銀色の巣ごもり
「あの、フェイ。このルギュロスさんは一体どうしたんだろうか」
「いやー、俺も聞きてえよぉ……」
森が秋めいてきたある日。僕は……僕は、ルギュロスさんに抱卵されています。いや、まあ、抱卵っていうか、抱僕なんだけれど。
フェイも僕も、困惑している。でもルギュロスさんはやっぱり、僕を抱卵している。
……どうしてこうなっちゃったんだろうか!
ルギュロスさんがこうなってしまったのは、フェイがルギュロスさんと一緒に森へ来たあたりからだったらしい。
何でも、最初はフェイの家で話していたのだけれど、途中で疲れちゃって、『じゃあ妖精カフェで甘いものなんか食べながら続きやろうぜ』ってなったそうなんだよ。
それで、ソレイラまでやってきて……それから、『やっぱり甘いものはお持ち帰りにして、森の中でウサギに囲まれながら食べようぜ!』ってなったらしい。ルギュロスさんもなんだか素直に頷いてくれたらしくて……つまり、その時には既に、ルギュロスさんが何かおかしかったんだろうと思うんだけれど、とにかく、フェイとルギュロスさんはお菓子を持って森へやってきた。
それで……森に到着した彼らを、僕が出迎えたら……突然、ルギュロスさんが僕をぎゅっとやり始めて、それで、今!
あんまりにも唐突だから、本当によく分からない。ルギュロスさんに聞いてみても、彼、全然話してくれないし、只々僕を抱きしめて、うとうと、眠そうにしてるだけだし……。
「なんなんだろうなあ、これ。よっぽど疲れてたのか?」
「うーん……ルギュロスさん、体調が悪いのかな」
ルギュロスさんのことはよく分からないけれど、推測できることはあるよ。多分彼、魔力がちょっと足りてないんじゃないかな。それで、とりあえず魔力が多い精霊を見つけたから、捕まえてみた、みたいな……。そういうことだと思う。
となると、原因が1つ、思い当たるし……それはとっても大変なことだ!
「あの、フェイ。ライラの様子を見に行ってほしい。できれば、クロアさんと一緒に!」
「ライラ?……あ、成程な!?召喚獣は、主の体調が悪いと魔力に変調をきたしがちだよなあ!」
うんうん!そういうこと!確か、ライラが前に風邪をひいてしまった時には、やっぱりルギュロスさんが体調を崩していたし……ということは、ルギュロスさんがここまでおかしくなってしまっている以上、ライラはもっと大変なことになっている可能性が高い!大変だ、大変だ、ライラが酷いことになっていたら、どうしよう!ああ!
……僕はひたすらライラが心配だったのだけれど、僕自身はライラを直接は見に行けない。何せ、ルギュロスさんがひたすら、僕を抱えて離さないので……。
なので、森としての目でライラを確認する。……すると、ライラが彼女の家の中、アトリエの部屋の中で倒れているのが見えた。のだけれど……。
「……成程。魔力切れかあ……」
なんと。ライラは……魔力切れを起こしていた!それも、多分……魔法画のやりすぎで!
「おーい!トウゴー!」
「あっ、フェイー!ライラは大丈夫だったー!?」
それから少ししてフェイが戻ってきてくれたので、フェイからも報告を聞く。まあ、多分大丈夫だろうなあ、とは思いつつ。
「おう。なんかよー……クロアさんの見立てだと、『魔法画をやりすぎてうっかり魔力切れになった』ってことらしいぜ」
ああ、よかった。僕の見立ては合っていたみたいだ。それなら多分、回復もそんなに遅くはならないだろう。
けれど……ライラが魔力切れになるくらい一生懸命描いた絵、気になるなあ。早く、人間の目でも見てみたい!
