那珂川リクの憂鬱
台湾旅行から戻って数日、ゴールデンウィークも終わり、平凡な日常が返ってきたかに思えた――しかし、彼女たちがにいる非日常は終わらなかった!
そんなことを言いたくなるくらい、二人には部屋に入り浸られている。
ミカは少し用事があるとのことでキノエと二人で部屋に戻った。
勝手知ったる様子でリビングでくつろぐ彼女からは少し甘い香りが漂っている。
「……なんか甘い匂いがすんね」
「んー? どんな」
オレの言葉に、ニヤニヤとキノエが笑う。
こう、テーブルに肘をついて萌え袖気味のカーディガンで口元を隠しながらの実に蠱惑的な仕草だった。
「なんだろ、バニラ系? なんかお菓子食べてる?」
「欲しい?」
ははーん? これはあれだな、意地悪する気だな?
「え、まぁもらえるなら――!?」
なんて油断していたところをぐい、と顔を引き寄せられてキノエにキスをされる。
柔らかな唇の感触と、漂っていた甘い香りを強く感じた。
「ななな……!」
「へへー、正解はー、あたしの新しいリップでした」
小悪魔ァ、小悪魔(百八十一センチ)がいるぅ!
思わず口元をなぞって少女漫画のヒロインみたいな反応をしてしまう。
いや、本当油断したところにこれはやめて欲しい。
ときめくから。
「お邪いまー」
そこに折よくドアの開く音がして、まだ流行りが終わってない謎のあいさつとともにミカが部屋に入ってきた。
「おかえりー」
「横中さぁん! あなたの友達が男心ころころころころ転がす小悪魔なんですけどぉ!」
とりあえずリビングを出て勢いよく泣きついていく。
「彼女のことで彼女に泣きつく人初めて見た」
目をぱちくりとさせたミカがそんなことをのたまう。
そりゃまず彼女は二人いませんからね……。
「それで、どうしたの」
「なんか甘い匂いがするって言ったら『欲しい?』って聞かれてうんって答えたらキスされた」
「私がいないところでイチャイチャしてる」
おっとお叱りの気配。
これは最悪捕食者が二人に増えるぞ。
「オレのせいではなくない? 黙ってた方がいい感じ?」
「ダメだよ。三人の間で起きたことはすべからく明らかにしてくれないと」
「すべからくを厳密に使う人初めて見た」
「ふふ」
オレの指摘そこはかとなくどや顔をしている。可愛い。
「あとキスくらいリクだってしてくれる」
いまさら? というニュアンスをただよわせてミカが言う。
「そうだけど、手口がさぁ」
毎回今いいよな、怒られないよなってビビってるオレもいるんですよ。
「やなの?」
「心臓に悪い……」
「慣れて」
厳しい。
「慣れるかなあ」
「じゃあ私で練習する?」
「小悪魔ァ! 小悪魔がここにもいるぅ!」ちな百八十三センチ。
「おかえりー」
とりあえずリビングに戻ると、キノエが楽しそうに迎えてくれた。
「……えー、ところで今日は大事な話があります」
「うん」
「なにー、改まって」
我ながらぐったりした声だな、と思いながら続ける。
多分、顔も相応にひどいことになっている。
「このままだとオレは死んでしまいます」
対面のある意味厳しい彼女さんたちは互いの顔を見合わせたあと、そろって内側に首をかしげた。
「「?」」
くそう、めっちゃ可愛いな。
「お二人にはですねえ。体力差を考えて欲しいんですよ」
しかしその可愛い二人によってオレの男としての自尊心なんてものは初日で削り殺されている。
こんなことを言うのにためらいは無かった。
「体力差」
「めっちゃ講義中眠いっス……」
ましてちょっと生活に影響が出てきかけているのだ。
童貞のころは知らなかったけど、セッッって結構体力つかうんだよな‥…。
「あぁ」
「あー」
異口同音に二人が察した声を出す。
ご存じかも知れないが、オリンピックの選手村にはとんでもない量のコンドームが用意されると言う。
かたや去年までバレー部、それも県大会常連校でレギュラーをしていたレベルのアスリート。
かたや勉強か息抜きのゲームしかしていなかったエリートギーク。
それが連日運動(意味深)――それも一対二のハンディキャップマッチしてたらどうなるか、もうおわかりですね?
枯死するんですよ。
(※なお体格でも普通に負けているものとする)
「じゃああたしたちが動こっか?」
「やめてくれよ……」
そもそもそんなこと言っといてキノエは割と受け身な上にすぐふにゃふにゃするじゃん……。
可愛いから文句はないけど。
「キノ、はしたない」
「発言よりもっとはしたないことしてるんだよなあ」
ミカもミカで体力が尽きるまでイチャコラしたがるとこあるし。
可愛いから文句はないけど。
「ちょっとですね、回数を控えていただきたいんですよ」
「それじゃまるであたしたちが無理矢理襲ってるみたいじゃん」
わりとその通りだよ。
「天辺ってもしかして記憶喪失してる?」
「え、なんで?」
ダメだ、これはまるで悪びれないタイプの厳しい彼女さん。
相対的に厳しくない方の彼女さんに、一縷の望みを託して視線を送る。
腕組して胸を持ち上げながらミカはうーんとうなった。
「でもまだ三年分のリク成分の補充が足りてない」
「こっちの彼女さんも厳しい……!」
顔で泣いて心でも泣いてる彼氏さんもいるんですよ!
「だよねだよね!」
そして我が意を得たりと勢いづくだいぶ厳しい方の彼女さん。
「もう少ししたら落ち着くと思うから、ちょっとだけ頑張って?」
それ見たことかと鼻息荒いキノエに比べれば、ミカは多少悪びれているけども……それはそれで逆に断りづらくなるのが策士な気もする。
「もう少しってどんくらい?」
「六月……七月に入れば、多分?」
「それせっかくの夏休みだから~とか言ってチェイン切れない気しかしないんだけど」
「あるある」
「あらないで欲しいって言ってんの!」
そりゃいつかきっと雨は上がるかもしれないけどね?
今まさにオレは低体温症で凍えそうになってるんだよなあ。
ケテ、タスケテ……。
「――わかった」
そんな懇願するようなオレの視線を受けて、ミカがちょっと譲歩の姿勢を見せる。
「わかってない!」
「即否定やめろ」
ミカの言葉をインターセプトしようとしたキノエに突っ込むと、彼女は頬を膨らませて不満の意を示した。
「えー」
ちょっと、いやだいぶ可愛い。
「根本的な解決をした方がいい」
「回数減らすならミカにしてね? あたし我慢しないから」
「このワガママっ子がよお……!」
すがすがしいほどに自己中な発言をかますキノエに断固非難の視線を送る。
「?」
投げキスを、するな……!(動悸)
「リク」
「なに?」
「体力を、つけよう? 私も付き合うから」
「結局オレの努力……!」
――いかにも体育会系なミカによる解決法だったが、結局は前向きに取り組んでみるむことになった。
だってそりゃ、できるならオレだってしたいからね。
美人の彼女(二人)を持った男の子だからね。




