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天風の剣  作者: 吉岡果音
第二章 それは、守るために
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第13話 双頭の怪物

「私は、大丈夫だ」


 そうでもなかった。が、キアランは自分の体調が悪くないと言い張っていた。

 しかし、アマリアとルーイは、この町の病院で治療を受けること、そして出発はこの町で宿泊してキアランの体の様子を見てからにしよう、そう提案し続けた。


「お昼を食べた後、ちょうど午後の診療時間になると思います」


「いや、医者にかからなくても大丈夫だ。それより、早く出発したほうが――」


「魔法の治療は緊急時や、少しでも早く快方に向かうようにするためのものです。お医者様の治療が一番です」


「いや、私のことなど言っている場合では――」


 キアランは粘り強かったが、なにぶん二対一は分が悪い。キアランの主張は通りそうもなかった。そのうえ、天風の剣のアステールと馬のバームスもアマリアとルーイの意見のほうを支持している、そう告げられればなおさらだ。


「こりゃあひどい……! 傷だらけじゃないか」


 町の医師は、キアランの体を見てそう感想を叫んだ。カルテに「傷だらけ」と書き込みそうな勢いだった。さすがに医療に携わる者だけあって、医師はキアランの左右違う瞳――特に金の瞳――を見ても、なんら動じることはなかった。


「いえ、傷はもう大丈夫なんですが――」


 キアランはそれより使い魔をなんとかしてほしい、そう考えていた。しかし、魔法使いや占い師がどうにも手が出せないしろものを、医者が取り除けるとは思えなかった。

 あっという間にキアランは包帯だらけになり、飲み薬も盛大に出た。

 結局、皆の提案通り、今晩だけでも宿に宿泊することにした。大きな町だったので、宿探しは苦労しなかった。


「アマリアさん。四聖(よんせい)四聖(よんせい)を守る者を探すのに、なにか手がかりはあるのか?」


 夕食時、キアランが尋ねた。


「実は私の一族の者たちが、それぞれ各地へ旅立っています。今のところ、四聖(よんせい)も守護する者も見つからないようです」


 アマリアたちの一族は、遠く離れていても、魔法の力で鳥を使い、連絡を取り合えるようだった。


「そうか。それなら、我々はどの方角へ進めばいいのだろう」


「ここから西の方角に見える山を越えた先に、村があるそうです。そちらへ向かいましょう」


 明日の早朝、出発することにした。




 朝早いうちは青空が見えたが、山を登り始めるころ、日の光は厚い雲に覆われ始めていた。キアランたちは、雨を覚悟した。


 ギャア、ギャア……。


 不気味な鳥の鳴き声が、森の静寂を破る。湿った空気が、肌にまとわりつく。


「キアランさん――」


 アマリアがなにかを感じたようで、キアランに呼びかけた。


「この山には、魔の者がいるようです」


「私たちを狙って来たのか……!」


「いえ。おそらくもともとこの辺りにいたものでしょう。ただ、あちらも私たちの存在に気付いたかもしれません」


 キアランは、バームスの背から降りた。その手には、天風の剣。

 アマリアの隣を歩くルーイは、アマリアの手を握るのをやめていた。


「ルーイ君?」


「……僕、昨日一晩考えたんだ」


「なにを考えていたの?」


 アマリアが優しく尋ねる。


「キアランは、あんなに傷だらけになって戦ってくれた。僕は、自分の身は自分で守れるようにする」


 ルーイはまっすぐ前を見つめ、凛とした表情をしていた。


「でも――」


「僕は魔法の力も腕力も弱い。だけど、気持ちだけでもしっかりしなきゃ……!」


「ルーイ君……!」


「アマリアおねえさん。僕、今は弱いけど、きっと強くなるから……!」


 アマリアは黙ってうなずいた。そして、包み込むような眼差しでルーイを見つめる。今は反論せずにルーイの気持ちを尊重しよう、そんなふうに考えているようだった。

 森の空気は、刻一刻と暗く異様なものに変わっていく――。


「来たか……!」

 

