【番外編】皇帝と皇后の新しい習慣
日間総合ランキング 45位
ありがとうございます。感謝を込めて番外編(時間軸は本編の続き)を公開します。
最初はアナスタシア視点、「♦♦♦」以降はニコライ視点です。
「皇后がよければなのだが、これからは予定が合うときは朝食を一緒に摂らないか。もちろん朝の準備が楽な俺がシエナ宮のほうに行くから」
陛下の突然の提案に戸惑いはあったものの「予定が合うとき」という条件付きなので受け入れることにした。
お兄様が陛下に助言したらしい。
余計なことだと思ったが、文句を言ったところで「皇帝と皇后が仲が良いに越したことはない」と至極当たり前のことを言われてお終いだと思うから文句を言うのはやめた。
お兄様は妹の私を大事にしてくださるのと同じくらい、陛下のことも大切に思っていらっしゃる。
お父様と同じ。
お兄様も根っからのペトロフなのだ。
お兄様は陛下の側近として復帰なさった。
お見かけするお顔はとても楽しそう。
お兄様はペトロフとしての忠義心と妹である私への愛情の間で葛藤していらっしゃったのだ。
あのときの私は皇后になることに必死で周りを見ていなかった。
お兄様の気持ちを考えたことがなかった。
本当に、お兄様には申し訳ない思いでいっぱいだ。
***
「おはよう、アナスタシア」
朝食を摂るために温室に行くと、陛下がもういらっしゃった。
最初の頃は皇帝陛下を待たせてしまったことに恐縮したが、毎回陛下は「自分が勝手に早くきただけ」と仰るので恐縮しないようにしている。
一緒に朝食を摂るこの習慣は、まだ10回にも満たない新しい習慣。
お互いにまだ馴染まず、擦り合せをしながら互いに納得のいく無理のない朝食の時間を作っているような気がする。
「変わった香りですね、何をお飲みなのですか?」
今日の陛下の手元のカップからは馴染みのない香りが漂っている。
「南国カルダルからの輸入品だ。カペーと言ったかな。茶のように葉ではなく豆から作ったものらしい。香りはいいのだが少々苦いな。慣れの問題だろうが、君も飲んでみるか?」
苦いなら遠慮する。
首を横に振って、オリガが淹れてくれた好物のミルクティを飲んだ。
今日も頭の痛む案件がいくつもある。
体力と忍耐が続くように砂糖とミルクをたっぷり入れてもらった。
「君のそれは最早『紅茶風味のホットミルク』だな」
そう言って笑う陛下の前には、てんこ盛りの朝食。
肉・魚・卵とタンパク質多めのラインナップ。
……またですか。
「陛下、何度も申し上げていますが私は筋肉に強いこだわりなどありません」
誘拐事件解決への助力の礼を申し出たら、カリーナ様から歴女の集いに誘われた。
人脈も知識も広がる、実り多き楽しい時間を過ごした。
歴女たちとの会話はテーマがあちこちに飛び、陛下が迎えにきてくださったときは筋肉の話で盛り上がっていた。
迎えは「同じ時間帯に視察に出ているから」という理由で陛下からのご提案。
警備のことを考えるとそのほうが安全なのでお願いしたが、陛下はあの日以来いつも筋肉増量を目指すマッチョな騎士たちのような食事を摂っている。
「それは聞いたが、ひょろひょろの新芽のような男よりドウシャ殿のようにどっしりとした大樹のような男のほうがいいだろう?」
……まあ、そう言われると反論できない。
新芽など寄り掛かるどころか間違えて踏みつぶしてしまいそうだ。
「ほら、やはりそうだ」
……健康に悪い食事内容ではないのだからもう放っておくことにしましょう。
♦♦♦ side ニコライ
呆れた顔で紅茶風味のホットミルクを飲むアナスタシア。
その前に置かれた朝食から漂ってくるのは定番となっているリンゴの香り。
最近のアナスタシアは三食必ずリンゴを食べているらしい。
気になるが、聞かない。
どれだけ会話に困っても「そんなにリンゴが好きなのか?」なんて聞かない。
なぜなら、アナスタシアがリンゴを積極的に食べるのは俺がたんぱく質を摂取するのと大して変わらない理由だ。
胸を大きくしたいらしい。
きっかけは、俺と護衛騎士マンセルの雑談だった。
いや、違う。
雑談ではなく猥談だ。
マンセルは俺の幼馴染で、気心の知れた間柄のため二人きりのときは気安く会話をする。
男同士だ、話題が逸れて猥談になるなんてよくあることだ。
ただそれを、俺の確認が必要で政務室まできたアナスタシアが、しっかり閉まっていなかった扉の隙間から聞いてしまったらしい。
そのときの話題が女性の胸の大きさの話だった。
誓っていうが俺はアナスタシアの胸に不満など一切ない。
「このくらいの大きさは欲しい」と具体的な大きさを示していたのはマンセルだ。
