おかえりなさいませ
朝から戦場だった。
メイド全員が日が昇る前に食事をとり、順番に衣装部屋でドレスをもらう。
どのドレスを着るのかは、前日までにちゃんと決められていたけれど、お互いに殺気立ちながら着替えをした。
私に割り当てられたのは濃桃色の派手なドレスで、胸の肉を押し込み切れずに胸元が開いていて、わりとえげつない。
「相変わらず大きな胸ねぇ。その胸で大公殿下のお目に留まるといいわねぇ」
と一緒に着替えていたメイドの一人がつぶやき、近くに居たリンジーには生ぬるい目を向けられた。
リンジーのドレスは赤みのさした灰色で、縦にきれいにラインが入った美しいデザインだ。胸から肩にかけての赤と白の飾り紐が絶妙な配置。時々リンジーが着ているのを見るけれど、他のメイドが着ているのを見たことがない。もしかしたらリンジーの専用のドレスなんだろうか。
化粧も終わり、廊下を進むとメイド長が声をからすようにして指示を出している。リンジーもジョシュアも指示に従ってどこかへ行ってしまったし、ヒジャとクヴァは探しても見当たらなかった。
というかね。
メイド全員が着飾って出揃うとこうことになるのか!とめまいを感じてしまうほどの美女の大群なんだな、これが。ドレスもなんかこうきれいな色の一番いいのを全部出してきたって感じで、一番盛りのころの花園よりも華やか。
こんなに大勢の浮かれてる雰囲気の女たちに、てきぱき指示を出して騒ぎも喧嘩も起こさせずにいるメイド長も、ある意味凄腕なんだなと思う。
私は本殿の正面入り口で並んでお出迎えせよと命じられた。
「やったわ」
「殿下にお声をかけていただけるかも」
と一緒のメイドたちが喜んでいるので、わりといいポジションなのかもしれない。
大公殿下に直接お目にかかれるってことだよね。
20人ばかりで共に立ち並んで、待つことになった。少しでも前に出ようとするメイドもいたので、はいはいどうぞどうぞと先頭を譲る。
数人の女がちらりと私の胸元を見やって顔をしかめたので、私もあえてツンと顔を背ける。なんか、こういう殺伐とした臨戦気分は感染するよね。ケンカを買うのは得意じゃないんだけど。
「はん、牛娘」
悪口らしきものを呟かれて、笑いを噛み殺す。
嫉妬や羨望のこもった悪口なんて、誉め言葉に取っておく方がいい。
だってさ。
クリムハルト様には一顧だにされなかったんだよね。この胸。
あれだけの美貌なら女に不自由なんてことはなくて、だから目の前にちょっとばかり胸の大きい女が現れても、隙あらば揉んでやれみたいな発想にならないんだろうけど。でも、ちょっとくらいは欲のこもった感じで触られると思った。丸見えの中庭の出来事だったとはいえ、子守唄を歌わせられて、ゆるく抱き締められて終わりだった屈辱がなかなか晴れない。
だから警護の兵士たちの私たちを眩しそうに見てくる視線が、くすぐったい気分で純粋に嬉しくて、気分が浮き上がる。それに相当しつけがいいのか、兵士たちの視線は熱っぽいけれど下劣な色があまりない。
大公宮の美女たちは大公殿下の愛人たちだっていうのが普通の認識なんだから、欲情の対象じゃなくて、美術品を並べて見せられてるみたいなものなのかもね。
でもさっきからこっちに集まる視線は、たぶん私にじゃなくて、隣。
私の横には年若そうな美少女がいて、兵士たちに微笑みかけてのきなみ悩殺しているのだ。やるなぁ。
月光石のように、白くなめらかで内側から輝くような肌をしていて、零れ落ちそうな大きな目とキュッとした小さな口。人形でもここまで可愛いものはなかなか作れないくらい。彼女のドレスは山梔子色の飾り気のないドレス。袖がぴったりと誂えたように細い腕を包んで、胸も慎ましく厳重にしまいこまれている。柔らかい厚地の生地を使っているから着る人によっては野暮ったいものになるところを、むしろ若々しさがあふれて愛くるしい。私たちメイドは衣装係が渡してくるドレスにさっさと着替えるだけで、選ぶ自由はないけど、彼女にこのドレスを選んだ衣装係は、なかなかわかってる。
そこへ靴音が響き、立派な身なりの騎士たちがガヤガヤと入ってくると、兵士たちの背筋が極限までぴんとはりつめた。
空気が変わった。
私たちもまた身を屈めた。本殿にお客様を迎えたことはたくさんあって、陳列されるように着飾って立たされるのもこの2ヶ月でだいぶ慣れたのだけれど、やっぱり緊張感が違う。
頭を下げた向こうで、女官が大公殿下に口上を述べる声が聞こえる。
足音が止まった。
「元気そうで何よりだ」
よく通る、低く渋い声。口上を述べた女官や兵士に労いの声をかけている。
「さあ、可愛い娘たちは顔を見せなさい」
可愛い娘たち、と言われて周りのメイドが顔をあげたのだから、どうも私たちのことらしい。
渋い声と言葉の軽さが不思議な響きだ。内心おかしく思いながら私は初めて大公殿下の姿を見た。
ああ、なるほど。
我が国の生ける軍神。こういう方だったのか。
頭髪も髭も白いものが目立ち、顔には深い皺がいくつも刻まれている。若い頃から常に戦場にいて前線に赴いたという話はきっと誇張ではない。
想像を裏切る、眩しいくらいの精悍さ。
威風堂々。
なんて美しい。
思わずほうっと感嘆の吐息をもらしてしまったけど、周りのメイドも兵士たちも似たようなものなので目立たないと思う。
実のところ、もっと脂ぎった巨漢を思い浮かべていた。
天を震わせ地を割る怒号のような声を想像していた。
美女を集めて享楽にふけるような、ゆるみきった貴族を想像していた。
これじゃあ世の夫たちは、妻を急いで隠さないといけない。
人のものを取るのがお好き、なんじゃないよね。恋人がいようが夫がいようがこの大公殿下を前にしたら、女がみんな体を投げ出してくるって感じだよね。
メイドたちが身を乗り出すように秋波を送っているのを眺め渡して、大公殿下は満足そうな顔をする。誰かに目をとめて手を伸ばしてくるのかと思ったけれど、とくにそんなことはなかった。どうやら目に留まった女は一人もいないってことかな。またはお目当てのメイドがいないのかもしれない。だって、大公殿下の視線はふいっふいっとそれていって、周囲の兵士たちのほうや私たちメイドのもっと奥ほうへ流れている。ひそかに誰かを探すように。
結局、探している誰かが見つからなかったのか、大公殿下はメイドたちに笑みを残しながら、足早に通りすぎ、本殿内へ入っていった。騎士たちの靴音だけがいやに高く大広間に響き渡る。
まるで一陣の風だ。
風の中から
「はあ、相変わらず綺麗どころが並んでいるなぁ」
「いい女ばっかりだ」
「すごいよなぁ」
という呟き声が聞こえたことに、ちょっと胸を踊らせてしまうほどに、本命の大公殿下はあっけなく素っ気なく現れて消えてしまった。
「あ~、残念」
私の隣の美少女が呟いたのが聞こえた。




