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ノベルアップ様にて『ソフィリア・ドロッセル ――戦場育ちの少女は敵国の皇女と出会う。』を間もなく公開します。
以前書いた短編『戦場帰りの少女は恋を知った。』を百合バージョンに変更しただけで、話の大筋そのものは変わってません――が、主役二人のやりとりは大きく変更をしました。
今の所なろうでは公開の予定はありませんが、こっちでもしてほしいとの感想があればするかもね。
吸血鬼も眠る深夜の一軒家。夜も活気のあるダンジョン都市とはいえ、住宅地の明かりは最低限しか灯っておらず静寂が世界を支配していた。
そんな丑三つ時に高校生である仁と春奈だけでなく、式神と祥子まで揃ってリビングに集まっていた。
「さてさて、動き出したか」
「こっちの式神が察知されてる気配はないよ」
仁達がテロリストを排除に動く前に、敵は動き出した。すでに敵の潜伏している場所を特定しているものの、そこはバチカンが所有する研究所。
テロリストが欧州十字軍の偽装部隊、もしくは支援を受けている可能性が高いと分かっていても、強引に突入するのは難しい。確固たる証拠や海外を含む根回しをしておく必要があったからだ。当然、相手方も相応のリスクを背負って妨害して来るわけである。
欧州十字教会はヨーロッパのいくつもある私兵部隊を含む宗教勢力を、欧州連邦国として再編成された時に統合した魔法結社だ。
元々仲が良いと言えない魔法戦専門の特殊部隊で構成された組織は一枚岩と言える状態ではなく、度々方針の違いで別行動を取ることもある。
なので今回も過激派の一部が動いているのかも知れない、というのが公安と軍の推測であった。
「おうよ、ちょっくら掃除してくんわ」
仁はようやく泳がしていた魚が餌に食いついてくれた事を喜ぶ。研究所を監視する公安から連絡があり、今回の襲撃で相手のアジトに乗り込む大義を得られるのだ。
「うちは玄武と一緒にティスちゃんの傍についとくから、祥子さんも自由に動いてもらってええで。なんなら他の三人もこき使ったって」
「了解致しました。私は春奈様の式神と共に影で待機しています」
外で戦うのは仁に任せて、祥子は敷地内に入った相手を担当する。あちら側も目立つ戦闘は避けたいはずなので、派手なドンパチは行われないと二人は想定している。
「仁、早く終わらせて……」
「玄武はもう少しやる気を見せてくれ」
「ん、やるきは十分あるよ? それじゃあがんばって」
いつも通りに後方支援を担当する春奈は玄武を連れて自分の部屋に戻る。ティスは春奈の部屋で寝泊りしているからだ。
本格的な夏にはまだまだ遠いのだが――すでに立夏、暦の上では夏として扱われる季節。薄い雲のフィルターが月と星にかかり、まだ少し肌寒い夜の闇を街灯だけが照らす。
そんな中、玄関を出た仁は見知った顔と会った。
「久木少尉もすでに来ておられましたか」
仁と同じく戦闘服を着た久木が、仁の自宅すぐ傍の壁に立っていた。
市街で物々しい軍用の戦闘服を見られたら警察を呼ばれてもおかしくないが、この辺りは春奈が認識結界を構築している。少なくとも無関係の人間の足は遠のき、多少の戦闘音は誤魔化せるはずであった。
「ええ、連絡が来たらすぐ動けるようにしてましたので。軍曹とあの青年もそれぞれの方角で待機していますよ」
「各方角を『一人』が担当してるんですか」
仁が聞いていた話では軍から送られる援軍が戦闘員だけで十人ほどいたはずだ。それが二人と民間人一人しか、ここにいないのはなぜか疑問に感じる。
「安部君の索敵があれば、少数でも護衛は可能と判断しましたので。他の援軍は研究所の方に回ってもらいました。――それに彼まで来るのでしたら、ただの魔法兵は過剰戦力ですよ」
その答えに仁も納得する。決闘等級(仁)と援軍の殲滅等級、二人の等級魔法師が待ち構え、春奈の目もあれば過剰戦力であろう。
それと後ろには式神三人と祥子が控えている。
二、三十人程度の戦力で最後に待つ玄武まで辿り着くのも無理だろうと、仁でも相手に同情する布陣だ。
これを突破するには、最低でも戦闘力評価が等級魔法師に判定される戦力が三人はいないと話にならない。さすがにそれは教会の他勢力も黙っておらず、良くて一人いるだけだろう。
「カーミラは何か言ってましたか?」
日付が変わる前は平日だった今日も、当然ながら仁達には学校があった。
留守の間はティスと一緒にいたはずのカーミラ。彼女は学生組が帰宅した頃には、完膚なきまでに敗北を叩きつけられた赤白コンビを置いて姿を消していた。
「『どうせ襲撃者の方がメインだから、勝手にしろ』、と。吸血鬼も随分過保護なことです」
「この程度も撃退できないようでは、彼女も安心して妹を預けることができないのでしょう」
どうせしばらく日本に滞在するつもりのくせに、そう久木は吸血鬼の過保護振りに苦笑する。
「何かあれば式神を通してすぐ連絡してくれ」
彼はそのまま自分の持ち場に戻ろうとその場を離れる。
「了解、頼りにしてますよ。先輩」
「――任せろ。後輩」
久木の手にはいつの間にか二丁の拳銃型WSDがある。それは軍や警察に配備されているWSDではなく、現在開発中の試作品である。
試作品とはいえ、量産一歩手前のほぼ完成品。久木は既存のWSDを大きく上回る性能の――最新型WSDで暴れるつもりであった。