「で、トウゴの予想通り、ルギュロスのコレは、召喚主が魔力切れでぶっ倒れちまったから、ってことだったみたいだな」
「うん……。森に入って、いよいよ召喚主とのつながりが強くなって、それで余計に、だったのかもね」
さて。
ライラの方はクロアさんにお願いして、ついでに、龍を呼んでおいたので多分大丈夫。森としての目で見てみたら、龍がクロアさんからライラを受け取って、『しょうがないなあ』っていう顔で、水晶の小島へ連れ帰っていくところだった。……あの龍、ライラには甘いんだよなあ。僕には非常にいじわるなのに。うう。
「……ところで、召喚主が魔力切れになると召喚獣が大変、っていうことなら、僕が魔力切れになっている間、僕の召喚獣達は……」
「あー、そりゃ、大丈夫だったに決まってるだろ。だってお前の召喚獣、揃いも揃って全員、とんでもねえ魔石が住処じゃねえか」
ちょっと自分の召喚獣が心配になってしまったのだけれど、フェイ曰く、『魔石の質が良ければ、召喚獣はその魔力だけで100年以上生きられるんだぜ』とのことでした。そっか、よかった。
けれど、そうなるとつまり、ルギュロスさんの魔石は質が悪い、っていうことなんだろうか。あり合わせで用意してしまったものだったから、もっとちゃんとしたものを用意した方がいいのかも。ルギュロスさん曰く、住み心地は悪くない、らしいけれど……。
或いは、ルギュロスさんは召喚獣だけれど人間なので……それで、召喚主の不調に引きずられやすい、とか、魔力の消耗が大きい、とか、そういう話かもしれないね。うーん、いずれにせよ、ちょっと考えないと、ルギュロスさんもライラも、大変だよね……。
……というのは、まあ、いいんだけれどさ。
「あの、ルギュロスさん。そろそろ放してくれないだろうか……」
一応、頼んでみたのだけれど、ルギュロスさんはより一層強く僕をぎゅうぎゅうやり始めるばかりだ。ああ……。
ルギュロスさんがこんな状態だから、馬達が『なんだなんだ』とばかり、ぞろぞろやってきてしまった。そして、僕を抱えたままのルギュロスさんの周りを馬達が囲んで、巣みたいになってしまった。あの、巣ごもり?もしかしてこれ、巣ごもりなの?ねえ。
「おー……なんか巣ごもりみたいになってるなあ。おもしれー」
「あの、フェイ。感心していないで、ルギュロスさんをなんとかしてほしい」
フェイがルギュロスさんの巣ごもりを眺めて『へー』ってやってるけど、あの、僕はそれどころじゃないんだよ!
あのね、ルギュロスさんって、なんだかちょっといい匂いがするんだよ。多分、香水。彼は色々とちゃんとしてるから、こういう部分もお洒落にしてるんだなあ。でもこれが森には無い香りなものだから、森としては落ち着かなくてソワソワしてしまうんだよ……。
「つってもなあ……魔力回復は必要なんだろうし、けど多分、龍はルギュロスのことは助けてくれねえだろ?」
でもフェイはそう言って、ちょっと申し訳なさそうに頭を掻いた。
成程。フェイの言う通り、多分、龍は助けてくれないと思う。……龍はまだ、ルギュロスさんが森を焼いたことを許していないと思うよ。或いは、許していたとしても、別にルギュロスさんのことは好きじゃないと思うので……助けてはくれない、と思う。
「ってことは、この森でルギュロスの魔力回復のために丁度いいのって、あの湖の水かあの湖の木の実か、はたまた、お前か、ってことになるだろ?」
うん……うん。そうだね。うん、そうでした。僕、この森の精霊なんでした。ということは、ルギュロスさんが効率よく魔力回復するためには、僕をぎゅうぎゅうやっておくのが確かに、理に適っている……。
「まあ……ルギュロスさんには貸し一つ、ってことで……」
「だな。ま、友達の危機だしよー。折角だし、助けてやろうぜ」
そうだね。ルギュロスさんは……捻くれたところのある人だけれど、でも、友達だ。彼も僕らの事を友人だと言ってくれたくらいなので……仕方がないから、彼の巣ごもりに付き合ってあげることにしよう。うん……。
……でも、落ち着かないよ!普段絶対にくっついてこない人がくっついてきたら、落ち着かない!落ち着かない!
「じゃ、ひとまず龍の湖の水、貰ってくるからよ。それ飲ませて様子見ようぜ」
「ありがとう、フェイ。助かるよ」
「いいってことよ。このまんまじゃ、お前もルギュロスも大変だもんなあ……」
それから、フェイはレッドドラゴンに乗って飛んでいった。水汲みをしてきてくれるらしい。ありがとう、フェイ。流石は僕の親友だ!
