いかん。ヨダレが出て来た
――アルタワール市街
石畳の広い道が、市街中心部へと続いている。
その両脇には、白やオレンジに近い色の壁と、赤茶色の屋根の家々が立ち並んでいる。
この道は、アルタワール市街を南北に貫くガルンダール街道。
行き交う人々の服装は、ゆったりとしたタイプのものが多いな。それに、色使いも割とハデだ。
う〜む。早いところ現地の服手に入れねぇとな。例の巾着袋にも上着らしきモンもあったケド……かなりボロっちいしな。
とはいえそれなりに人通りはあるが、街の規模に比べちゃちと寂れてるよーな気もする。
ガンディール王国の滅亡による混乱の影響かねぇ。
よーワカラン。情報収拾しねェとな。
それはそーと、だ。
「さて、どーすっかね」
とりあえずは宿と、ちゃんとした身分証だ。いつまでも拾いモンの通行証を使うワケにもいかねぇしな。元持ち主の知り合いと会っちまうかもしれんし。
あとは、仕事だ。
ゴブリンから手に入れた金だけじゃ、あっという間にスッカラカンだろうしな。もうちっと外でモンスターを狩れば良かったかもしれんが……金持ってるとは限らんしな。ゲームじゃねぇんだし。
この世界で生きていくと決めた以上、キチンと自活できなきゃ意味がねぇ。自分でカネを稼いで、成り上がってナンボだろ。
とりあえず、ゲームなんかじゃよくある冒険者ギルドみてェなモンはないんかねぇ?
そんなコトを考えてると、腹が鳴った。
……とりあえず、その前に昼メシだな。二回も戦闘した挙句に8キロも歩いたせーでムチャクチャハラ減ったし。
ってか、もう昼をだいぶ過ぎてる気もすんナ。太陽が微妙に低くなってっしヨ。
さーて、どっかに食堂でもねェかな?
しばらく歩くと、イイ匂いが漂ってきた。どっからだ?
周囲を見回す。
と、一軒の飯屋らしき建物が目に入った。
あった。アレだ。
名前は……“イチョウ通りの満月亭”か。
そーいや、この街の大通りにはイチョウが植えられてんな。
やや古ぼけちゃいるが、がっしりとした店構えは老舗っぽい。それに何より、漂ってくる匂いは食欲をそそられる。
スパイスの効いた肉の匂いだ。
脂と肉汁、香辛料の香り……いかん。ヨダレが出てきた。
……ガマン出来ん。入るか。
俺は店の扉を開け、足を踏み入れる。
「いらっしゃ〜い! 一人かい?」
恰幅のいいオバハンが俺を出迎えた。
チラと見ると、奥の厨房にいるおっさんもかなり恰幅がいい。まさか、“満月”って……。
聞くわけにもいかんか。
「ああ。席はある?」
「あるよ。座るのは、どこでもいいさ。この時間はいつもヒマだからね」
店の中はガラガラだ。酒飲んでるのが数人いるぐらい。つまり、昼時はとうの昔に過ぎてるってコトだよな。俺のスマホと腹時計はほぼ12時なんだが……
コッチの時間に慣れにゃいかんか。
「今日のオススメはなんだい?」
「肉と豆のスープだよ」
「じゃあ、ソレを」
「あいよ。500ルピスだね」
ってコトは銅貨50枚か。
「おつり、あるかな?」
銀貨1枚を渡す。
「まいど! じゃあ、コレおつりね」
白銅貨5枚を渡された。銅貨10枚で白銅貨一枚だっけ。銅貨が10円玉なら白銅貨は100円玉かな? ……多分。
とりあえずそれを懐に入れ、料理を待つことにした。
――そして十数分後
「おまちどうさん」
待ちに待った料理が運ばれてきた。
たったこれだけの時間が待ち遠しかったゼ。
机に料理が置かれる。初めての異世界料理だ。
さて、メニューは……。
「おっ!」
肉と野菜、豆類の入ったスープだ。鼻をくすぐるスパイスのいい香り。たまらん。
それとナンみたいなパンがある。ハチミツがかかってるな。
こっちも美味そうだ。
あとは、サラダだな。
キャベツや玉ねぎ、人参っぽい野菜にヨーグルトっぽいドレッシングがかかってる。
ふむ。栄養バランス的にもアリかもね。
早く喰おう。
「いっただきまース!」
まずは匙で肉とスープをすくって口に入れた。そしてひと噛み。
「……!」
柔らけェ……。そして溢れる肉汁。出汁の旨み。ちょっと涙が出そうだ。
柔らかくなるまでじっくりと煮込まれたとろけそうな肉! 何の肉だ? 牛? それとも羊か?
