仲良くできると嬉しいです
「・・・・・・そりゃあね」
ヒジャは少し目を見開き、それから口角をあげてこちらを見た。
本殿のメイドに、しかもあきらかに長く居ますといった雰囲気の二人に、何でこんなバカなことを聞いてしまったのだろうと後悔したけれど、細面の美女の方にはまんざらでもない質問だったらしい。
「何度もお側に呼ばれているわ」
口許を上げてとっても得意そうな顔でツンとして答えるヒジャは、冷たい印象がちょっと和らぐ。クヴァがまたもやくくくっと薄ら笑う。
「ヒジャはこれでもね、大公殿下のとっても親密なご友人なのよ!! あなたがさっきから気にしてるヒジャの金の腕輪は、大公様の特別なご寵愛の印ってわけ。私は持ってないけどね~」
手首をひらひらさせて屈託なくクヴァは言っている。
えーと、えーと、やっぱりヒジャは大公殿下の愛人で、後宮内では地位のある人ってことかー。
さもありなん。
ヒジャの美しい顔をあらためて見て納得する。
とくに印象的な美しい双眸は女の私だってドキドキするほどだ。
「ふーん」
突然クヴァが面白そうに私を見つめた。
「特別扱いの子が来たって言うからどんななのかと思ったけど、ふうん、ずいぶん可愛い子が来たのね~」
「は?特別扱い・・・?」
「まあこっちの話よ。妃殿下のお相伴にも呼ばれていて、お気に入りなんでしょって話」
ごまかすようにクヴァはふふんと鼻で笑い、
「あなたってばいつまでたってもヒジャに挨拶に来ないし、ちょっと顔を見に来たのよね~」
「クヴァ、私は挨拶に来いと言いたいわけじゃないわ」
ヒジャが心底困ったように言った。
はらりとほつれた髪をさらりと耳にかけるとき、また手首の細い金の腕輪がきらめく。
なおもヒジャが口を開こうとするのを制するように、クヴァが私に手を差し出してきた。
「まあ、いいわ。仲良くしましょうよ~。私とは」
「え?」
「ついでにヒジャとも仲良くしてやって!」
「は、はい・・・?」
「クヴァ、新参ものをからかうのはやめて」
はぁ~とヒジャが大きく息を吐いた。
当初、怖いとしか思えなかった切れ長の鋭い目が、ほんのり優しく見える。
「ごめんなさい。エルマ。意地悪を言うつもりはないのよ。ただ、困ったことや辛いことがあったら、私のことも思い出してって言っておきたかっただけなの。もしも大公様のお相手に呼ばれたら仲良くしましょうって」
「あ、ありがとうございます?」
なぜか疑問形になってしまったせいか、二人が笑う。
お相手に呼ばれたら仲良くしましょうって、不思議な言い方!
お相手に呼ばれるようになった覚えておいで!と脅されるならともかく。
自分から味方よと言ってくる人は、正直ほんとに信用できるかわかんないんだけど。
「私は別に誰かと張り合うつもりはないんですもの。私が一番大公様をお慕いしていればいいの」
「あ~、ほんと、そういうヒジャのこじらせたところは尊敬するわ~」」
クヴァがけらけらと笑う。巻き毛のクヴァは見た目はとても可愛らしい印象なんだけど、口を開くとちょっと意地が悪いようだ。
「ヒジャはプライドが高いからさ、醜い争いなんて出来ないのよね~。大公殿下のご寵愛を受けても意地悪なんかしないわよ~。だから信用して」
これってうなずいていいの?と微妙な気持ちになりながら、クヴァと握手する。ヒジャはつんとして私たちを眺めてきて、何が楽しいのかクヴァが目を細めた。
「あ、そうだ。フ-ライン様にはさ、何かのついでにヒジャとクヴァがよろしくって言ってたと伝えて」
いきなり言われてむせそうになった。
「は?」
「フーライン様よ。どうせお相伴の席でお会いしてるんでしょ」
「あ、はあ、はい」
「も~。返事ははきはきしてよね。だから、フーライン様にヒジャとクヴァがよろしくって言ってたと伝えてって言ったの」
「あ、はい。わかりました」
「よろしく~」
と言ってクヴァがにっこりする。そして、ものすごく小さい声で言った。
「あなたって何でも素直にうなずいちゃうのね。ほんと可愛いわ~」
「え?」
一瞬、意味がわからなくて固まってしまった。
でも、ヒジャが今度こそあからさまに眉間にシワを寄せてクヴァを睨んでみせたので、ハッとした。
側室になって館まで賜っているフ-ライン様。
でも、ヒジャはメイドのまま、メイド部屋にいる。
お互いに旧交を温めることなんて無いのかも。
自分の男を取られると思った女は、豹変する。
薄暗くよどんだ目になり、何を言っても無駄になる。
この目の前の美女だって、実際に私が大公殿下の寵愛を受けたら豹変するに決まってる。
アーマイゼ伯爵夫人も、あんなにも面倒見がよくて細やかで上品な人だったのに、最後は薄暗い瞳を向けてきた。
そしてあの方の妻。
ミロードの奥方様は狂気に満ちた目で私を見下ろしてきた。
あれは嫌だ。
でも。
私は今、バカみたいに一人の男に懸想している。
妃殿下は自分の恋人にメイドが懸想するのくらいは許してくれるだろうか。私を歯牙にもかけずに「ではな」と立ち去った男だけれど、ふいに道端の花に目を留めて摘んでみたくなることもあるかもしれない。
ファティマ妃だって立場上は人妻で、クリムハルト様を独占する権利なんてない。ああ、でも、私がクリムハルト様とどうにかなったら、ファティマ妃は鞭で打ったりするのだろうか。もしもファティマ妃にあんな目をされたら、心が壊れる。たぶん。
ヒジャとクヴァとの二人と別れて、髪の手入れをしてもらいながら、私はそんな妄想にぐるぐるしていた。