というアドバンテージを不用意に察知されないため戦闘への干渉を控え、能力が通用するか確認するためMWだけに戦わせていた。


 それが異能の所持すら認識できる仁に確信を与えることになった。魔眼の使用時は眼にマナが集まる、にも関わらず仁から見て何も変化が起こらないのだ。


 その時点で、異能の存在を確信する仁には直接的に作用する魔眼でないとある程度候補は絞れていた。


「剣聖の異能がそこまでのモノとは、――だがこれで私の魔眼を隠す必要はなくなった!」

「未来が見えようと関係ねえ。その妄念――俺が断ち切ってやる」


 仁はWSDの機能のひとつである『同調シンクロシステム』を起動させる。


 これは春奈が使う式神術の応用、式神の感覚を共有する技術を組み込んだシステムである。


 人間である仁を疑似的な式神として見立て、WSDと同調することで仁の得る膨大な感覚情報を全て共有できるようになる。


 それは即ち仁の運動性が向上し、量子コンピューターを最大限に活かした高度な魔術の使用を意味する。


「現代の剣聖は剣を振り回すだけじゃないんだぜ」


 先ほどと同じくMWを破壊するために動き出した仁を妨害するため、ヨハンも部下に命じて魔術で援護させる。


 ――足りない。それが結果を視たヨハンの答えだった。


 周囲の被害を考えずに魔術の位階か級を上げることも考えた。しかしそれも無駄だと、ヨハンの魔眼はMWが破壊される姿を視せる。


「一機目!」


 仁は刀を振るう。迫りくる魔術の雨を、周囲に展開した魔術によって撃ち落としながら。


「リーダー、あれはっ――」


 腕輪型WSDで魔術の狙いを定めるには、術者の動きを抑える必要がある。直線的な動きならまだしも、刀を振り回すなどWSDを大きく動かしながら座標の設定はできないはず。


 けれどヨハンの部下が言葉を失っているのは、動きながら全方位に攻撃を撃ち落とした仁の魔術ではない。


 空間ごと合金装甲を裂かれたMWから零れ落ちた生体部品。それはなんらかの生物だったと思われる脳だった。


「今は気にする必要はない。我らが為すべきことを思い出せ」


 ヨハンも仕様に関する情報が所々、意図的に隠されてる時点で予想は出来ていた。だがしかし、作戦を成功させるために手段を選ぶ余裕はなかったのだ。


 この作戦で使い捨てにする兵器だ、見て見ぬふりをすればいい。そう思ってヨハンは部下にも話していなかった。他に気付いてるのは彼の腹心であるマリウスくらいだろうか。


「嫌な予感は当たるもんだ。知らなかった――が予想はしてたって所か」


 マナとは生物の意思より生まれる精神エネルギー。それが機械から生まれるのは、少なくとも表社会でも裏でも確認されていない。


 仁はMWがマナを貯蓄したものではなく、生成しているのを見た時から、この兵器の狂気を感じていた。


「……二機目」


 ヨハン以外の兵士が動揺で動きが止まってる間に、残りの一機も同じように破壊する。


 そこに達成感はなく、仁の胸内にはこれを作った者に対する嫌悪感しか残らない。


「他にも同じ兵器はあるか?」


 仁は戦場を網羅している春奈に確認する。MWが等級魔法師の相手にならないとはいえ、久木と青葉では厳しいかもしれない。


 戦況次第では誰かが動く必要がある。


「――会長の所に二機、久木さんと青葉さんの所に一機ずつみたい」


 オペレーターをする春奈の声は暗い。知的好奇心の強い彼女にとっても、生体兵器は受け入れがたいショッキングな研究である。


 春奈もまたティスのクローン実験とは違う嫌悪感を感じている。


「会長は問題ないとして、久木さん達は厳しそうか」

「そっちは朱雀と白虎が援護に入ったから大丈夫」

「そうか、助かる。ならあとはこいつらを片付けたら終わりだ」


 その指示を出したのが春奈か祥子か不明だが、四神ならMWの相手はできる。


 この戦いもようやく終わりが見えた――仁は緩みそうになる兜の緒を締めなおして、ヨハンを見る。


「終わりなぞ、貴様らにはないのだ! ――例え我らがここで失敗しようと、次の者が我らの意思を継ぐ」


 ヨハンは二本のナイフを抜いて剣聖に斬りかかる。


「終わりなんだよ! ティスを保護してから何も動いていないと思ってんのか!」


 仁は無銘を以て迎え撃つ。


「名のある武器かっ」

「当然だ――簡単に折れてくれる相棒だと思うなよ」


 三つの武器が甲高い金属音を立ててぶつかり合う。仁の無銘は当然、概念で強化されているものの、ヨハンのナイフは折れることはない。


 手数の差、間合いの差。お互いの得意、不得意とする距離と速度。


 攻守を複雑かつ高速で奪い合い、二人は火花を散らす。そんな戦いに観客へとなりつつある兵士達は手が出せず、構えだけは解かずただ見てることしかできなかった。


「さすが、重要な任務を与えられるわけだ。お前は強いよ」


 熟練の戦士。それも魔眼を使いこなす魔法師を仁は素直に称賛する。それを受けるヨハンは複雑な顔をしている。


 剣聖という戦士として最高の異能を持ち、それに驕ることなく努力を怠らないのは押されつつある戦況から分かる。それなのに自分は非情な行いを為そうというのだ、苦い味が彼の胸の中で少しずつ広がっていく。


