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【お慕いしておりました】悪役令嬢は涙を流しながら微笑む 〜五年かけて仕込んだ復讐が今夜完成いたしますわ〜  作者: ぽんぽこ解放太郎


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お慕いしておりました

※悪役令嬢が公開断罪されます。

※ざまぁ成分強めです。

「——セラフィーナ・ヴァレスト! お前の罪を、ここに断じる!」


 夜会の大広間に、王太子アルベルトの怒声が響き渡った。


 アルクリーゼ王国の王城ルミナリア。その最奥にある大広間『星の間』は、百年前の国王が大陸一の宝石商から買い上げた千粒の魔晶石を天井に埋め込ませた、文字通り星空を模した空間である。


 今宵は王家主催の夏至祭。王都の上位貴族が一堂に会する、社交期最大の催しだった。


 楽団の弦の音が途切れる。シャンデリアに灯された百本の蝋燭が一斉に揺れた気がしたのは、広間に居た三百余名の貴族たちが息を呑んだせいかもしれない。


 白い夜会服に銀糸の手袋。ヴァレスト公爵家の当主代行にふさわしい、品格のある装い。セラフィーナはワイングラスを右手に持ったまま、壇上の王太子を見上げていた。


「お前は聖女エステルを虐げ、嘘の噂を流し、彼女の名誉を傷つけた。王太子の婚約者という立場を笠に着て弱き者を踏みにじるその悪行、もはや看過できぬ!」


 アルベルトの声は芝居がかっていた。正義に酔っている者特有の高揚があった。黄金の髪を揺らし、青い瞳を怒りに燃やす姿は、確かに絵になる。この男は昔から、自分が物語の主人公であると信じて疑わないのだ。


「よって、本日をもって婚約を破棄する!」


 アルベルトの隣で、エステルが顔を覆って泣いている。


「わたしのせいで……ごめんなさい、セラフィーナ様……わたしさえ現れなければ……」


 薄い肩を震わせ、涙を零す声は広間によく通った。計算された音量だった。淡い桃色の髪と翠の瞳。男爵家出身ながら聖女の印である額の紋章を持つ彼女は、確かに可憐だった。守りたくなるような庇護欲を誘う美貌で、その効果を本人は熟知していた。


 広間があちこちでざわめいた。


 だが、その視線の温度はどこか奇妙だった。令嬢たちの扇の陰の囁き、当主たちの冷ややかな目線。それらが向けられているのはセラフィーナだけではない。むしろ、冷たい視線の多くは壇上の王太子に注がれていた。


 誰も、それに気づかない。アルベルトも、エステルも。


 自分が何をしているのか理解していない者には、他者の目の色を読む余裕がないものだ。


 セラフィーナはゆっくりとワイングラスを近くのテーブルに置いた。指先は震えていた。目に涙が滲んでいた。


 そして、深く一礼した。公爵家の令嬢として叩き込まれた、完璧な礼。


「殿下——お慕いしておりました」


 その声は確かに震えていた。涙を堪えるような、悲痛な響き。健気で哀れな令嬢の最後の告白。


 会場に沈黙が落ちた。エステルの嗚咽だけが響く中、セラフィーナは背筋を伸ばし、静かに踵を返した。


 追いすがる者はいない。アルベルトは鼻を鳴らし、エステルの肩を抱いた。勝利の笑み。邪魔な婚約者をようやく切り捨てられた、という顔だった。


 ——会場の隅で、セラフィーナの侍女マリカが小さく微笑んだことに、気づいた者はいなかった。


   ◆


 アルクリーゼ王国は大陸の東端に位置する中規模の王国で、三百年前に初代王が興して以来、王家と五大公爵家による六柱体制で国政を運営してきた。


 五大公爵家はそれぞれ役割を持つ。軍事のランスフォード家、外交のベラニスカ家、司法のアシュレイ家、内政のグラディウス家。そして財務監査——王家の財政を監視する番犬の役を担うのが、セラフィーナの家であるヴァレスト公爵家だった。


 番犬。つまり、王家にとって最も煙たい存在。


 だからこそ、歴代のヴァレスト公爵は王家との関係に細心の注意を払ってきた。忠義は尽くす。しかし、不正は許さない。帳簿に嘘があれば指摘し、是正を求める。そのために代々の当主は財務の専門教育を受け、独自の監査機構を家中に持っていた。


