ある貴族の災難
今日は私の人生で最悪の日になるかもしれない。キッカケはいろいろあるが、王とバカ王子が隣国の姫を欲しがるというアホな理由で戦争を仕掛けたことだろう。
国境の砦に派遣された私は、嫌々ながらも隣国の砦に進攻し奪い取った。
30年も国のために戦い、将軍職をまっとうしてきたが、こんなふざけた理由で戦争をするはめになるとは。先王の頃はまだ良かった。
最悪の日の始まりは、1日の終わり頃にやって来た。部下が複数の兵士が倒れていると報告してきたのだ。
憂鬱な戦後処理を終えて床に着こうとしたその時に、兵の足音が聞こえ、騒がしさに身を起こした私は部下から困った報告を聞く。
「理由は判りませんが、兵士が次々と倒れております! 怪我もなく襲撃者の姿を誰も見ておりませんから、伝染病などの可能性もあり兵たちに動揺が拡がっております! 如何致しましょう?」
怪我がないなら一撃で気絶させる凄腕か、部下の言う通り病気の可能性もあり、どちらにしてもマズイ状況だ。
敵兵の死体を処理したあとだ、兵士たちの間に幽霊騒ぎが起こりかねん。早目に解決しなければ、逃げ出す者も出るだろう。
「まず倒れた兵を医務室に運び、隔離しておけ。そして無事な兵を叩き起こして砦内を調べさせろ。念のために口と鼻を布で覆っておくんだ」
その程度で大丈夫とは思えんが、無いよりマシだろう。
「すぐに手配します」
部下が部屋を飛び出したあと、私は襲撃だった場合に備えて武装する。
長年、私の命を守ってくれた鎧も今日ばかりは頼りない。
準備が整い、部下からの報告を待つ。先程から砦のあちらこちらに明かりが灯り、兵士たちの走り回る足音が響く。
しばらくして戦闘音が耳に届く。飛び出そうとして思い止まり部下の報告を待つ。
焦れる心を押さえつけ、部下の報告を今か今かと待っていると、部屋に向かって走って来る靴音が聞こえ、数々の強敵を斬り裂いてきた愛剣の柄を、知らず知らずの内に強く握っていた。
私の耳に唾を飲む音が嫌に大きく聞こえ、いつになく緊張している自分に気付く。
戦時中の警戒した砦に気付かれずに入り込み、何人もの兵士を倒す相手だ。
暗殺者なら倒した兵士を放置しないで隠すだろうし、そもそも見付からないように私の所に来るだろう。
大勢なら侵入される前に発見できるだろうから少数の凄腕の線が濃厚だ。
よほど腕に自信があるのか、兵に損害を与えるつもりなのか分からないが、恐らく勝てない相手だろう。せめて若い頃に戦いたかった。
「将軍!! 将軍!! 居られますか」
そこまで考えたところで、部下の声が耳を打つ。
「部屋に居る!! 入って来い!!」
ハッとして答える。戦闘中にグダグダ考えていても仕方がない。対処を急がなくては。
転がるように2人の伝令が部屋に入る。
「報告します! 襲撃者です! リーべル様が部隊を率いて向かいましたが苦戦しておられます! 応援を寄越して欲しいとのことです!」
副官が苦戦とは。50人の兵士で300人の敵兵を倒した男だぞ。砦には2000人の兵士が居るのに僅かな敵に苦戦するなど夢にも思わなかった。
「分かった。すぐに動ける兵を全て集めよ。私が指揮を執る! 敵の数などの報告を」
1人が部屋を出て兵を集めに行き、1人が報告のために残る。
「報告します! 敵の数は1人と1匹! リーべル様が問い質したところ、襲撃の理由は戦争を止めるためだそうです!」
ほう。まるで英雄譚に出てきそうな理由だ。
「それで、被害は何人だ?」
「はい。幸い死人は出ておりません。ですが近付くと瞬時に倒され、弓を射掛けても剣で斬り払われ、魔法を撃っても消されてしまい手に負えません」
強いな……マズイ事態だ。
死人は出なくても、敗北を許す王ではない。負ければ敵に捕らえられ、運よく捕虜交換で国に帰れても処罰は免れん。しかし……
「死人が出ていないとは、どういうことだ?」
「相手は我々に死んで貰っては困るそうです。その者が言うには、来る魔王軍との戦争のため、戦力を減らさないように殺すつもりはない。兵を退き、国へ帰って王を止めろと」
本当に英雄がやって来たのか? しかし、国へ帰ってもバカ王の説得は無理だろう。
降伏して交渉しようにも、相手国の兵士をかなり殺害してしまっている。捕虜を返還しても許されないだろう。
私の首を差し出して降伏するとしても、王が止まらなければ戦争も止まらない。どうする気だ?
