第5話 火の精霊エンジュ ④
ミズチが小川の水を空にうかせて、水筒の中に入れてくれる。
お菓子はもしもの時のための非常食にと、お父さんがお母さんにだまって持たせてくれた丸くて大きくてあまーいチョコチップビスケット。羽かざりのフーガが、わざわざ風の力で手元に運んでくれる。
「こんな時間にお菓子を食べたらお母さんに怒られちゃうけど、こんなにお腹がすいちゃったんだからしかたないよね」
「そうだな。今夜は特別の特別だ」
森の木々の合間の空に、星がいっぱいにひろがってまたたいている。星空を見上げながら、友だちと食べるお菓子は最高においしかった。
「クーラリオ、ボクのお母さんに会ってもこの事は絶対にだまっていてね。ボクのお母さん、いつもはボクより元気いっぱいで、まるでお姉ちゃんみたいなんだけど、こういうことにはすっごくきびしいんだから」
「そうなのか」
うんうんとうなづきながら、クーラリオはユウトの家族の話を楽しそうに聞いていた。ユウトが楽しそうにしているのを見ていると、楽しそうな声を聞いていると、今補充できないはずの魔力が体に戻ってきている気がしてくる。
「もしかしたら、クーラリオまでしかられちゃうかも。だからこの事は、絶対にないしょだよ。約束してね」
「しかられるのはオレ様もいやだからな。約束するぜ、ユウトが夜中にこっそりビスケットをお腹いっぱい食べちまったなんてことは、お前のお母さんには言わないって」
「あはははは……」
「はははは……」
ユウトは靴をぬいで、小川につけた足をばちゃばちゃしながらクーラリオと楽しそうに笑いあっていた。
小川の水は清らかでつめたく、ふきぬける風はやさしく体をなでてくれる。それはまだ治りたてで敏感になっていたユウトの肌をいたわってくれているよう。
「このまま星空を見上げながら、うとうとできたら最高なんだけど」
「そいつは無理だもんなぁ」
「うん。そうするのは全部終わらせてからだもんね」
「そういうこった」
ユウトは小川の水で顔をパシャパシャあらって、顔をぱんぱんとはたく。ちょっと力が強すぎたような気がしたが、痛みを感じる事ができるということがとてもうれしかった。
空腹も満腹も、痛さも気持ちよさも眠たさも、それは生きているから感じる事ができるもの。そう、ユウトはしっかり生きているのだ。
ユウトが気合を入れ直したのを見届けると、クーラリオはしっかりした声で問いかけた。
「じゃあ、もう大丈夫だな?」
「うん」
「ケガの方も、お腹の方も大丈夫なんだな」
「うん、大丈夫だよ。十枚入りのビスケット、七枚も食べちゃったし」
いつもだったら五枚も食べればおやつはおしまいのユウトだったが、今夜は七枚も食べてしまっていた。
「残りはどうするんだ?」
「明日になってからゆっくり食べるよ」
「そうか、明日だな」
「うん。明日だよ」
その言葉を聞いて安心したクーラリオ。これなら本当に大丈夫だと判断し、ユウトにさっき戦った火の精霊について教えてくれた。
「さっきお前を“焼きおにぎり”ってのにしようとしたのは、火の精霊エンジュだ」
「エンジュ?」
「ああ。火山の近くでいつも燃えている木でな、火山がおとなしいときは種の姿でじっとしていて、火山が噴火すると大きな木の姿になるっていう、変わった精霊だ」
「そうなんだ。でもボクをおそってきたときは巨人みたいな姿だったけど?」
「あれは敵が近づいてきたときにあんな姿になるんだ。根っこは動かせないが、腕みたいに幹を自由に動かすことができて、それで自分の種をねらって近づいてくる火くい鳥をおっぱらったり、ふんずかまえて土にうめちまうこともあるけどな」
「そうなんだ。樹だからあんまり動かないんだと思っていたよ」
でもエンジュは本来、あんな風に手のこんだふいうちはしないはず。もしかしたら、ゲオルギィのやつが、なにかエンジュに術をかけたのかもしれないと、クーラリオは話をつづける。
「でも、エンジュがふいうちしてくるかもしれないってわかったから、同じ失敗はもうしないよ」
「そりゃあそうだ。あんなひどい目にあったんだ。同じ手を二度も食うヤツはいないぜ」
むこうも同じ手が二度も通用するとは考えていないだろう。だから次はエンジュも、もっとちがったことをしてくるにちがいない。
「まあ、ここでうだうだ考えたってしょうがねえもんな。とりあえず、気をつけながらあたってくだけるしかないな」
だが、ユウトはその意見に首をふって答えた。
「どんな手を使ってくるかわからなくっても、エンジュの攻撃は火なんだから、準備をしっかりしてから行かないとだめだよ」
「ま、そりゃそうだな。とりあえず、何を準備していくんだ?」
「持っていけるだけ、水を持っていくんだ」
ユウトは、ふたの開いた水筒をちゃぷちゃぷとゆらしながら笑顔を見せた。