いや、ンな事ぁどーでもイイ。とにかく旨い。一噛みごとに旨味がにじんできた。そしてそれは空きっ腹へと染み渡っていく。
あっちであまり料理にこだわらんかったことが悔やまれる。っつーか、インスタントや冷凍食品ばっかだったしな。
「な、なぁ、オバチャン。これ、何の肉?」
「羊肉だよ。この街特産さ。……知らなかったのかい?」
「ああ。初めて知ったよ。ホントに旨い……」
こんなに旨い料理は、田舎のばーちゃんに作ってもらったシチュー以来かもしれん。
畑で採れた野菜と地元の肉。それを愛情込めてじっくりと煮込んだ味。
ばーちゃんの料理また食いてェよ。……もう無理かもしれんけどな。
で、このパンは……
外はカリッとしてるのに、中はモチモチだ。かかってるハチミツは、あっさりしてるのに、甘みはしっかりある。向こうで食べた市販品とは一味も二味も違うな。このハチミツ、日本で買おうと思ったらかなり高くつくんじゃないか?
そしてサラダ。
正直期待してなかったが、これもイイ。ヨーグルトの酸味とほのかな甘みが野菜にあってるな。
「アンタ、本当に美味しそうに食べるねぇ」
飯をかきこむ俺の姿を見、オバハンは嬉しそーに微笑んでいた。
「ふぅ……うまかったよ。ごっそさん」
食い終わった俺は、匙を置いて礼を言った。
「あいよ。またよろしくね。……そういえばアンタ、旅の人だね。どこから来たんだい?」
「東の方のシロンって所さ。行商をやりつつ旅をしてたんだ」
「へぇ……でも、商品を持ってる様には見えないけど……」
ちっと不審な目で見られた。
「ああ。と言っても、さっきゴブリンの群れに襲われちまって、荷物無くしちまったけどね。ま、幸いいくらか手持ちの金はあるからしばらくは困らないけど、冒険者とかして生きていくしかないかもね」
俺は肩をすくめて見せた。
しかしオバハンは妙な顔をする。
「“ボウケンシャ”?」
あ〜、そーいう概念は無ェのか。そーいやゲームにも出てこなかったしな。
「何か……隊商の護衛とか用心棒みたいな仕事をしたいんだ。商品の仕入れとか、帰るための金もいるしね」
「ああ、口入れ屋みたいな連中ならいるよ。ちょっと怪しいけどさ。それとも、まっとうなのがいいなら傭兵組合か」
オバハンは得心したように頷いた。しかし……
“口入れ屋”?
妙な単語が出てきたな。きちんと訳されてるから、地球にもある言葉なんだろう。それとは別に、傭兵組合もあるのか。どーしたモンかねぇ?
「ふ〜む……」
考え込むふりをし、アカシックレコードに接続する。
……どーやら人材を斡旋する業者みたいだな。え〜っと、いわゆるハケンってヤツ?
「ま、色々危険が伴う仕事もあるからねぇ。じっくり考えたほうがいいよ」
「そうだね。ありがとう。ちょっとその場所を教えてくれない?」
とりあえず、場所だけでも聞いておこう。あとは行ってから考えるだな……。