……それで、フェイを見送ってから、僕は改めてルギュロスさんの様子を見る。
「……やっぱり体調は悪いんだろうなあ」
ルギュロスさんはぼんやりしてしまっているし、時々、苦しそうに眉根を寄せているのが見える。大体は、僕の肩口に顔を埋めてぐりぐりやっているので、彼の顔はあんまり見えないんだけれどね。でもちらっと見えるだけでも苦しそうだから……そしてルギュロスさんって、本来、苦しいところを人には見せたくないタイプの人なわけだから……きっと、体調がすごく悪いんだろうなあ。
「うーん……ちょっとだけ、魔力、分けてあげるね」
そんなルギュロスさんがなんだかかわいそうになってきたので、僕はルギュロスさんにちょっとだけ、魔力を分けてあげることにした。僕の魔力を入れすぎたらライラとの召喚獣の関係があやふやになってしまうかもしれないし、この後、フェイが魔力たっぷりの水を持ってきてくれる訳だから、本当に、ちょっとだけ。
……なのだけれど、そのちょっとの魔力をあげてみたら、それだけでルギュロスさん、ふわっ、と笑顔になってしまった。
「わあ……」
ふわっとした笑顔のルギュロスさん。
ふわっとした笑顔のルギュロスさんだよ。
……これは描かなきゃ駄目だよ。滅多にお目に掛かれるものじゃないよ。それに、これを僕が独り占めするのはきっとよくない。ライラとフェイには見せなきゃならない!
ということで、僕がふんわり笑顔のルギュロスさんのスケッチをしていたところ、空からバサバサと羽音が降ってくる。
「トウゴー!持ってきたぜ!」
「ありがとう、フェイ。ところでこのルギュロスさんを見てほしい」
「え?……うおお」
折角だから見せなければ、と思ってフェイにルギュロスさんを見せてみたら、ちょっとぼんやりしていて、そして、まだちょっとふんわり笑顔が残っているルギュロスさんを見て、フェイは固まってしまった。
「おー……なんつうかよー」
うん。
「ルギュロスってよー、美形、だよなあ……」
うん。それは本当にそう思います。ルギュロスさん、本当に整った顔立ちをしているんだよ。それこそ、僕の世界でモデルさんに間違えられてしまうくらいには。
そんなルギュロスさんが、いつもの冷たくて厳しいかんじの表情じゃなくて、ふんわりした顔をしていると、その、『美形だなあ』っていう感想になってしまう。うーん、すごい。
「……こいつ、いっつも笑ってりゃいいのになあ」
「ね。でもまあ、むすっ、としているのがルギュロスさんらしいな、とも思うよ」
「ま、そりゃそうか。うーん、調子狂うぜ、全くよー」
フェイはそんなことを言いながら、よっこいしょ、と馬を掻き分け掻き分け、僕とルギュロスさんのところへやってきて、すぽん、と馬の中に腰を下ろした。そうして、持ってきてくれた竹筒の中の水を、ルギュロスさんに飲ませる。
ルギュロスさんはフェイに与えられた水を大人しく飲んでいて、なんというか、この人、雛鳥みたいになることがあるんだなあ、と、僕はなんだか只々新鮮な気分です。うーん、すごい……。
そうして、ルギュロスさんがある程度、魔力の補給をしたところ。
「……ん」
ルギュロスさんが、声を漏らした。あっ、これは喋るやつだ!よかった、意識が戻ってきたみたいだ!
「ここは……?」
「おー、戻ってきたかルギュロス。ったく、びっくりさせやがって」
未だ、ぼんやりしつつも一応正気に戻ったらしいルギュロスさんをフェイが小突いて、それからルギュロスさんはようやく、自分が僕を抱えていることに気づいたらしい。
「……なっ、何故ここに居る、トウゴ・ウエソラ!」
「ルギュロスさんが僕を抱えちゃったからです。そして馬の中心に居るのは、ルギュロスさんがここで座りこんじゃったのを見た馬が寄ってきて巣になってくれたからだよ」
「どういうことだ!説明しろ!」
ルギュロスさんはすっかり混乱してしまっていて、僕を離すことも忘れて大慌てだ。この人が慌てると、なんだか僕とフェイはちょっぴりにこにこしてしまうなあ、なんでだか……。
「……成程な。つまり、召喚主の魔力切れによって、このような不調が起こることがある、と。そういうことか」
「そういうことらしいぜ。これ、もうちょっと研究してみてえよなあ。召喚獣の研究に一石を投じる結果だもんなあ……」
「やめろ。貴様、私のことを世間に公表するつもりか!」
ということで。調子が戻ってきたらしいルギュロスさんは、早速、いつもの調子でフェイと喧嘩し始めた。こうなってくると、ちょっと安心。やっぱり、ぐったりして元気がないルギュロスさんは、彼らしくないよね。
「あの、ところでルギュロスさん。そろそろ放してくれないでしょうか」
それで、まあ、調子が戻ったなら僕は放してもらいたい。僕はね、ライラが魔力切れになるまで描いたっていう絵を早く見せてもらいたいので……。
「と、当然だ。何を言っている」
……けれど、ルギュロスさんはそんなことを言いながら、嫌そうな顔をして僕を離そうとして……。
「……ああ、くそ」
あああ!またルギュロスさんが僕にくっついてしまった!なんてこった!