 大地を這うような不気味な音がし、木の枝が折れる音が聞こえる。

 巨大ななにかが、草をなぎ倒しながら走る。

 キアランは天風の剣を構えた。アマリアは、水晶の杖を高く掲げて呪文を唱える。


「木々を抜ける緑の風、闇の使者を封じよ……!」


 アマリアが呪文を唱えるやいなや、木々の間を走る風がつむじ風のように渦を巻く。そして、魔の者の気配がするほうへと一気に流れていく。

 一瞬の静寂。

 アマリアの魔法により、魔の者の進行が止まったようだった。


「魔の者、覚悟せよ!」


 キアランは駆け出す。木々の向こうに、魔の者の姿が見えた。

 それは、二つの頭を持つ巨大な蛇のような姿をしていた。アマリアの魔法に全身を包まれ、苦しそうにその場で身をよじらせている。

 キアランの金の右目が、魔の者を鋭く見据える。


 こいつの、急所は……!


 ボコッ……!


 魔の者の二つある頭の付け根から、新たな三つめの頭が現れた。新しく現れた頭が、キアラン目がけて襲いかかる。

 天風の剣が、風を斬る。

 キアランは、魔の者の首を斬りつけた。


 硬い……!


 硬い鱗に、天風の剣が弾かれた。

 魔の者が、威嚇音を発する。

 そして、キアランを頭から飲み込もうと、大きな口が迫る。 


「緑の槍、闇の使者を打て……!」


 アマリアの魔法が、三つめの魔の者の口を貫いた。


 貫いた……! だが、これは、やつの急所ではない……!


 魔の者の輪郭が揺らぐ。


「なに……!?」


 魔の者の体から、不気味な音がする。

 魔の者の首の付け根から、今度は新しい二つの頭が現れた。魔の者は、合わせて五つの頭となる。


「五つの頭の怪物か……!」


 キアランは、天風の剣を構え直す。

 先ほどは天風の剣を弾かれた。攻撃が有効な角度、タイミングを見計らいながら、キアランは自分の動きが鈍いことに気が付いていた。


 山道という地形のせいだけではない……! 怪我のせいか、薬のせいか……、思った通りに動けていない……!


「緑の風、緑の槍……!」


 アマリアの呪文が魔の者の動きを縛り、魔の者の体を貫く。しかしそのたびに、新たな頭が生まれ、キアランたちを目がけて襲いかかろうとする。


「ダメージを負うごとに、頭が増え続けるのか……!」


 キアランは魔の者に斬りかかる。

 しかし、振り上げた天風の剣は、またしても硬い鱗に阻まれる。

 キアランは舌打ちする。


 鱗で剣は効かず、たとえ攻撃が効いても頭が増え続ける――。急所を狙わなければ意味がない……!


 魔の者の動きは今のキアランより素早く、キアランの攻撃はことごとく鱗に阻まれ続けた。


 急所……! やつの急所は……!


 キアランは焦っていた。息は乱れ、木々の根や草に足元をすくわれそうになる。


 急所はどこだ……!


 魔の者の横に回り込むように走り、キアランは金の瞳で魔の者を見据えた。


 あそこか……!


 長い体の先端部分、尾の先の部分がキアランの目に留まる。そこに、魔の者のエネルギーが渦巻いているようにキアランの瞳には映っていた。


 尾の先端部分を、攻撃すれば……!


 尾の先も、鱗に覆われていた。天風の剣が弾かれる可能性が高かった。


 でも……。尾の下、腹側の部分は――。


 魔の者が移動していたときに垣間見えた、尾の下、腹側の部分だけ鱗がなかったのではないか、キアランは自分の記憶に賭けることにした。

 

 よし……!


 キアランが魔の者の尾を目がけて駆けだしたそのとき――。


 バシッ……!