「……若い癖に達観している」


 仁は防御不可の空間すら切り裂く一刀を放つが、ヨハンは見切ったとでも言うかのように体を低くして避ける。


(これじゃあ無駄撃ちにしかならない)

 

 空間切断は脳を酷使するうえ、剣筋の変更ができない。なにせこれは世界を形成する概念を見極めて斬る業だ。どれだけ攻撃力が高くとも決まったルートは予知されれば当てるのは難しい。


「指揮官としても優秀ってか――。なら、先に手足を潰す!」


 ヨハンが射線を開けると同時に、仁の死角だったヨハンの背後から魔術が飛んでくる。部下達の援護射撃を予知し、奇襲を仕掛けたのだ。


 ヘバスで撃ち落としてこのままヨハンと戦いを継続するか、先に部下を潰すか。仁が選んだのは後者である。


「待てっ」


 ヨハンは仁の方針変更を予知し止めようとするも、彼が見たのは空へ跳び上がる仁の後ろ姿だった。


 急いで追いかけようとするも、間に合うはずもなくヨハンは途中で動きを止めた。


「最後に聞かせろ」


 すでにここからひっくり返す手段がないヨハンは諦念と憤怒に満ちた目で仁を睨む。


「なんだ?」


 5人の兵士を気絶させた仁は突如質問を投げかけられ、一度刀を鞘に納める。


「貴様らは真祖のクローンが将来どうなるか考えているのか」

「さあな、そんな先の事は見えねえよ。ただ今を精一杯生きる、それが普通だろ」


(確かに俺の行ないは自分勝手なモノかもしれない。日本の守護者として――、力持つ者して――間違っているのかもしれない。だが決して危険という理由で、安易な手段を正しいと決めつけてたまるか)


 そんな思いを込めて仁はヨハンを睨み返す。


「無責任なことをぬかす!」


 仁の答えにヨハンは沸点が超えて、殴り掛かる。そんな青臭い考えで自分の前に立ち塞いだ仁を許せなくなったからだった。


 しかし怒りを感じているのはお互い様、仁もまたティスを知ろうとしないヨハンに腹を立てている。


「無責任で結構、ティスの人生をテメエが勝手に決めつけんじゃねえよ。子供のあいつを導くのが大人の役目だろうが!」


 顔面に向かって振り抜いたヨハンの拳を掌で受け止め、仁はティスの存在を肯定するために吼える。たとえ大勢が否定しようと、仁はその存在を決して否定してたまるかと――ありったけの声を張り上げる。


「もし真祖のクローンが切っ掛けで戦争が起こった時、貴様はどうするつもりだ。――そもそも貴様が生きていない可能性もあるのだぞ」

「未来の可能性は一つだけじゃねえんだよ」


 空いた拳を握り、仁は答えと共に送り付ける。そんな分かり切った事を聞くんじゃねえ、そんな当たり前な事を込めた手加減無しの全力でだ。


「私は――私は視た……真祖同士の戦いをっ」


 殴り掛かってくる拳を掴んだヨハンは、仁と取っ組み合ったまま動きを止める。


(ああ、なるほど。あんたはそうなった未来を視たのか)


 仁はヨハンがここまで固執する理由を納得した。彼は異能を使いすぎた、おそらく特異異能に近いレベルにまで引き上げられた異能をだ。


 仁の「あんた、代償異能が重症化してるんじゃないか」という指摘。それはヨハンが自分でも気づいていない代償異能を考えさせる切っ掛けとなった。


 それにヨハンは思い当たる事があった。未来視の魔眼を使った後に視るビジョン、それが代償異能による悪夢に近い未来なのではないかと。


「――だがあり得る可能性を放置するわけにはいかない」


 ヨハン自身、どこまでが代償異能による精神汚染なのか分からなくなってきている。それでもここで作戦が意味の無いモノだったとは思いたくなかった。


「意固地になりやがって、その結果が今の真祖じゃねえのか?」

「それは……」


 血塗られた教会と吸血鬼の争いの歴史。それは負の遺産として欧州に深い傷跡――ダンジョンとして今も残す。


「お前らみたいな考えが『吸血鬼の女王エリザベート』を作ったんじゃねえのかよ!」


 仁は疑心暗鬼になっているヨハンに頭突きを叩き込んだ。異能で脳を酷使してきての頭突きだ、両者はノックダウンし舗装された道で夜空を見上げることになった。

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