「あ、分かるぜ。離れがたいんだよな?ずっと巣に入れておきたいかんじだろ?魔力が足りない時ってそうなるよなあ!」
「……何を言う。離れがたく、など、ない……!」
「まーまー、そう言わずに!ほら!」
ルギュロスさんはぎりぎり歯を食いしばりながらものすごい形相で僕とフェイを睨んでいたのだけれど、フェイは笑顔で言うや否や、僕とルギュロスさん、どっちもをまとめてぎゅっとやってしまった!
ああ、こうなっては、遠慮がち意地っ張りのルギュロスさんも形無しだ。只々、ぎゅっとやられてそのまま僕ら、馬製の巣の中。
「じゃ、このまま昼寝でもすっかぁ」
「ん……」
馬の体温がちょっと高いこともあって、ルギュロスさんは眠くなってきちゃったらしい。そして、眠くなってきちゃうと理性の歯止めが効かなくなってしまうらしくて、ルギュロスさん、また僕のことを抱え込み始めた。うーん、僕としては放してほしい気持ちだけれど、でも、彼の体調不良も心配だしなあ。しょうがないので今日は付き合うことにします。
「……う、私は、一体、何を……」
……と思っていたらルギュロスさん、自力で正気に戻ってしまった。そして僕から離れようとして、離れがたいみたいでまた歯を食いしばってすごい形相をしている。
「あの、無理しない方がいいよ、ルギュロスさん」
「無理など、していない……!くそ、だが、気を抜くと、意識が……!」
そんなに意地を張らなくてもいいんじゃないかな、とも思うのだけれど、でも、ルギュロスさんにとって、意地を張ることってきっと大事なことなんだと思う。僕が絵を描きたいのと同じように、多分、ルギュロスさんは意地を張りたい人なので……そう考えると、ルギュロスさんが意地を張るのを手伝ってあげた方がいいのかなあ、という気分。
かといって、彼から無理矢理離れてしまったら、きっと、ルギュロスさんの体調不良、長引くだろうしなあ。うーん……。
「あ、じゃあルギュロス。ちょっと話、してようぜ。ずっと話してりゃ、気も紛れるだろ?」
僕が悩んでいたら、フェイが素晴らしい意見を出してくれた。途端に、ルギュロスさん、なんだか救いの手を見つけちゃったような顔になる。彼がフェイに対してこういう顔すること、あるんだなあ……。それだけ余裕がないっていうことなんだろうけれど。
「あ、ああ……そうだな。なら、そうさせてもらおうか」
「おー。んじゃ、お前が好きそうな話、するかぁ……。あ、じゃあおひさまぽかぽか地区について」
「何故それの話をする!?」
「おっ、元気になってきたじゃねえか!その調子だぜルギュロス!」
……フェイとルギュロスさんが楽しそうにまた言い合いしてるのを見ながら、僕はちょっと、にっこり。
ルギュロスさん、いい友達が居てよかったね。
そして僕もできれば、ルギュロスさんのよい友達で居たいので……ええと、大人しく、ルギュロスさんの気にならないように静かにしながら、ルギュロスさんに抱っこされておくことにするね……。
……と、いうことで。
「以上の情報からパリスリーンの謀反を警戒する必要があるだろうと判断した。ただでさえ未だ愚王の悪政の影響が消えきらないこの国で、第二第三の貴族連合を作られてはたまらんからな」
「おー、ルギュロスお前、すっかり王家側の人間になったなあ……なんか感慨深いぜ」
「どういう意味だ、全く……」
……フェイとルギュロスさんは結局、お互いの領地の話や現在の国内情勢の話、そして、今抱えている問題への対応策なんかの話を始めた。馬達に囲まれてほかほかしながら話すには、ちょっとお堅い話題かもね。
でも、この手の話だと、ルギュロスさんが生き生きとするから……それに、フェイはやっぱりすごい奴なので、こういう話題にもちゃんと対応できるので、多分、これでいいんだと思うよ。
……勿論、この間も僕はルギュロスさんに抱えられたままだ。うーん、なんだかとても、みょうちきりんな巣ごもりだよ、ルギュロスさん。やっぱりあなた、ちょっと変な人ですね、ルギュロスさん。
