遺跡での戦闘
買い物は振り回されて終わった。大した武器も見つからず、終始あれが食べたい、これが欲しいと王女のおねだり攻撃に翻弄された挙げ句にリーゼに怒られた。
ユリアとカリンは迷子になり、アルテミスに至っては動物を見掛ける度に付いて行ってしまう。
女の子は大好きだけど、女の子との買い物はひたすらツライ。集団になると手に負えない。
疲れて帰るとビリーが遺跡の地図を見ながらブツブツ呟き、ユリアに相談を始めた。
面倒な話は任せて、俺はリーゼの機嫌を取ることにした。女の子は過ぎたことを蒸し返して怒るので、忘れて貰えるように激しいキスを交わして、愛してると繰り返す。
将来子供が生まれた時に蒸し返されたら格好が付かないので必死だ。
リーゼとの子供にお父様格好悪いと言われたくない。ユリアとの子供ならノンキそうなので大丈夫な筈だ。
夕食の時間までイチャイチャしたら、リーゼの機嫌も良くなったので安心だ。
女王達と一緒の夕食は楽しかったが、娘との婚約を奨めて来るので困ると口で言って、女の子達の機嫌を損ねないようにしてからコゼット姫にアーンをして誤魔化す。
食事も喉を通らないとは、このことかと学んだが、イマイチ人生の役には立ちそうにない。
「帰ってきたら結婚なのじゃ~!」
お転婆姫がぴょんぴょん跳ねて妙なフラグを立てる。
「ですから! あたしの婚約者です!」
「そうだよ? お兄ちゃんはアタシのお兄ちゃんだからね!」
「家族がいっぱいでユリアは嬉しいです!」
ユリアは和むな~。たまに妬くけど。
「それじゃあ、そろそろ出発するよ? 皆もいいかい?」
ビリーが御者席で手綱を握り、話を逸らしてくれた。
「ご武運をお祈りしていますわ」
「ありがとうございます。レアイラ様」
母親同士、マリンと仲が良い。昨夜も子育ての話題で盛り上がっていた。
「おい、トール。アルテミスが居ないぞ! どこに行ったんだよ? トールの指示か?」
キョロキョロしてアルテミスを捜すケビンが訊いてきたが、俺は命令は出していない。
「馬車の中から気配がするから、中で甘いお菓子でも食べてるんじゃないか?」
「……マイペースだな。奴隷なのに……」
唖然としているケビンの肩を叩いて馬車に乗り込むと、ホッペをリスのように膨らませてビスケットを食べてるアルテミスが居た。
「むぐっもぐっ、ぼひゅべん! バルもべぼけふとはぶる?」
ビスケットを差し出していることから、ビスケットを食べるか訊いているらしい。
水を出してやって、飲み込んでから喋るように躾をした。
「アルはごしゅじんが大好きだから、お菓子わける! ん! ごしゅじん食べる!」
ビスケットを俺の口に持ってきて、嬉しそうな顔でいるので食べることにした。
2人でもぐもぐビスケットを食べていると、皆も馬車に乗り込み、出発する。
余り揺れない馬車なので、飲食もしやすい。カリンが欲しそうな顔で見ているが、アルは非情にも全部口に入れた。
「アルちゃんはお菓子とお兄ちゃんのことにシビアだよ~」
「泣かないの。飴をあげるから」
マリンに飴玉を貰っただけで機嫌を直すなんて幼稚園児みたいだな。
「ユリアのおやつのカップケーキもあげますね。カリンちゃん、アルちゃん」
女の子達のはしゃぐ声を子守唄代わりに聴きながら、体力の温存を兼ねて遺跡に着くまで眠りに就いた。
「ご主人様、着きました! 起きて下さいね?」
身体を揺すられる感覚とユリアのやわらかな声に意識が覚醒する。
目を開けると眩しい陽光と武装した仲間の姿が飛び込んでくる。
「おはよう。トールも早く準備してね?」
「お兄ちゃんって寝顔がすごくボヘ~っとして可愛いね!」
「アルはいつも見てる!」
「ご主人様、お顔を拭いて下さい」
ユリアがお湯で濡らした手拭いを渡してきた。
顔を拭き、武装をして外に出ると、ビリーが馬を馬車から外して木に繋いでいた。
ケビンは魔法の弓の点検をして、マリンが馬のエサと水を用意して備えている。
遺跡からすぐに戻って来れるとは限らないので必要だ。馬車に帰還の翼の目印を設置すると遺跡に向かった。
魔物を倒しながら森を進むと、大きな湖が視界いっぱいに広がった。
「遺跡はこの湖に沈めてあるそうだよ。エルフの偉大な賢者の精霊魔法らしい。遺跡を浮上させることは出来ないが、ユリア君に任せれば水の中でも呼吸可能だそうだ」
ビリーの説明にユリアが小さな胸を張る。
「やっとご主人様のお役に立てます! ユリアに任せて下さい!」
湖の前に立ち、胸の前で手を組んで、祈るようなポーズを取る。
「水の精霊アレイア! ユリアに力を貸して下さい!」
ユリアが祈ると、俺達の身体を薄い水の幕が包み込む。
「これで水と一体化したので、3時間は水の中でも大丈夫です。効果が切れるまえに掛け直すので離れないで下さいね」
ユリアの説明に皆が頷いたのを確認してから、俺から順に湖の中に飛び込んだ。
水の中を泳いで行くと、水底に巨大な建造物がその全容を明らかにした。