 セラフィーナの母マルグリットは、ヴァレスト家の当主としても歴代屈指の才媛だった。社交にも長け、他の四公爵家との連携も良好で、先代国王からの信任も厚かった。


 二人の間に生まれる第二子がヴァレストを継ぐ——セラフィーナと王太子の婚約には、母の代にそんな盟約が交わされていた。


 問題は、先代国王が崩御し、現国王が即位した時に始まった。


 現国王は凡庸な男だった。政治的手腕はなく、意志も弱い。そんな男を操るのは容易であり、実際に操ったのが王妃グロリアだった。


 グロリアは中堅貴族のダウリング伯爵家の出身で、名門の出ではない。だが野心と知略に長けた女で、王妃の座に就くと同時に実家への利益誘導を始めた。国庫からダウリング家の領地開発費へ不自然な資金が流れる。王妃の管理する王城の修繕費が年々膨れ上がる。宮廷の人事に王妃の息がかかった者が次々と配置される。


 マルグリットはそれを見逃さなかった。


 三年をかけて証拠を集めた。王妃の署名がある不正な支出命令書の写し。ダウリング家への送金記録。買収された財務官の証言。全てを揃え、国王に上申する直前だった。


 マルグリットが横領犯だという告発が、先に議会に出た。


 巧妙に偽造された帳簿。ヴァレスト家の金庫に「発見された」架空の隠し資産の証拠。二人の財務官が「公爵夫人に命じられて不正な送金を行った」と証言した。全て、王妃が仕込んだものだった。


 ヴァレスト家は財務監査の家系だ。その当主が横領したという告発は致命的だった。弁明の機会は議会規定上与えられるはずだったが、王妃派の議員たちが「証拠は明白。弁明は時間の浪費」と押し切った。


 マルグリットは社交界を追放された。公爵位は剥奪こそされなかったものの、監査権限は凍結された。番犬の牙を抜かれたのだ。


 失意と屈辱。何より、己の無実を証明できなかった無力感。


 母は半年で別人のように痩せ細り、冬の終わりに息を引き取った。享年三十四。セラフィーナは十二歳だった。


 枕元で最期を看取ったのは父と幼いセラフィーナだけだった。かつては屋敷に溢れていた他家からの見舞いの花も、追放後は一輪も届かなくなっていた。


「最期まで守り抜いた本物の証拠が──まだ全て残っている」


 父はそう言った。涙は既に枯れていた。泣き尽くした後の、乾いた怒りだけが声に滲んでいた。


「屋敷の書斎に隠してある。だが正確な場所は、私にすら明かされなかった。見つけ出せ。そして正しい時に、正しく使え。焦ってはならない。この国で冤罪を晴らすには、真実だけでは足りないのだ」


 翌年、父も後を追うように亡くなった。心労だった。穏やかで優しい人だったが、それゆえに妻を守れなかった自分を許せなかったのだと思う。


 セラフィーナは十三歳で公爵家の当主代行となった。先代の筆頭執事と筆頭侍女が後見人となり、領地運営は滞りなく進んだが、社交界でのヴァレスト家の地位は地に堕ちていた。


 誰もが哀れんだ。両親を失った幼い令嬢。王太子の婚約者でありながら庇護者を持たない少女。不正の家の、可哀想な子。


 ──哀れんでくれて構わない。寧ろ、その方が都合が良かった。


 セラフィーナは「従順な婚約者」を完璧に演じた。


 アルベルトが横柄な態度を取っても微笑んだ。王妃に嫌味を言われても礼を尽くした。宮廷で聖女エステルが現れ、王太子の寵愛を奪い始めても、穏やかに身を引いた。


「あの方はお優しい心をお持ちですもの。わたくしは殿下のお幸せを願うだけですわ」


 誰もがセラフィーナを「お人好し」だと思った。気の毒な子だと。牙を抜かれた番犬の、哀れな子犬だと。


 裏では全く別のことをしていた。


 母の書斎を調べ始めたのは十三の夏だった。マルグリットは聡明な女だったから、証拠の隠し場所も尋常ではなかった。書斎の二重底、壁板の裏、書物の装丁に縫い込まれた薄紙。一年がかりでセラフィーナは全てを見つけ出した。


