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恋を捨てた皇后~国のため私がお妃様を探しましょう  作者: 酔夫人(旧:綴)
第1章

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国のためだけを考える

「皇帝陛下の告白に返事から逃げてきたと聞きましたが、本当ですか?」


どうして知っているのかという思いを込めてオリガを睨む。


「部屋から飛び出してきた皇后様に驚いて紅茶を被った侍従長が陛下から事の次第を聞いて大笑いし、宰相閣下に急行してその旨を報告したのです。そして閣下から若様を始めとするあちこちへ話と笑いが伝染しております」


笑いも……なんなのかしら、それ。



「どうしたらいいと思う?」

「私が答えを出せる問題ではありませんわ。どうせ離婚できないのですから、ころっといっても宜しいのではありませんか?」


……オリガは陛下をあまりよく思っていなかったのに、意外だわ。



「アナスタシア様を泣かせる者は誰であってもクソ野郎です。ですから、陛下が真相を知らないと分かっていても、アナスタシア様を泣かせるクソ野郎だと思っておりました」


オリガ、言葉が悪いわ。



「でもあのとき、アナスタシア様が監禁されている場所を襲撃したとき、炎の壁の先にアナスタシア様がいらっしゃると分かると直ぐ、一切の躊躇なく炎に突っ込んだ陛下の御姿を見て、少しだけ、見直しましたの」


私も、若様ですら躊躇したのに、とオリガは苦笑する。


「お兄様にはペトロフ家の嫡子としてのお役目があるもの」

「そう仰るなら、陛下にはロシャーナ帝国の皇帝としてのお役目がありますわ。屁理屈はおやめください」


ペトロフの皇后を見捨てたら、あとが厄介だったのだ。

陛下は魔法に自信があったのだ。


オリガの言葉を否定する言葉はいくつも頭に浮かぶけれど、それを声に出ないのは、炎を抜けてきた陛下が私を見た瞬間の表情を、あちこち焦がして、顔には軽度の火傷を負って、それなのに、安堵の表情を向けられたことが忘れられないからだ。



それでも、陛下が差し出したあの手は取れない。



「これからも、私には子どもが宿らないかもしれない」

「それが、陛下のお気持ちを拒む理由ですか?」


私は一瞬、胸の奥で甘い気持ちが芽吹きそうなのを感じたが、静かにそれをやり過ごす。


「私はアナスタシア様が幸せであれば、陛下の気持ちはどうでもよいです。ただ、今すぐに決めなくても宜しいのではありませんか?」


確かに。


陛下ご自身も、これからの2年間で見極めてほしいと仰った。


未来など、誰にも見通せない。


定期的に医師の診察を受け、万全のタイミングを狙って房事に臨んできたこの2年間。

だけど、その結果が告げるのは私が子を得る可能性より、得られない可能性のほうが高いということ。


あくまで「可能性」。

でも、その可能性がある限り、現状維持以外の選択肢はない。


それが、皇帝と皇后という立場の、冷徹な現実。


「好き」か「嫌い」かなんて問題ではない。

国の未来には皇帝の子どもが絶対に必要で、だから皇妃探しが始まった。



皇妃らを迎えたら、陛下は、子を紡ぐために彼女たちとも定期的に肌を重ねる。


陛下は妙に律儀な方だ。


私との関係を前向きにすると宣言された以上、もしかすると皇妃に対する愛情など存在しないなどと口にされるかもしれない。


その言葉を信じるか、信じないか。

私はまた悩むことになる。


そんなやりとりに、誰が真の幸せを見出せるというのだろう。



それに、もしも、恐れ多くも陛下に胤がないというなら。


愛妾マリアによる粛清で、皇族の数は激減し、傍系にはセルゲイ公子ら数名、直系は陛下と皇弟殿下の二人のみ。


最善策は、皇弟殿下の子を陛下の養子にすることだが、彼は既に他国の姫との縁談が進んでいる。

ロシャーナは大国、他国の王族の血を引く子を次期皇帝に据えるのは大きなリスクとなる。


公爵家からの養子だって、また新たなトラブルの温床になるだろう。

だからノクトは秘密裏に生かされている、いざというとき「皇帝の子ども」を作るために。



「アナスタシア様、大丈夫ですか?」


考えに没頭し過ぎていたみたい……オリガの心配げな表情、急いで微笑みを作り頷く。


「では、陛下をお招きいたしますね」


――え?


「お招きというのは?」

「陛下がいらっしゃっています。シエナ宮の入口にて、ペトロフの騎士たちを相手に、アナスタシア様にお会いしたいと、もう30分ほど」


「なんですって?」



***



数分後、オリガに案内される形で陛下が現れた。


「先触れもなく、申し訳ない」


対面した私は、恐縮しながらも心の奥に潜む不安を隠そうと努める。


「いいえ、こちらこそ大変申し訳ございません」


陛下は続ける。


「言い訳をさせてもらえるなら、先触れは出していた。ただ、その先触れが受け入れられなかった。だから、私がここに赴いたほうが早いかと」


先触れを拒絶するなんて……。


「大変申し訳ありませんでした」

「いや、君が騎士たちに大切にされていることは、むしろ喜ばしいことだ。ただ、あまりにも大切にされすぎるあまり、君に会えぬのは困るのだが」


陛下の言葉の端にある甘味にそわりとする。

こういうのに、慣れていない。


「あの、用件をお聞かせ願えますか?」

「……明日、ミハイルの病死が公式に発表される。そのため、今回予定されていた房事は中止とせねばならぬ。だが、来月より、これまで通り私と床を共にしてもらうことになる。皇后としての責務として、どうか耐えてほしい」


皇妃がまだいない現在、皇后としての私の最優先事項は、国のために子を産むこと。


喪に服すことで一旦棚上げになったものの、陛下は皇妃と迎えると宣言したことで、陛下ご自身が継嗣に対して前向きな姿勢で取り組むことをお示しになった。


だから、私も皇后として受け入れなければならない。



「君は、俺と二人でいるのが苦痛か?」


苦痛?


「緊張はいたしますが、苦痛ではございません」


陛下は、苦笑した。


「緊張か……はは、実は俺も今、緊張しているんだ」


――緊張?

陛下が?


「なぜですか?」


首を傾げると、陛下はどこか困り顔で語り始めた。


「君に嫌われるのが恐くて、何をどう話していいか分からなかったのだ」


……。


「君に喜んでほしい、笑ってほしいという一心で、何を話すべきか悩み、焦ってしまう。いまだって、情けないほどに緊張している」


その瞬間、私の胸にもかつてあった、あの言葉に詰まる無力感を思い出す。


私もまた、陛下に喜んでほしいと必死になって、でも何を語るべきか分からず、結局は黙ったまま、退室を促されるまでそこにいただけ。


退室を促す陛下が、一瞬前に零すあの深い溜息に、身体は何度も強張ったものだ。


「君は、これまでずっとこんな緊張の中で生きてきたのだな」


私自身の過去を否定することはできない。


でも、陛下が、かつての私と同じならば……あのときの私がしてほしかったことが、思い出される。


「陛下、少々お時間をいただけますか?」

「大丈夫だが?」


「それでしたら、もう少し、お話ししませんか?」


陛下は一瞬、驚いたような表情を見せたあと、嬉しそうに微笑んでくださった。


「ああ、もちろん。喜んで」


その瞬間、私の胸は、長い冬を抜けた後の初春の陽光のように、暖かい風に包まれたように感じた。

続きの構想はそれなりにありますが、ここで一度完結とします。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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