 魔の者はアマリアの動きを封じる風の魔法を破り、大きくその長い体をキアランのほうへくねらせた。

 キアランは、魔の者の尾に勢いよく弾き飛ばされ、そばの大木に体を打ち付けた。


「うっ……!」


 衝撃で意識が遠のきそうになる。キアランはかがみこみ、大木の根元に座り込むような姿勢になっていた。


「なにを、やっている」


 さらり――。


 キアランの顔に、銀色に輝くなにかが触れる。


「あ……!」


 キアランが見上げると――、冷たい銀の瞳があった。

 思わず、息をのむ。


「お前は……! シルガー!」


 銀の髪の魔の者――、シルガーがそこにいた。


「なにを苦戦している」


 シルガーは、キアランの黒髪を掴み、キアランの顔を上げさせ、そこに自分の顔を近付けた。


「なにをやっているのかと思えば――。つまらんものにずいぶんと好きなようにやられているな」


「なにを……!」


 まずい、キアランの心が警鐘を鳴らす。ただでさえやっかいな魔の者との戦闘中に、シルガーまで現れたとなると……、キアランは激しく動揺した。

 シルガーは、笑っていた。


「お前は、そんな器ではないはずだ」


 シルガーは、歌うような声で囁く。


 なにを、言って……!


 シルガーの意図が、キアランはわからない。


「まあ、怪我のせいか。それと、貴様なにか飲んだな。そういう些細なものの影響を受けるのか、人間の体ってやつは。まったく面倒なつくりをしている」


 シルガーは、キアランの髪を掴む手を離した。

 急に支えを失ったキアランは、地面に顔を打つ。

 

 くそ……! こいつにまで、いいようにあしらわれてしまっているじゃないか……!


 キアランが怒りと苛立ちを感じながら顔を上げた、そのときだった。

 無数の頭を持つ大蛇のような魔の者が、キアランとシルガーのほうへ向き直る。

 

 シャアアアア……!


 大蛇のような魔の者の裂けた口が、襲いかかる。

 キアランとシルガー目がけ――。

 シルガーの右腕が、真一文字に空を切った。なにかのまじないのように。


 なに……!?


 キアランは、目を見張った。

 なにかが落ちる、大きな音。

 大蛇のような魔の者の、尾が体から離れ、地面に落ちていた。


「魔の者が……!」


「ふっ……」


 シルガーは、口元に笑みを浮かべていた。

 大蛇のような魔の者の全身が、尾に続き音を立てて倒れる。シルガーに急所を切り落とされ、絶命したのだ。

 シルガーは、倒れた魔の者のほうへ歩き出すと、その胴体を踏みつけた。


「あれは、私の獲物だ……!」


 シルガーは、絶命した魔の者に向かって宣言した。キアランが自分の獲物であると――。


「シルガー……!」


 キアランの胸に刻まれたように、赤いトカゲの模様が光る。

 シルガーは、長い銀色の髪を風に躍らせ、キアランのほうへ向き直る。


「貴様も、つまらんことで命を落とすな……!」


「シルガー! お前……!」


 シルガーの、刃のような瞳。

 シルガーは、キアランの胸を蹴った。


「うっ……!」

 

 鋭い痛みに、呻き声が漏れる。


「私を、失望させるな」


 キアランは土の上に倒れ込み、激しく咳込んだ。


「ああ。すまなかったな。人間ってやつは、扱いを加減しなければすぐ死ぬんだったな」


 人間……!


 キアランは、ハッと気付く。シルガーは、先ほどから自分を「人間」と呼んでいる……!


「シルガー、私は……!」


 キアランは尋ねようとした。シルガーに、今自分のことを「人間」と呼んだ理由を。

 しかし、息は整わず舌はもつれ、うまく声が出ない。


「早く目覚めよ……! キアラン……!」


「シル……!」


「楽しみに、しているぞ……! キアラン……!」

 

 シルガーの長い銀の髪が、ひるがえる。

 シルガーの笑い声が、静寂を取り戻した森に響く。

 キアランの視界に、遠ざかるシルガーの後ろ姿。笑い声を残しながら、深い緑の中に吸い込まれるようにしてその姿は消えた。


 待ってくれ……! 教えてくれ……! シルガー……!


 雨が、降り始めた。

 草の中に倒れたキアランの体を、冷たい雨が打ち付けていた。

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