 王妃の横領の全容を示す本物の帳簿の写し。ダウリング家への送金を命じた王妃自筆の書簡。資金の流れを記録した暗号帳。そして、母が万が一に備えて残した手記。


 手記にはこうあった。


『この証拠だけでは勝てない。王妃は議会を押さえている。証拠を出しても握り潰される。必要なのは、王妃が自ら墓穴を掘る状況と、それを見届ける大勢の証人だ』


 母は全てを分かっていた。分かっていて、間に合わなかったのだ。


 ならば、娘が成し遂げる。


 幼馴染のレイモンド・カーライルに全てを打ち明けたのは十五歳の秋だった。カーライル侯爵家は五大公爵家に次ぐ名門で、代々ヴァレスト家とは友誼を結んでいた。レイモンドの父もマルグリットの真実を信じていたが、政治的に動ける状況にはなかった。


「セラ。俺に何が出来る」


 レイモンドは証拠を一通り見た後、一言も疑わなかった。「何年かかる」とだけ聞いた。


「五年。それまでに、全てを整える」


「分かった」


 五年の計画は三つの柱で構成された。


 第一に、証拠の補強。母の残した証拠は数年前のものだ。王妃の不正が現在も続いていることを示す新しい証拠が要る。セラフィーナは母から受け継いだ財務監査の技術を密かに磨き、ヴァレスト家に残る旧い人脈を通じて王城内部の最新の帳簿情報を入手し続けた。


 第二に、情報の浸透。レイモンドが社交界に独自の情報網を築いた。表向きは社交好きの侯爵家嫡男。裏では、王妃派閥の醜聞を茶会や夜会の雑談に紛れ込ませる情報戦の指揮者。「王妃の実家が最近やけに羽振りがいい」「聖女の出自が怪しい」。噂は酒のように、ゆっくりと、しかし確実に貴族社会に染み渡った。


 第三に、敵の自滅を誘導する舞台の構築。


 これが最も困難で、最も重要だった。


 三年目に、エステルの正体を掴んだ。


 聖女と呼ばれる彼女は男爵家の正式な令嬢ではなかった。養女として迎え入れられた平民の私生児で、男爵家が王妃から年間三千ディナの報酬を受け取って身分を偽装していた。聖女の額の紋章すら、ダウリング家が闇ルートで入手した聖印の魔具で偽造したものだった。王妃がセラフィーナを排除し、自派閥の駒を王太子妃に据えるための布石。


 四年目に、アルベルトの私的な支出記録を入手した。王太子としての権限を使い、国費でエステルに宝飾品を贈っていた。王城の一室をエステルの私室として改装させた費用も国庫から出ていた。職権の私的濫用。王族法第十七条違反。


 五年目の春、全ての準備が整った。


 貴族たちには、レイモンドの情報網を通じて真実の輪郭が行き渡っていた。誰も表立っては口にしない。だが茶会の席で、舞踏会の片隅で、貴族たちは囁き合っていた。全員が薄々知っている。王妃が横領していること。聖女が偽物であること。王太子が愚かであること。


 あとは、最後の一押しだけだった。


 セラフィーナの侍女マリカは、二年前からエステルにも仕えていた。


 表向きはセラフィーナに嫌気が差して鞍替えした侍女。主人を捨てた不忠者。実際はセラフィーナが送り込んだ二重の駒だった。マリカの家族はかつてヴァレスト家に仕えていた一族で、マルグリットの恩を忘れていなかった。


 夏至祭の三日前。マリカがエステルに囁いた。


「セラフィーナ様が先日の茶会で、殿下のことを『退屈な方』と仰っていました。『聖女に夢中になるような方ですもの、仕方ありませんわ』と」


 セラフィーナはそんなことは言っていない。だがエステルにとって、それは最高の燃料だった。嬉々としてアルベルトに告げ口した。


 激昂した王太子は、夏至祭の夜会で全貴族の前で婚約破棄を宣言すると決めた。エステルを虐げた悪女を、正義の名のもとに断罪すると。


 全てがセラフィーナの設計通りだった。


 公衆の面前で、証拠もなく婚約者を断罪する。それは王族として致命的な判断力の欠如を自ら証明する行為にほかならない。


 しかもその場には全上位貴族が居る。目撃者は三百人。


 セラフィーナが五年かけて用意したのは、証拠の束だけではない。王妃とアルベルトとエステルが自ら墓穴を掘り、国中の貴族がそれを見届ける、この一夜の舞台そのものだった。