「そもそも、その襲撃者はどこの所属だ? カローリ王国にそんな凄腕は居たか? レクス王国の光剣カイン殿か?」
「本人はカローリ王国と交渉して、追い返すことを条件に全権を任された者だと言っておりますが……その……格好が交戦国からの使者には見えないと申しますか…………皆、戸惑っております」
騙し討ちか? …………いや、その実力なら騙し討ちをする必要はない。
「侵入するために目立たない格好をしているんだろう。攻撃してきたのは交渉の場に私を引きずり出すためだな。劣勢の国では何を言っても無意味だからな。実力を見せて対等の立場になってから交渉するつもりだ」
私の言葉に兵士は妙な表情を崩さない。
「それが……お言葉を返すようですが、とても真面目な相手には見えないと言いますか、有り体に言うとおちょくられている気が」
なぜだ? 危険を冒してからかいに来るわけが。
「理由は? こちらの兵を殺さないように戦う以上、戦争を止めるために来たと言う言葉には説得力がある」
「はっ! しかし格好が黒ずくめで顔を隠し、頭に女兵士や女騎士の下着を被っているのです」
「…………………………は?」
戦争中に茫然自失になったのは初めてだった。
「え? え? 下着? なぜ下着? 30年戦い続けて最期になるかもしれない戦いで下着? こんな最期? ワシ、こんな相手に負けるの?」
「さらに怒り狂ったペンギンに砦を破壊されています! 指示をお願い致します!」
「ペンギンまでワシの人生を目茶苦茶に? こんな最期になるなら砦を奪う時に討ち死にしたかった……」
よりによってパンツを被った変態とペンギンに? 最悪だ……。
「将軍! 援軍を送りました。指揮をお願いします!」
兵士を集めに行った伝令が帰って来たが、ワシどうしたらいいの? ただの変態なら捕らえればいいが、強い変態の対処って何だ?
「将軍! 混乱していないで指揮を!」
「あ、ああ。そうじゃ……そうだな。ワシ、じゃなくて私が指揮を執らねば。現場に向かうぞ」
あまりの事態に孫と接する口調になってしまった。
こんな所にからかいに来るはずがない。確認は必要だ。
伝令を連れて向かうと、建物の外にある練兵場に兵士が集結している。
パンツを被った変態の周りに兵士が倒れているが、無事な兵に回収されていた。
医務室に運ぶ間は攻撃されないらしい。口だけでなく本当に戦争を止めるつもりらしい。
副官に近付くと敬礼される。襲撃者に目を向けると、周囲に真っ二つにされた矢が散乱していた。報告通り凄腕だ。変態だが。
「貴殿は何者だ? 戦争を止めに来たと聞いたが?」
全身からプレッシャーを放っているが、頭に被っているパンツのせいで台無しだ。
背後では、けたたましい鳴き声を上げながら、砦の壁に穴を空けている岩跳びペンギンの姿が見える。
岩跳びペンギンは岩場で過ごすために脚力が凄いと聞くが、おとなしい生き物のはず。
だが、何が不満なのか伝令の報告通りに怒り狂っている。
「俺の正体は、嫁に叱られるから内緒だ。今はこう名乗っている」
嫁に叱られるって……恐妻家か? 奴はゆっくりと振り向き剣を納める。
「一つ人より女好き。二つ不埒に尻を撫で。三つ見事にスカートめくり。人呼んでエロ侍! 見参!」
なんか相当変な奴が来てしまった。
「俺の要求は戦争中止と、この10代から20代の女騎士たちのパンツを戦利品として要求する! 戦争を止めない場合は王を殺しに行く! 美少女は俺んだ!」
平和を願う心と下心が同居した男だ。
「30代の兵士の下着は要求しないのか?」
「母親を連想する年代はゴメンだ!!」
清々しいまでの変態だな。
その言葉を聞いて、副官が困り顔で近付いて耳打ちした。
「将軍。困りました。男として奴の発言には同意できます」
「そこに困るな! 今の事態に困れアホ! ワシが困るわ!」
今日は厄日か? 副官までおかしい。
「……とにかく、王に報告させてくれ。私の判断では決められない」
「では、国境まで下がれ。そうすれば猶予を与える。下がらない場合は全員気絶させて王に降伏を迫る。俺は戦力さえ残り民間人が無事なら国の名前や王が変わろうと構わないのでな」
「……分かった。撤退する」
この男の言葉は本気だ。殺気で気温が下がった気さえする。
男のふざけた態度に弛んでいた気が引き締まった。
つくづくパンツさえ被っていなければ。