「いざパリスリーンが謀反を起こすとなれば、真っ先に隣合うアージェントで無辜の民の血が流れる。パリスリーンの民ならまだしも、アージェント領内や王家直轄領の者への被害は防がねばならない。それも、この国では避けたいところだ。よってパリスリーンを押さえ込む必要があるのだが……レッドガルド、お前ならどうする」
「あー……王家の手は借りずに、っていう条件付きだろ?ついでに、向こうの謀反は疑いでしかなくて、証拠がある訳でもない、と」
「ああそうだ。だからこそ頭を悩ませる羽目になっている。それで、お前ならどうするのだ」
2人が話しているのを聞きながら、僕は、『おや?』と思う。
だって、ルギュロスさんが珍しく、フェイに意見を求めているから。……多分、これもちょっと体調が変だからなんだろうなあ。うーん。
……でも、ルギュロスさんってやっぱり、喋ってると元気になるんだね。今、とっても生き生きとしてる。
となると、やっぱり、僕が絵を描きたいのと同じように、彼は意地っ張りで高飛車なお喋りをしたいんだろうなあ。ちょっぴり理解できたかもしれない。
「あくまでも、相手を裁くんじゃなくて押さえ込むことが目的だろ?今後も王国の一部として友好関係は続けておきたいわけで……でも、まともに話が通じる奴じゃねえよなあ、パリスリーンって……」
「ああ。利己的だ。ついでに言えば、愚かだな。目先の利益のことしか考えられんと見える。翌年の種籾まで貪り食い、鹿を狩るために森を焼くような輩だ。だからこそ、あわよくば王家直轄領を奪おう、という程度のことは考えるだろうな」
そしてやっぱり、ルギュロスさんって誰かの悪口を言う時にいっとう生き生きとするんだなあ。今も、パリスリーンさんの悪口をつらつらと発しているけれど、それはそれはもう、滑らかに悪口が出てくるので。そしてルギュロスさん、とってもルギュロスさんらしい笑顔をしているので……。
「だよなぁー……じゃあひとまず、おひさまぽかぽか地区の担当がアージェント卿だっつうのを利用して、アージェント家から騎士団を出して王家直轄領内で演習とかする、のがいいか……?名目は幾らでもなんとかなるだろ?だから、もしあんまり刺激したくねえってんなら、おひさまぽかぽか地区の研究開発目的、って名目で騎士団を入れて存分にちらつかせる!どうだ!」
「そうだな。まあ、悪くないだろう。私も同じようなことは考えた」
そうしてフェイが結論を出すと、ルギュロスさんはなんだかほっとした様子で笑った。
……これは多分、自分の考えが間違ってなかった、っていう安心だと思う。なんだかんだ、ルギュロスさんはフェイのこと、信頼してるんだなあ。
それがはっきりと見えるから……やっぱり今のルギュロスさんは巣ごもりが必要な調子なんだろうし、それにしたって、ルギュロスさんはフェイのこと、好きなんだと思うよ。
「ま、結局は武力を見せとくのが確実だよな?短期的には騎士団をウロチョロさせとくだけでいいにせよ、長期的には……アージェント家が正式に介入することを宣言するか、王家直轄領独自の武力をもうちょいなんとかするか……勝てないって思わせられないにせよ、最低でも『勝てても失うものがデカすぎる』ってところまでは思わせねえといけねえんだよなあ……」
「やれやれ。考えが足りないようだな、レッドガルド。王家直轄領には騎士団を雇い続けるだけの蓄えは無い。アージェント家から騎士団を出して駐屯させておくにしても、その間の糧食はどうする。いずれにせよ、王家に支援させてはならぬのだぞ」
「つっても、もうオーレウス王子には気づかれてる気がするんだけどよー……あ、それがあるから余計に急ぐのか。じゃーもうアージェント家の持ち出しで頑張るっきゃねえよなあー」
僕は2人の話を聞きながら、『食料ならソレイラから輸入したらどうですか?』と言おうかちょっと迷ったんだけれど……僕は慌てて口を噤む。
あの……だって、ルギュロスさんがぼんやりと手慰みに僕を撫でてくるものだから。
それで、撫でてくるのが……羽なものだから!