水の中に沈んでいたにも関わらず、苔すら付着していない。水の精霊王の力に守られているらしい。
因みに、最初に入った遺跡は光を屈折させて隠していたそうだ。
妖精魔法で一時的に見えるようにして入ったので、実際は俺達以外には見えていなかった。
妖精魔法は自然をある程度操るので可能らしい。
ユリアは光の精霊と契約してないので妖精魔法で代用した。
光の精霊王の封印だったらしく、遺跡で手に入れた光る宝玉から光の精霊王の力を感じたそうだ。
ユリアも修行で成長しているので気付いたのだろう。この遺跡は水の精霊王の封印だろうから、他の遺跡も精霊王由来の守り方かもしれない。
遺跡の入り口を探して20分、ようやく遺跡に入ることが出来た。
遺跡の中は水で満たされていて動き難い。ヒュードルがあっさり退却したのは、ここで戦う方が有利と判断したからだろう。
奥で待ち受けているか、奇襲を掛けてくるかは判らないが、不利なのは変わらない。
ビリーの先導で進む。水を排出する仕掛けがあるらしいので、まずはそこに向かう。
複雑な通路を右へ左へ曲がり、そろそろ1時間経とうとしたその時に、俺とビリーが気配を察知して後方からの襲撃に備えた。
ヒュードルがかなりの速度で突っ込んで来た。全員で戦闘態勢を取るが、そのスピードに付いて行けずに切り裂かれる。
まずいな。ダメージは皆、大したものじゃないけど時間の問題でやられてしまう。
俺は闘気を発揮してヒュードルと仲間の間に入った。ジェスチャーで先に行って水を排出する仕掛けを動かすように伝える。
俺が相手をしている間に、水を抜いてから戦うしか勝ち目がない。
あらかじめ作戦を伝えていたので、皆の動きも早い。チラチラこちらを気にしているが、先に進むのに躊躇いはない。
仲間が充分に離れてからヒュードルが口を開いた。奴は水中でも喋れるらしい。
「俺っちに取ってやっかい者は勇者だけさ~。各個撃破は1対多数の基本だからね~。1番の強敵をここで絶対に――――」
言い終わる前に奴が攻撃を開始する。
「殺すよ!」
動きは見えていても水の中で、不自由な動きしか出来ない俺には躱す術は無く、腕を薄く斬られた。
闘気のお陰でダメージは少ないが、この調子で攻撃を受け続けると出血の所為で動けなくなる。
防御に全力を費やして凌ぐしかない。皆が戻るまで片道30分以上は掛かる筈だ。
レベルを下げた方が良いかもしれない。ライフイーターと回復魔法で時間を稼いで、ダメそうならレベルを奪う。今後の強敵の為にも経験値は出来るだけ欲しいから最後の手段だ。
「次々行くぜ~。勇者様!」
首を狙って来たので腕で防御するが、すり抜けたあと、すぐさま背後から反対側の首を斬られた。
水が血の色で薄く色付く。腕を振るって奴を追い払う。闘気を纏っているので、自分を傷付ける技を警戒しているらしい。
カウンターを食らわないように、一撃離脱戦闘を仕掛ける腹積もりのようだ。
俺は時間稼ぎがしたいから助かるけど、不利なのは明白だ。少なくとも致命傷だけは避けたい。
「その光る腕には気を付けないと痛い目見ちまうからな~」
イラッとするな! 水の中だとビームは威力が出ないから直接殴らなければならないのに。
尤も、今のは只の闘気を纏ったパンチだけど。水中じゃあ技は効果が薄いので消耗を抑えたいから使わない。
狭い通路より広い場所の方が多少は避けやすいかもしれん。場所を移動しよう。
背を向けて泳ぐ俺に奴が迫る。気配を頼りに拳を振るうがタイミング良く停止して、刃状にした腕を伸ばして突き出した俺の腕を斬る。
離れた隙に移動を繰り返して、なんとか広い場所まで戻った。仕切り直しだ。
一方その頃、トールと別れて進むユリア達はチャージフィッシュと言う魚の魔物に足止めを食らっていた。
ビリーが自慢の斧で斬り掛かるも、水の中では速度が遅く、突進を受けて弾き飛ばされる。
この魔物は2メートルくらいの体長で、鼻先に硬いコブがある。その突進は岩を砕く威力だ。
如何にビリーと言えど、無視出来ないダメージだ。マリンの回復が追い付かないほどに、仲間達が傷付いて行く。
ユリアが水の精霊の力を使い、水流を発生させて壁にぶつけるが、余り効いていない。
ケビンも槍で突きを放つが、水の抵抗で威力を殺されて硬いコブに弾かれてしまっていた。
アルテミスの得意な雷魔法なら有効だが、感電してしまうので攻めあぐねていた。
仕方なくカリンが魔法戦士に変身して、光の翼のマシンガンのような攻撃で撃ち抜いてダメージを与えることに成功した。
しかし、強敵との戦いが待っているので、長時間の戦闘は控えたいというのが本音である。
敵がカリンの攻撃を食らい、動きの止まったところをリーゼロットが剣で狙う。
ドラゴンの鱗すら斬り裂く竜覇剣の威力は素晴らしく、敵の身体を貫き、壁に縫い止めた。
そこをビリーの斧で頭部を切り落として勝利を収めた。一行は回復もせずに先を急ぐ。トールの心配で焦る心を抑えて。