 母が果たせなかったことを、娘が完成させる。


   ◆


 セラフィーナが大広間を出て回廊に足を踏み入れた、その時だった。


 背後で大広間の扉が勢いよく開かれた。


 駆け込んできたのは王の側近、ガルシア伯爵。王家直属の近衛騎士を四名従えていた。


 ガルシア伯爵の声が、大広間と回廊の両方に響き渡った。


「国王陛下の勅命により通達する」


 広間が凍りついた。


「第一に。王妃グロリアに対し、過去七年に亘る国庫横領の嫌疑にて、身柄を拘束する」


 悲鳴が上がった。しかしそれは王妃の声ではなかった。周囲の令嬢たちの驚きの声だ。王妃グロリア本人は、血の気が引いた顔で立ち尽くしていた。


「第二に。聖女を名乗るエステル・ローレンに対し、貴族身分の詐称および聖印偽造の嫌疑にて、同じく身柄を拘束する」


 エステルの甲高い叫びが響いた。


「嘘! 嘘よ! わたしは聖女よ!」


 だがその額の紋章は近衛騎士が掲げた鑑定の魔具の光を受けて、既に色褪せ始めていた。偽物の聖印は、鑑定魔法の前には無力だった。


「第三に。王太子アルベルトに対し、公の場における不当な断罪行為、および王族法第十七条に定める職権私的濫用の嫌疑にて、廃嫡審議の開始を宣言する」


 アルベルトが怒号を上げた。


「ふざけるな! 父上がそんなことを許すはずがない!」


 ガルシア伯爵は無表情のまま、羊皮紙の勅令書を広げて見せた。そこには確かに国王の署名と王印があった。


 国王の署名は本物だった。セラフィーナが集めた証拠は、国王に直接ではなく、四大公爵家の合議を通じて提出されていた。五大公爵家の合議──ヴァレスト家を除く四家の全会一致の要請を受けた国王は、王妃を庇うことができなかった。意志の弱い王は、妻を守るよりも自分の王冠を守ることを選んだのだ。


 そうして、大広間は静まり返った。


 誰も庇わなかった。王妃を。エステルを。王太子を。


 当然だ。全員が、もう知っていたのだから。レイモンドが五年かけて浸透させた真実を。


 セラフィーナは回廊の柱に背を預けた。広間の喧騒が夢のように遠い。


「セラ」


 穏やかな声。足音が近づいた。レイモンドだった。


 彼は何も言わず、右手を差し出した。あの日と同じだ。全てを打ち明けたあの日と。


 セラフィーナはその手を見つめた。頬にはまだ涙の跡が残っている。広間で流した、演技の涙。五年間ずっと演じてきた。従順な笑顔も、悲痛な声も、震える指先も。


 けれど今、視界が滲んだのは演技ではなかった。


「……五年。長かったわ」


「ああ。でも、完璧だった」


 レイモンドの手を取る。温かかった。この五年間、凍えそうな夜に何度も差し出してくれた手だ。策が行き詰まった夜も、母の命日に涙が止まらなかった夜も、この手だけが傍にあった。


 セラフィーナは笑った。涙を流しながら、初めて、本当に笑った。


 お慕いしておりました。


 それは王太子に向けた言葉ではなかった。


 最愛なる母へ。あなたの無念を晴らすその日まで、ずっと、ずっと。


 ──お慕いしておりました、母上。


 どうか安らかに眠ってください。番犬の娘は、牙を取り戻しましたから。

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父親が妻の事を母上と呼んでいるのはおかしい。マルグリットが~と名前で呼ぶかお前の母が~という方が適切では。公爵代行をしている跡取り令嬢が王太子の婚約者というのもおかしい。母親が生きている内からの婚約な…
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