「第一開発室も吸血鬼勢力の目があるってのに大判振舞いだな」
「あれもプレゼンの一環らしいよ。幻想型WSDがメインな夜の国に普及させるために見た目のいい資料を――って」
いつの間にか春奈の式神(鳥)が木に留まっている。軍の通信機を持たない仁達の連絡係として式神が一匹ずつ各員の傍に控えているのだ。
「――少尉がセールスマンの真似事をさせられてるのか」
「それもテスターの仕事の一環なんやよ」
「軍曹のアレは持ち込んでないよな?」
拳銃型WSDの少尉と違って、軍曹が今試験してるのは仁の記憶が正しければ近接武器型。それも彼の肉体に見合う大剣型である。
大量に用意された機械、魔法ギミックは多彩で、その重量も驚きの百キロ越えだ。その気になれば戦車であってもダメージを与えられるよう設計された重量兵器は、歩兵用の強化スーツの着用が前提となっており、吸血鬼達は使いたがらないだろう。
だがもしかしたら、この夜空のどこかで観戦しているであろう吸血姫は欲しがるかもしれない。そうなった時を考えて仁は溜息を吐いた。
仁は自分から容疑者を襲撃するわけにもいかず、仕掛けてくるのを春奈と雑談しながら待っていた。
そんな二人の前に現れたのは数人の男と金属製の足音を響かせる人型の何かが二体。
「なんや時間掛かりはって、あれが原因やろ」
深緑のトレンチコートを着せられているが、どうみても人間には見えない。それの顔は人間に似せられているものの、一切の感情は無く作り物めいた無表情がその不気味さを強調する。
「――十字教会ってあんなモン、研究してた噂なんてあったか?」
それを見た仁が真顔で春奈に聞くが、彼女は「さあ?」と式神の首を曲げる。
仁の顔に陰が見える、まるでティスの事情を聞いている時と同じ……。
家族にも近い関係の春奈はそれがすぐにわかった。その原因が人型兵器であるのは考える間でもない。
「御剣の魔法師か」
ハンター向けの装備を身に着けたリーダーの男、ヨハンが仁に話しかける。
具体的な所属は口にしないが、テロリストである体はもうどうでもいいらしい。あの偽装は時間稼ぎと表に対して。ほぼ裏側の人間である御剣にまで隠すつもりはないのだ。
「知ってて戦争を吹っかけて来るとは蛮勇だな」
異能者だな、仁はマナが集まるヨハンの眼を見てそう感じ取る。重要な任務を任さている以上、正体不明の異能が戦闘向けであることは明確だ。
「日本の古き血筋よりも、二人目の真祖が生まれる可能性の方が重要だ」
ヨハンの目は狂信に曇っていない。けれど瞳の奥には恐怖が一瞬垣間見えた気がした。
彼らは決しては信仰のためにティスを手にかけようとしてるのではない、将来起こり得る災いの芽を摘むために襲撃してきたからである。
「まっ、勢力図が書き換えられるのを恐れるのはおかしくない話だ。確かにそうなる可能性はある、真祖にまで成長すればな。だからお前らを悪と断ずることはしないさ」
三人のランクEX達、彼女達の勢力図は何事も無く均衡を保っている。しかし遠い将来、ここに新たな真祖が入った場合――どうなるか。
ティスが第二次魔法大戦の引き金になりかねないと、ヨハンの勢力は懸念しているのだ。
「わかっているなら――そこをどけ。これ以上の強大な個はこの世界に必要ない」
「いいや、断る! こっちも吸血女王との約束が在るもんでな。――それに危険な異能だからって殺す理由になるかよ。御剣はガキを殺す剣じゃねえ!」
仁の啖呵で事態は動き出す。
「ならば、力で排除するのみ。いけ、MW-01、02。眼前にいる人間を排除せよ」
「テメエはそれを何か知って、使ってんのかよ」
「――知らんな。兵士が兵器の詳細を知る必要はない、運用に問題がなければそれで充分だ」
コンクリートの地面にヒビが入るほどの重さはない、けれど決して軽くはない音を響かせてMWと呼ばれた怪物が迫ってくる。
「『斬り裂け』、具現化刀・無銘」
仁はすれ違いざまに鏡夜がそう名付けた刀を逆袈裟に振るい、MWの腕を切り落とそうとした。
これが軍の歩兵用強化スーツ――戦闘服よりも装甲や運動能力の補助機能が高いモノ――であろうと容易く二つに別れていはずだった。
「ちっ、やっぱ魔法合金かよ――」
トレンチコートの下は銀色の金属光沢、それもミスリルやアダマンと言った希少金属が混ざっている魔法合金の一種だろう輝きが仁の目に入る。
たとえ切断特化の概念を具現化した無銘でも魔法合金には効果が薄く、表面に傷を作るだけだ。
「そんな大振り当たるかっ」
仁に攻撃した奴とは違う、もう片方の金属製兵士が殴り掛かってくる。それを仁は無理やり魔術で体を動かしながら距離を取って回避する。
ギリギリで避けながらカウンターの一撃を入れることも仁は考えた。けれど生半端な火力でダメージを与えることが困難であるのは、仁の付けた浅い傷を見れば試すまでもない。
「仁君、何か躊躇ってない?」
距離を取った仁に式神(春奈)が話しかける。どうやら後ろに控える兵士たちはまだ手を出す様子はなく、仁の戦力を計っているようだ。
「……いや、性能を探ってただけだ。さっさと片付けるさ」
仁はわずかに残る迷いを完全に捨て去り、MWを『殺す』覚悟を決めた。
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