だから、下手に口を開いていたら変な声が出そうなくらい、くすぐったいんだよ!
それからは僕、2人の話を聞く傍ら、くすぐったいのを我慢するのに必死だった。
いや、だって、くすぐったいんだよ。羽は……羽は、触られたらくすぐったいんだよ!特に付け根のところと、先っぽのところは本当にくすぐったい!
だっていうのにルギュロスさん、ずっとぼんやりしながら僕の背中とか羽とか、撫でてるんだよ!
「おあああ……だよなあ、だったらアージェント領内の食料をそっちに融通しながら……」
「アージェント家にも正直なところ、然程蓄えは無い。……笑いたければ笑え」
「いや、笑わねえよ。アレだろ?アージェントさんが処罰された影響がまだ色濃いんだろ?同時に、もしかして霊脈関係の問題、アージェント領にまで広がってんのか?」
「どうだかな。例年よりも土地の魔力が少ない、という調査報告は受けているが、それが王家直轄領でのあの愚王の愚行による影響なのかは分からん。たまたま今年だけこうなのか、はたまた長期的に魔力に貧しい土地になっていくのかすら、推測できん。農業開発は順次行っているところだが、伯父上が下手を打ったあの期間のせいで、停滞していてな。全く……」
ルギュロスさんもフェイも、元気に治世の話をしている。そしてその話に意識を集中させているので、2人とも、僕の羽が撫でられていることに気づいてくれない!
ルギュロスさんが辛くなさそうなのは嬉しいし、ルギュロスさんの回復に一役買っているなら僕としても嬉しいのだけれど、でも……やっぱり、くすぐったいのは、ちょっと!
「あー、じゃあやっぱり、騎士団を動かすってよりは、情報戦で行く方がいいか?実体のない騎士団なら、食料も何も必要ねえだろ?」
「馬鹿言え。謀反を起こそうとしているかもしれない家だぞ。パリスリーン側が密偵の類を何も雇っていないとは思えん。実体のない話だったと知れれば、未来永劫、侮られる材料となりかねん」
ああ、今もルギュロスさんの指が、ふに、と僕の上の羽の付け根のあたりをつまんで、そのままふにふに触ってくる!
僕が背中を丸めて身を縮めて、なんとかルギュロスさんの手から逃げようとしても、ルギュロスさんは多分無意識に僕を抱え直して、それで、今度は下の羽……腰骨の高さから生えてる方の一対を、またふにふにやり始めた!ひどいよ!ひどいよ!
「結局のところ、武力を増やすためには時間も費用も掛かる。今はパリスリーンだけだが、今回の抑え込みの効きが悪ければ、イエラバーグも動く日が来るだろう。その時に備えて、今から少しずつでも準備を進めておかねばなるまい。となると、余裕が欲しいところだが……くそ、アージェント領が豊かさからかくも遠ざかる日が来るとはな」
もう駄目だ、逃げよう、と思っても、ルギュロスさん、しっかり僕を抱え込んでしまっていて、こっそり逃げ出すことができない!ただ抱えられて、そのままくすぐられるばっかり!
「まあ、今年のところは頑張って耐えろよ。難しそうなら貴族連合の中心地、このソレイラから食料の援助はできるだろうしさ。な、トウゴ……トウゴ!?」
けれど『ああもう駄目』ってなったところで、ようやくフェイが気づいてくれた。
ああ……流石は僕の親友!
