〜エピローグ〜
◆ エピローグ ──三ヶ月後 ◆
秋の陽射しが、ヴァレスト公爵家の墓所に降り注いでいた。
王都の東丘にある一角。古い樫の木に守られるようにして、二つの墓碑が並んでいる。苔むした石壁に囲まれた静かな場所で、風が吹くたびに樫の葉がさらさらと鳴った。
セラフィーナは墓前に白い花を供えた。母が好きだった、秋咲きの月花草。
「ご報告がございます、母上」
声は穏やかだった。数年間張り詰めていた糸が緩んだ後の、静かな声。
「先日の貴族議会で、母上への横領の告発が正式に取り下げられました。冤罪が晴れたのです。母上の名誉は回復し、財務監査権限も当家に戻ります」
夏至祭の夜から三ヶ月。事態は想定通りに、しかしセラフィーナの予想よりも速く動いた。
王妃グロリアは裁判にかけられ、七年以上に及ぶ横領の全容が白日の下に晒された。総額にして実に十二万ディナ。王城の年間維持費に匹敵する額が、ダウリング伯爵家の懐に消えていた。王妃は地位を剥奪のうえ幽閉。ダウリング家は取り潰し。横領された資金は国庫に返還された。
聖女エステルの身分詐称も立証された。男爵家は共謀の罪で処分され、エステル本人は平民に戻されて王都を追放された。最後まで「わたしは本物の聖女よ」と叫んでいたそうだが、偽造聖印が鑑定魔法で消えた時点で、信じる者は誰もいなかった。
王太子アルベルトは廃嫡された。王弟に継承権が移り、アルベルトは北方の小さな離宮に送られた。政治的な発言権も爵位も失った元王太子は、それでもまだ「いずれ父上が戻してくださる」と信じているらしい。国王が真っ先に息子を切り捨てて自分の王冠を守ったことを、彼はまだ理解できていないようだった。
「あの方は最後まで、自分が物語の主人公だと思っていましたわ」
セラフィーナは少しだけ笑った。嘲りではなく、もはや興味を失った者の微笑みだった。
「それから、もう一つご報告を」
墓碑に手を添える。石は秋の日差しで温かかった。
「レイモンドと婚約いたしました」
言葉にすると、耳が少し熱くなった。五年間、共犯者として背中を預けてきた相手。幼馴染。
いつから恋だったのか、セラフィーナ自身にも分からない。ただ、全てが終わった夜に差し出された手の温もりが、復讐とは無関係に心を震わせたのは確かだった。
「カーライル侯爵家との縁組は、母上の時代にも話があったと聞いています。母上もきっと、お喜びになると思いまして」
風が吹いた。樫の木が大きく揺れ、木漏れ日が墓碑の上で踊った。
母が返事をしたわけではない。けれど、セラフィーナには十分だった。
「長い間、待たせてしまいましたね」
目を閉じる。五年間の記憶が瞼の裏をよぎっていく。母の手記を見つけた夜。レイモンドに全てを打ち明けた秋。侍女マリカを送り出した朝。断罪の夜会で流した、最初で最後の演技の涙。
そして、回廊で流した本物の涙。
全部、終わったのだ。
「セラ」
振り返ると、墓所の入口にレイモンドが立っていた。外套の襟を立てて、少し照れたように片手を上げている。
「ゆっくりでいい。馬車で待ってる」
「……いいえ。もう済みましたわ」
セラフィーナは墓碑にもう一度手を触れ、立ち上がった。
歩き出す。レイモンドの隣に並ぶ。彼が自然に手を差し出し、セラフィーナがそれを取る。三ヶ月前の夜と同じ動作。けれど今は、共犯者の手ではなく婚約者の手だった。
「今日はこの後、領地の監査書類が届くの。五年分の遅れを取り戻さなければ」
「もう仕事の話か」
「番犬ですもの」
レイモンドが笑った。セラフィーナも笑った。
秋風が二人の背を押すように吹いた。墓所の白い月花草が揺れ、樫の木が葉を散らし、澄んだ空はどこまでも高かった。
もう振り返らなかった。
母が愛したこの国を、これからは自分が守る番だ。
6/11誤字報告くださった方、6/11,6/12論理指摘くださった方ありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。