もちろんアナスタシアが「立ち聞きしていました」なんて言うわけがない。
そのことは「うちの可愛い妹に下品な話を聞かせるな」とアレクセイに叱られて発覚した。
アナスタシアは男は胸の大きな女性がいいのか兄に尋ねたらしい。
父親のペトロフ侯爵に同じ質問をしていないことを切に願う。
そして、アナスタシアの中で胸は大きいほうがいいという結論に達したらしく、そういう栄養が豊富だというリンゴをせっせと摂取している。
俺は手に持つカップに入ったカペーを見た。
一昨日の夜会で、立派な胸を持つカルダル大使夫人がアナスタシアに好物を聞かれていた。
彼女は牛乳とカルダルの名産品であるバナナと答えていた。
昨日の会議でアナスタシアはバナナの輸入に実に積極的だった。
バナナが朝食に並ぶのも遠くはないだろう。
俺とアナスタシアの間には2年という猶予ができた。
この2年間は皇妃の問題を棚に上げてお互いのことだけを考えられる。
それが過ぎたら皇妃の問題が再び浮上するが。
いまだって朝食を一緒に摂るだけで四苦八苦している。
こんな状態のところに他の女性が入り込んだら……俺はなにかやらかすに違いない。
場合によっては皇后の中にあるペトロフの情すらも失いそうな気がする。
皇妃の件をもっと先延ばしにするのに最も効果的なのがアナスタシアの妊娠だ。
これまでの2年のことを考えれば利己的が過ぎるが、幸いなことにアナスタシアは自分が俺の子を産むのがこの国に最善であると理解してもいるので俺との房事を受け入れている。
胸を大きくしようとしているのも、その理解のため。
この前の房事で、俺は、俺の体の下で苦痛を耐えるように身を強張らせるアナスタシアに戸惑ってしまった。
思い返せば情けないことにそれまでの房事と変わりがないのだが、アナスタシアを好きだと自覚してから彼女を抱くのは初めてで、今までの自分勝手な抱き方を目の当たりにして、俺は最後までできなかった。
完全に俺自身が問題だったのだが、アナスタシアは自分のせいだと解釈した。
自分ではその気にならないからだと。
その誤解を解くべきなのだが、どうやって解いたらいいのか分からず手をこまねいている状態。
怖がらないでほしいなどと言う資格はない。
力を抜け?
身を委ねろ?
何を言っても彼女にとっては皇帝の命令に聞こえてしまうだろう。
参考になればと思い成人向けのロマンス小説をいくつか読んだが、「愛している」から始まる行為は全く参考にならなかった。
この国に、皇帝のあとを継ぐ皇子は絶対に必要で、そのために皇妃を娶ると決めた俺がいまさら彼女に愛しているなんて言えない。
俺との関係を前向きに考えてほしいと言うのだって卑怯なくらいだ。
……どうしたものか。
「陛下?」
大きなため息が出てしまい、アナスタシアが心配するように首を傾げた。
その仕草が愛らしく、流れ落ちた髪をひと房とって口づけたい衝動に駆られたが堪え、何ごともなかったように笑ってみせる。
結局は、目の前のこの時間を大切にすることしか俺にはできない。
「朝からこの食事の量は多過ぎたかな」
「やはりそうですよね」
俺の言葉にアナスタシアはキョトンとして……。
「やはりそうですよね」
……声を上げて笑った。
笑った。
これが2回目。
前回の朝食のときも、アナスタシアは声に出して笑ってくれた。
アナスタシアの笑い声は本当に久しぶりで、沸き上がる衝動に俺はシエナ宮を出たあと外宮の執務室にはいかず、内宮の自分の部屋でベッドに飛び乗り、ジタバタ暴れて悶絶した。
……侍女がいなくて本当に良かった。
それにしても、過去の俺は本当に何をしていたんだ。
愛想笑いのひとつもせず、不愛想にして、彼女の笑顔を奪い続けた。
一瞬で幸福感が後悔に染まる。
俺の情緒は、上り下りが激し過ぎる。
「アナスタシア、俺にも紅茶をお願いできるかな?」
……政務を始める前に情緒を落ち着かせよう。
「カペーは刺激物ですものね。確か、今日は朝一番で宰相閣下との打ち合わせがありますわよね、刺激はそれで十分ですわね」
……忘れてた。
「俺も紅茶風味のホットミルクで頼む」
俺の言葉にアナスタシアはきょとんとし、また声を出して笑った……これで3回目だ。
日間総合45位をセルフお祝いしての番外編です。ランキングに入るのは初めてなので嬉しいです( *´艸`)。
― お詫び ―
「元サヤ」のタグがないことで読後に不快な思いをした方がいらっしゃったことを感想で知りました。他の作品も含めてタグの追加修正をいたしました、大変ご迷惑をおかけしました。