「ごめんなトウゴぉ……気づかなかったぜ」
そうして僕は、ようやく呼吸ができるようになったような気分でぐったりしています。
周りの馬が、『大丈夫?』と言うかのように僕に鼻面を近づけてきて、ふんふんやっていく。うん、大丈夫……でもまだ、羽と背中がくすぐったくてむずむずするかんじ……うう。
「……悪かったな、その、無意識にとはいえ、無体を働いたようだ……」
「うん……いいよ、ルギュロスさんも本調子じゃないんだし、無意識に撫でちゃったんだろうし……」
あのルギュロスさんが、ものすごく素直に謝ってくれているのでとても珍しいのだけれど、それを楽しむ余力は僕にはありません。ぐったり。
でも、ルギュロスさんを責めるつもりはないよ。もう、しょうがないものだったと思って諦めてるよ……。
「あー、まあ、トウゴは本当に災難だったけどよー……ルギュロスは、大分魔力も安定したみたいだな。よかったぜ、ほんとに」
ああ、それはよかった。くすぐられた甲斐がありました。ルギュロスさんも今回は被害者と言えば被害者だったもんね。うん、しょうがなかったよね……。
「……あの、ルギュロスさん」
「何だ。その、今回のことは私に非がある。その、埋め合わせなら……」
けれど、こうしてルギュロスさんがしおらしいと、なんだか変なかんじだよ。ルギュロスさんは、堂々と開き直っていた方がルギュロスさんっぽいと思うんだけれど……。
「よし。じゃ、トウゴ。ルギュロスもこう言ってることだしよー……」
僕がちょっと戸惑っていたら、フェイが急に、神妙な顔で、言い出した。
「くすぐり返してやろうぜ」
……成程。それはいいアイデアだ!
ということで、僕とフェイは協力して、ルギュロスさんをくすぐり返しました。
フェイ曰く、『トウゴもくすぐったがりだけど、ルギュロスもかなりくすぐったがりなんだなあ』とのことでした。そっか。ルギュロスさんは、僕並み。
「レッドガルド……貴様、よくも……!」
そうしてくすぐりにくすぐられて、息も絶え絶えになったルギュロスさんは、ものすごい形相でフェイを睨んで……そして。
「このように品の無いことを平気でするようだから貴様はいつまでも赤髪赤点のレッドガルドなのだ!そもそも、トウゴ・ウエソラのみならず、何故貴様が私に無体を働いた!?どう考えても貴様がどうこうしていい理由はどこにもなかっただろうが!」
わあ。早速、出てくる出てくる、ルギュロスさんの元気の源。つまり、悪口。
それからもルギュロスさんは、『そもそも貴様は普段から行動に慎みが無い』とか、『後先を考えて行動しろ』とか、『貴族らしさというものはそもそも……』とか、後から後から、ぽんぽんぽんぽんすごい勢いでフェイに言葉を浴びせ続けた。
つまり、とても元気。やっぱりルギュロスさんは、こういう時に一番生き生きとしている気がする……。
……そうして元気いっぱい、フェイに怒ったルギュロスさんの手は、いつの間にか僕から離れていた。おや。
どうやらルギュロスさん、このどさくさに紛れて、魔力の調子も戻ったみたいだ。よかった、よかった。
「おい、聞いているのかレッドガルド!」
「おー、聞いてる聞いてる。で、さっきの話に戻るけどよー、やっぱり食料はソレイラから輸入するってのでどうだ?」
「どこまで話を戻すつもりだ!?」
まあ、なんだかんだ、ルギュロスさんの体調が戻ったみたいなので、よかったね、ということで。
それから……ええと、ソレイラの食料を輸入してくれるなら、僕、大喜びで準備するよ、ということで……。ええと、末永く、よろしくお願いします……。
ところで、ライラが魔力切れになるくらい一生懸命描いていた絵なのだけれど……なんと、ルギュロスさんがたくさんのウサギと魔王と一緒に日だまりでお昼寝しているところの絵だった。
以前、僕がルギュロスさんの様子を森の目で覗き見して、それをスケッチしたことがあったけれど、あれを元にして描いたんだってさ。お役に立てて何よりです。
絵は、荒々しい筆致から生まれる穏やかな画面がとても素晴らしい出来栄えで、僕は大喜び。木漏れ日の表現と、風にそよぐ草の表現がとても素敵なんだよ。流石はライラだ!
ルギュロスさんにもこの絵、見てもらいたいな。……いや、やっぱり、彼はこの絵、恥ずかしがるだろうか。そんな彼にこの絵を見せようとするのは、いじわるかな。
……いや、やっぱり、ちょっとくらいいじわるしてみてもいい気がする。だって、ルギュロスさんは多分、いじわるされて、いじわるし返す時に生き生きとするだろうし……。
10月10日(土)に、『今日も絵に描いた餅が美味い』の漫画の14巻が発売されます。よしなに。




